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私とパールは人通りの全くない裏庭のベンチへと来ていた。
「ごめん、授業サボらせちゃって」
「構いませんよ。セレス様の方が心配ですから」
「……よくこういうところ知ってたね」
私がそう聞くと、パールは言いにくそうにしていた。
「逃げ場が、必要ですから」
パールと仲が良いとはいえ、常に一緒にいられるわけじゃない。
貴族が大半通う学園に少数の平民。同じ立場の人達が集まってもいじめは起こるのだ。なら、立場が低く、金髪のパールは格好の標的となる。
スカーレットがアクションを起こさなくても、いじめは起こる。その事実は無くせない。
「ごめん、守れなくて。気づけなくてごめん」
「セレス様が謝ることはありません。元々覚悟していたことですから。セレス様が私と親しくしてくださっているだけで私は嬉しいです」
どうして彼女をいじめるのだろうと、笑顔を向けるパールを見て思う。
ただ平民ってだけで、金髪ってだけで、どうして苦しまなくちゃいけないのだろう。
どうして私は、側にいるのに気づけなかったのだろう。
私はまた、失ってしまうのだろうか。
「セレス様、そのような顔をしないでください。私は大丈夫ですから」
また、大丈夫。私はその言葉を鵜呑みにして、大事な親友を失ってしまった。スカーレットを守れなかった。
今度はパールを失うかもしれない。今までと違って、パールは攻略対象とそこまで仲が良いわけではない。スカーレットの破滅を防ぐために、私はパールをいじめから守る機会を潰してしまっている。
「パール、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ」
「なら、何されてるか言えるよね」
パールは何も言えず、口をただ動かす事しかしない。
「もしパールが何も言わないなら、僕が自力で調べるよ。パールの持ち物、部屋、服の下まで全部。汚されてないか、盗まれてないか、壊されてないか、殴られてないか、傷つけられてないか。全部、確認する。パールに止められようと強行する。それでもいい?」
私はパールの上着に手をかけてそう言う。軽蔑されても殴られても構わない。もう二度と、後悔はしたくないから。
「分かりました、言います」
パールは鞄と服に手を入れ、二冊の本を取り出す。
「こちらが教科書で、もう一つがノートです。見て良いですよ」
教科書を開くと、すべてのページに悪口が書かれ、自分宛でないにしても、心が抉られる酷い代物だった。
次にノートを手に取る。ノートには悪口が書かれていない。教科書に書いてある事が、ノートにも書いてある。
「教科書が被害に遭う事は入学以前から分かっていた事ですので、受け取ってからはこのノートに全て書き写したのです。授業のメモはノートの紙切れを数枚持っていき、部屋でしっかりとしたノートに書き写しています。
教科書とノートは体裁上持っていかないといけないので、ノートは必ず一冊持っているのです。ノートは常に自分で持っています。腰回りに少し余裕があるので、そこに挟んで上着で隠せば、意外と気づきませんよね」
パールは笑っているが、その笑顔は辛そうだった。無理した笑顔だ。
「他には? 絶対これだけじゃないよね」
「あとは本当に、陰口を言われたり、足を引っ掛けられたり、階段から突き落とされるくらいです」
「どうしてそれをくらいで済ませるの? やめてよ、自分に無理させないで。辛かったら辛いって、助けて欲しかったら助けてって言ってよ。頼ってよ」
「本当に大丈夫です。慣れてますから」
そんな暗い表情をするパールを、私は守るように抱きしめた。
「慣れちゃダメだよ。そういうのは、慣れちゃダメ。限界が分からなくなるから。パール、これだけは正直に答えて。本当に、正直に答えて。一度でも楽になりたいって思ったことある?」
その質問に、しばらくの沈黙が訪れた。
「……あります。ですが、私にはその勇気がありません」
「そっか。パール、辛い時は僕を頼って。僕は、パールを離さないから。離したくない。失いたくない」
下に垂れていたパールの腕は、私の上着を掴んだ。
「辛いです。怖かったです。どうして私がと何度も思いました。ですから、セレス様に声をかけていただいた時、優しくされた時、私は何度も救われました。生まれた時から疎まれていた私に、笑顔を向けてくださったのがとても嬉しかったです。ですから、セレス様には知られたくなかった。私の事情を知らずに、ただ笑顔を向けて欲しかったです」
泣き始めたパールに、私はただ肩を貸し、頭を撫でる事しか出来なかった。




