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俺は「ゆうしゃ」にはなれない

 昔から「ゆうしゃ」に憧れ「ゆうしゃ」になりたかった。

 理由は簡単。

 「ゆうしゃ」がカッコイイからだ。

 「ゆうしゃ」は数多ある職業の頂点であり、魔王を倒し、世界を救う存在。


 だからこそ求められるステータスは尋常ではないのだが、この春、俺は目出たく「ゆうしゃ」試験に合格した。


 試験と言っても数分足らずの面接と、個室で「神の視点」を持つ担当者にステータスの数値化や特技、特性を見てもらう簡単なものだった。


「へー、すごいな君。遠距離魔法に銃火器補正プラスに一撃必殺の発動率アップ、3センチ未満のガラス無条件通過、皮膚の硬質化特性まであるのか」


 試験後、即日に行われる本番研修が「ゆうしゃ」の本当の登竜門らしい。

 俺のステータス表を惚れ惚れと眺めている先輩「ゆうしゃ」の田村さんがそう教えてくれた。


「いやぁ、こんだけの能力があれば戦士協会になんかいったら、すぐに幹部として採用されただろうね」


「いえいえ、大したことないですよー。それに俺「ゆうしゃ」になるのが昔からの夢だったんでー」


 自分の優秀さは自分が一番知っている。

 確かに俺の能力は国宝クラスだ。


 もう別れてしまった恋人の美樹ちゃんに自分スキーすぎてドン引きされたレベルでもある。

 正直、戦士協会にいったら幹部どころではなく、やや控えめに言っても将軍候補になるだろう。


 だが、ここは新人らしく謙遜すべきだと判断した。

 なにしろ「ゆうしゃ」はその人格も含めて頂点に君臨する職業なのだから。


「いやぁ、俺なんかよりよっぽど優秀だよ君ぃ。俺なんてさ、ステータスで試験、何回落とされたことか」


 田村さんの俺上げが激しいので、ついつい自慢を挟みそうになったがグッと堪えた。

 一応、相手は「ゆうしゃ」の先輩だ。

 実績ですぐに追い越しちゃうかもしれないが、礼儀を尽くさなくてはならない。


「いや、特技、特性は数があっても意味ないですよ。要は魔王討伐に使えるかどうかですから。それで、今日の魔王はどんな奴なんです?」


 俺達ふたりは先刻から立ち並ぶ団地の一棟を監視している。

 すでに仕事に疲れたお父さんがフラフラになって帰ってくる時間だが、魔王と呼ぶに相応しい者が現れる気配はない。


「あー、そうだね言ってなかったね、今日のお仕事。じゃあ、あそこの部屋を透過して見てくれるかな」


 俺は目に透過機能が備わっているのでそのまま、田村さんは親指と人差し指で輪を作り、そこから目当ての部屋を覗く。


「んー、おばあさんが寝てますね」


「その隣の居間ね」


「はい」


 居間ではおばさんがひとり、バスタオルに顔を押し付けて泣いていた。

 おばあさんが起きないように声を殺している分、涙が蛇口全開で流れている。

 確かにあれではハンカチじゃ役不足。バスタオルでなくては拭いきれないのだろう。


「……女性が泣いていますね」


「うん、あの人は寝てるおばあちゃんの娘さんなんだ」


 雰囲気が似ているから、最初から母娘だと思っていた。

 眠るおばあさんの顔にも安らぎはなく、疲労と悲しみの暗い影があったから似てると感じたのかもしれないが。


 ……さて、それで魔王の影はどこにあるのか?


 居間の壁際の男の子用の玩具やランドセル、写真が飾られている一角が嫌でも目に入る。


 「写真は嫌いだけど撮ってもいいよ」といった照れ臭そうな表情の男の子や、小さな赤ちゃんを抱いた少し若いおばさんと眼鏡の男性の写真から、この一家に起きた悲劇が垣間見えた。


「まさか、あの玩具のひとつが魔王になって暴れ出すとかですか?」


 田村さんの沈黙を破ろうと、ちょっとおどけてみせる。


「ううん、違うよ。あの泣いてる女性が魔王だよ。俺達が今日、退治しなきゃならない」


 ???


「あの人が魔族なんですか?」


 もう一度、おばさんを眺める。

 角も尻尾も羽もない。

 ただ泣きじゃくる弱々しい存在だ。


「あのね、世の中には知らせちゃいけないことなんだけど、魔王って魔族タイプばっかりじゃないんだよ」


 田村さんは静かに説明を始めた。


 世間でよく知られる化け物型の魔族のほとんどは戦士協会が討伐してくれるらしい。

 他にも政治や宗教の中枢に入り込み悪を成そうとする魔王の芽もいるが、そちらは善なる魔法院などが対処しているそうだ。


「戦士の人や魔法使いには頭が上がらないよ。本当によくやってくれるから、俺達「ゆうしゃ」の仕事は昔と比べて随分と楽になったんだよ」


 それでは現在の「ゆうしゃ」がどんな仕事をしているかというとーー。


「魔王ってのは魔族が力をつけた奴等だけじゃない。バグみたいに毎日毎日、この世界のどこかで絶えず生まれるんだ。大富豪の子供でも、それとは逆に明日の食べ物にも事欠くスラムの子供でもーー」


 マレーグマの赤ちゃんだったり、アシダカグモの赤ちゃんだったり、時には平凡な主婦である未来が約束された女の子としても生まれてくるらしい。


「その事実を世間に公表しないのはね、自分を魔王と知らず、穏やかに生きている人達のためなんだよ。あらやだ、あたし、ちょっと人より勘が鋭いわぁとか、ちょっと物体浮遊が出来ちゃうわぁとか、そんな特性があっても普通、自分が魔王だなんて思わないから邪悪な力に目覚めたりしないだろ?」


 俺の考えていた「ゆうしゃ」の仕事とはまるで違う展開すぎて言葉が出ない。


 聖剣を持って魔族の長をバッタバッタとなぎ倒したり、地球征服を企む悪の組織のアジトに潜入し、ミサイル発射の数秒前にボスを倒したりってのとは、あまりに程遠かった。


 「ゆうしゃ」は華麗に魔王を倒し称賛される皆の憧れじゃなかったのか?


「つまり……あ、あのおばさんを殺すって言いたいんですよね? あの人が魔王だから」


 田村さんは曖昧にすることなく、しっかりと頷いた。


「未来予測によると、あの人は今日の午後二十三時五十分に世界を滅ぼそうとする」


「な、なんで急に魔王の力に目覚めてしまうんです!?」


 ついつい声が大きくなる。


「目覚めるなんて大仰なもんじゃないよ。ただ、旦那さんが病死して、残された可愛い可愛い一人息子のために仕事も無理してたのに、その子がたった九歳で事故死して、孫を溺愛して、一緒に大学行かせてやろうって腰痛めながらパートしてたおばあちゃんが呆けてきたら、こんな世界は全部壊れちゃえって気持ちになるよねぇ」


 泣いて泣いて泣いて、涙がなんの解決にもならないと気付いて、それでも悲しみが消えることなく、また明日の日付が深夜を越えてやってくる。

 明日も明後日も一ヵ月後も息子のいない夜が、やり甲斐を失った仕事で疲れた心身に襲い掛かってくる。


 「いらない」と「あの子のいない世界なら存在しなくていい」と、そう思いたくなる気持ちも分からなくはない。


 しかし、おばさんはただのおばさんではなく魔王だ。

 本気のその願いが世界を滅亡に導くとは想像だにしないだろう。


 「ゆうしゃ」ならば魔王を倒し、世界を救うのは当然だ。

 でも……。 


「あの……あんまりですよね? あの人は旦那さん亡くして、息子さん亡くして、それでも、おばあさんを支えていかなくちゃいけなくて、本当に辛くて、それで世界なんてーって思っちゃうわけですよね? そんな人を殺すなんてあんまりですよ。要はおばさんの悲しみを和らげればいいんじゃないですかね? なんならカウンセリングの人を呼んできましょうか?」


 田村さんがなにか言う前に、俺は次々と提案した。


 例えばカウンセリングが駄目なら、ペットを飼うとか、強引に旅行へ連れて行くとか、できれば悲しみが追いつかないほど目まぐるしい環境に身を置いてもらえばいい。


 それが無理でも精神を安定させる方法だっていっぱいある。


 一時的に薬に頼ってもいいだろうし、アロマやヨガやヒーリング音楽など手近でできるリラックス方法を順に試すのも悪くないだろう。


「すまんね。未来予測は予測と言っても絶対なんだ。なにを与えても、なにを奪っても、なにを乞うても、なにをしても、あの人は今日の午後二十三時五十分に世界を滅ぼそうとする」


 田村さんはまるで自分を納得させるようにうんうんと何度も頷いた。


「絶対なんてないですよ! きっとなにかできることがあるはずです! と言うか「ゆうしゃ」だからこそ、ああいう人を救うべきなのでは? だって、あんまりにも可哀想じゃないですか……そんな悲しい人生。おばあさんだって、ひとりで残っちゃいますし……」


「間違いがね、あっちゃならないんだよ「ゆうしゃ」には。だから、ありとあらゆる手段を考えて、それでどうしても倒さなくちゃならなくなった時、我々は手を下すんだ」


 今日は二十組を超える「ゆうしゃ」チームがそれぞれ罪のない魔王退治に出ているという。

 毎日、どこかで魔王は生まれ、魔王の自覚なく幸せに生きて、なにかの拍子に魔王の力の発動条件が揃う。


「未来に、もーっと未来になれば魔王の力の発動を事前に止めることができるようになるかもしれない。過去に戻って九歳の男の子を交通事故から守ったりね」


 田村さんのそれは、ずっと「ゆうしゃ」業を続けてきた人の表情だった。

 寂しそうで、けれど迷いのない顔。


「だけどさ、今はまだ魔王を倒さなくちゃならないんだ。君は俺達と一緒にやってくれるかい?」


 おばさんはずっと泣いている。


「○☆△を食べさせなくてごめんね」と何度も何度も写真に謝っている。

 きっと他愛のないお菓子の名前なんだろう。

 九歳の写真は苦手だけれど、お母さんが大好きだった男の子の好物の。


 俺は田村さんに深く深く頭を下げた。


「すいません。俺、無理です。「ゆうしゃ」にはなれなそうです」

 

 ーー「ゆうしゃ」を辞退して数日、俺は次なる職業を検討していた。


 戦闘関係の能力に秀でている上にシーフ属性も魔力も備えているのだから望めば、なんにだってなれるだろう。


 今、目星を付けているのは、やはり戦士協会かそれともアサシンギルドか、もしくはフリーのスナイパー。


 どうしても悪を退治する職業に焦がれてしまうのは仕方ない。

 俺にとって「ゆうしゃ」は長年の夢だったのだから。

 けれど悪らしい悪を退治することしかできない俺に、あの仕事は務まらない。


 常に正しい心で、正義の剣を振るう。


 俺が何気なく毎日を過ごせているのは、田村さんがおばさんを倒したからだろう。

 そして、他の「ゆうしゃ」達がそれぞれ魔王を倒してくれたからだろう。


 「ゆうしゃ」とは常に正しい心で、全ての生き物の毎日のため、無力でいられなかった魔王に正義の剣を振るう者。


 目先の事柄に囚われる俺は「ゆうしゃ」の大いなる「優しさ」を持つことができなかった。

 魔王が力を発動せず、健やかに一生を終えられる未来まで待てなかった。


 さて、とりあえず履歴書を書かねばならない。

 俺は「優者」にはなれないのだから。

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