引っ越し
短編ホラーです。怖がることはないですよ。大丈夫、大丈夫だから、ちょっと読んでみなんせ。
宮越良太(29)はこの日、引っ越しの準備に追われていた。通算12回目。大がつくほどの引っ越しマニアだ。色んな場所、色んな賃貸物件に興味があると言う。今は投資で生計をたてているが、前職はキャリア公務員。頭の悪いやつらとは仕事ができん、と総務省入省2年目で退職をした。在職勤務中も堂々と取引していた外貨の売り買い。これに加え、退職後に始めた株の取引は大した損益もなく、上々の利益を出し、彼の生計を十分に潤していた。今、住んでいたアパートは家賃9万円代、居心地は悪くなかった。5階建ての4階フロアで現在4部屋中、入居者は3人。403号室以外は入居済。402号室の宮越良太は、入居1年ほどの中、一度も他の入居者に会うことなく退居しようとしていた。
頻繁に引っ越しをしているのだ。荷物は軽量にしている。大物はパソコンのディスプレイのみ。それらは引っ越し業者に依頼済みで、荷物を空にした部屋を眺め、思い入れもほどほどな部屋に別れを告げた。部屋を出たところで偶然、最初にして最後の出会いがあった。401号室の住人である。こちらも驚いたが、向こうも驚いたようだ。年の頃は40代半ばといったところか。見た目、人の良さそうな印象の男だ。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
当たり障りのない挨拶を互いに交わす。
「ああ、引っ越しですか。」
「ええ、そうなんですよ。」
初めて交わす会話がこれかと宮越は内心可笑しかった。では、と通り過ぎようとする男性が、ふと足を止めた。
「住んでいた女性は大丈夫ですか?」
「えっ?」宮越は訝しげな反応を示した。元より独り暮らし。女性は部屋に入れたことはない。
「ここは私が契約者で、独り暮らしですが?」
「えっ!」今度は男が怪訝な表情を浮かべる。
「本当ですか?」明らかに疑っている。「どういうことでしょうか?」宮越は苛立ちをみせた。男は少し思案する素振りを見せたが、「まぁ、いいでしょう、あなたとは最後だしね。」そう言うと語りだした。
男がそれに気付いたのは、隣の402号室に引っ越しがあったその日からだ。時刻は未明か。時計をみれば3時を過ぎていた。
あ、ああぁ、あああぁ・・ああ、ううううぅ
女性の声。何か苦しそうな声。『隣人は女性か。』今のご時世、引っ越しの挨拶など希だ。男自身、したこともない。病気持ちか・・もう10分以上。声の大きさで言えば、かなり気になるが、病気ならと我慢した。これが毎日、同時刻に続くとは思っていなかったが、男は耐えに耐え、そして今日を迎えたわけだ。「あなたが住人だとは思わなかった。」だから姿を見て驚いたと言う。 宮越は戦慄した。実際に住んでいた自分には何ら起こっていなかったのだから。
「本当ですか?私の部屋は普通の部屋で、私はそんな声、聞いたこともない。」
宮越は疑惑を込め、男を見つめる。今度は男が苛立ちを見せた。今まで耐えに耐えてきたのに何て言い種。
「ちょっと待ってなさい!何かのためにと録音した物があるのでね!」そう言うと男は自室に戻り、ICレコーダーを手に戻ってきた。「これを私はね、毎日、毎日聞かされていたんだよ!」男は怒りを込め再生ボタンを押した。
それは想像以上に大きな声で、苦しそうな、確かに女性の声だった。
ほら、大丈夫だったでしょ(´∀`)




