4.一貫性
心と春風は記入した申請書を持って職員室に向かった。その間二人は会話をしなかった。心は白石先生をどのように説得するかを考えている様子で、春風もそれを察知して話しかけずに横を歩いていた。職員室のドアの前についたとき、心の表情が引き締まった。ドアを開けて白石先生がいることを確認した。
心「失礼します。白石先生にご相談があります。入ってもいいですか?」
教頭「どうぞ。」
その言葉を聞いて、心と春風は白石先生の机まで歩いていった。白石先生こと白石杏は身長が160cm程で、髪の毛は肩にかかる程度のストレート、いつも笑顔で接してくれる優しい表情をした27歳独身である。心たちが近づいても白石先生はパソコン業務に集中しており、心が話しかけるまで気づかなかった。
心「白石先生。お話があるんですが。」
白石先生「えっ!あっごめん、気づかなかった!」
心「すみません。急に話しかけて。今お時間いいですか?」
白石先生「ちょっと上書き保存してパソコン整理するから、30秒待ってもらっていい?」
心「わかりました。」
白石先生はすばやくパソコン内を整理して30秒で画面を閉じた。そして心たちの方に体を向けた。
白石先生「ごめん、待たせたね。私に何の話?」
心「聞きたいことがあるんですが。」
白石先生「聞きたいこと? なに?」
心「白石先生は、生徒から相談されることってありますか?」
白石先生「相談…。うん、まぁなくはないかな。」
心「相談内容ってどういったことが多いですか? 言える範囲で教えてください。」
白石先生「そうだなぁ、まぁ勉強のことが多いかな、先生だし。たまに友達と喧嘩したとかもあるけど…。」
心「そうなんですね。勉強の相談とかを受けているんですね。 先生は、生徒から相談を受けたときどのように対応していますか?」
白石先生「どのように対応…、うーん、まず話を聞いてから内容を整理してアドバイスをしてるかな。」
心「話を聞いてからアドバイスをしてるんですね。 じゃあ、もし他にも悩みを抱えている生徒がいたら先生はどうしますか?」
白石先生「それはもちろん相談に乗るよ。」
このセリフを聞いて心は一瞬ニヤッとした。
心「そうなんですね。じゃあ、もし悩みを抱えている生徒の相談に乗ったり、応援したりする人がいたら先生も力になりたいと思いますか?」
白石先生「もちろん、力になりたいよ。」
心「そうなんですね。 実は僕たちも先生と同じように考えていました。」
白石先生「えっ!そうなの!てっきり蒼井くんも何か悩み相談かと思ってたけど…。」
心「相談ではあるんですけど、悩み相談じゃなくて……。これなんですが…」
ここで心は同好会の申請書を渡した。
心「同好会を作りたいと思ってます。内容は書いてある通りです。」
白石先生は申請書に目を通してから、心に質問してきた。
白石先生「この『お悩み相談同好会」っていうのを蒼井くんと春風さんでやりたいの?」
心「はい。」
白石先生「そうなんだぁ。でもこれってただお友達とお喋りするだけになっちゃうんじゃないの?」
心「いえ、そうならないようにします。」
白石先生「そうならないように具体的にどうするの?」
心「基本受け付けるのは悩みを抱えている生徒にします。」
白石先生「そっか。じゃあ、もし相談者がいないときに仲の良い友達が来て、悩み相談じゃなく普通の会話を始めたらどうするの?」
心「それは…」
白石先生の質問攻めに心は少しずつ押され気味になっていたが、ここで春風が流れを変えた。
春風「それはそのまま会話をします。」
心と白石先生は驚いた表情で春風さなに目をやった。
春風「私たちにとって会話は大事なことです。例え悩み相談じゃなく、普通の話だったとしてもコミュニケーションの勉強にもなりますし、そういう場があるってだけで安心にも繋がると思います。それに………、友達と話すのって楽しいじゃないですか。」
春風の屈託のない笑顔に、心と白石先生はこころを奪われそうになった。
白石先生「そうね。確かにコミュニケーションも大事ね。」
心は安堵して春風にアイコンタクトでありがとうを送った。
白石先生「ところで活動場所はどこでするつもりなの?」
心「許可がもらえれば、空いている教室か、図書室がいいなと思ってます。もし難しければ、1-1教室を考えていました。」
白石先生「うーん、そうだね。空いてる教室あったかなぁ…」
心はここで改めて質問をした。
心「同好会の許可をいただけませんか?」
白石先生「そうねぇ。私は、面白いと思うし、やってみてもいいと思うよ。」
心「そうですか!」
心と春風は晴れた笑顔でお互いを見た。
白石先生「でも、正式な許可を出すのは私じゃなくて教頭先生なんだけどね。ちょっと話してみるね。」
心「ありがとうございます。お願いします。」
白石先生「結果は、明日でもいい?」
心「はい。あっ、あと顧問なんですが……、白石先生にお願いできないかと思いまして。」
白石先生「うーん、まぁそう来るだろうなとは思ってたけど…。」
心「ぜひお願いしたいです。」
春風「私も白石先生がいいです。」
白石「うーん、そこまで言うなら受けようかな。私も『一貫性』を保ちたいしね。」
春風「やったー。」
白石先生「じゃあこの申請書は預かっておくね。教頭先生に相談して、また明日結果を伝えるね。」
心「あっ、はい。お願いします。失礼しました。」
春風「失礼しました。」
白石先生「じゃ、また明日ねー。暗くなる前に帰るのよー。」
心と春風が職員室から出るまで、白石先生は笑顔で手を振ってくれていた。そして二人は戻りながら振り返りを始めた。
春風「蒼井くん、やったね。上手くいったね。」
心「うん。とりあえずは望んでた結果になったけど…。」
春風「蒼井くんすごかったよ!先生相手にしっかりと話してて。説得が上手かったよ。」
心「いや、正直説得は失敗したと思う。」
春風「えっ!なんで!?上手くいったじゃん。」
心「結果的には、いい方向に行ったけど、俺の説得で上手くいった訳じゃないんだ。」
春風「そうなの!私にはよく分からなかったけど…、どうしてそう思うの?」
春風の率直な質問に心は答えた。
心「まず、俺がさっき使ったのは、『一貫性を保つこと』を狙った説得術なんだ。」
春風「一貫性を保つこと?」
心「うん。ほとんどの人は、自分の言葉や行為を一貫したものにしたいっていう欲求があるんだ。だから、最初に『悩んでるいる生徒がいたら先生は相談に乗りますか?』っていう質問をしたんだ。この聞き方だと、先生はほぼ間違いなく『はい』って答えるから。」
春風は「うんうん」と頷きながら話を聞いている。
心「そして次に『俺たちが同じことをしようとしているので力を貸してくれますか?』っていうニュアンスで質問すると、最初の質問に答えたことと一貫性を保ちたいっていう欲求が出てくるから、『はい』って答える確率が高くなるはずだったんだけど…。」
心は振り返りながら、自分の言動を分析しているようだ。
心「白石先生に質問され始めてから、上手く答えることができなかったのが、1つ目の失敗かな。いろんな質問を想定して答えれると思ってたけど、実際は難しいね。でも、春風さんのおかげで助かったよ。」
春風「えっ!ほんと!私なにかしたかな?」
心「うん。あの時、春風さんが質問に答えてくれたおかげで流れが取り戻せたし、答えた内容も良かったから本当に助かった。俺も一旦落ち着くことができたし。」
春風「えへへー。そうなんだぁ。良かった。」
春風は明らかに照れた表情で喜んでいた。
心「自分はまだまだだなって改めて思ういい機会だったよ。知識はあっても実践で上手く使うことがこんなにも難しいとは…。正直なめてた。反省。」
春風「そうなの!?私にはそんな風に見えなかったけど…。でも失敗をしっかり受け止めてるんだね。」
心「もちろん。失敗は学びだからな。」
春風「だね。」
二人の表情にまた笑顔が戻った。
心「あともう一つ失敗というか、誤算があったかな。」
春風「誤算?」
心「多分だけど、白石先生は俺が使おうとしてた一貫性を保とうとする説得術を知ってたと思う。最後に『私も一貫性を保ちたい』ってわざわざ言ってたし。」
春風「そうなんだぁ。気づかなかった。」
心「知ってるだけで、断られる確率も上がるからね。それでも引き受けてくれたってことは、先生の優しさか、特に大きなデメリットもないと判断したか。」
春風「きっと優しさだよ。」
心「そうだな。でも改めて顧問は白石先生がいいなと思ったよ。」
春風「そうだね。」
心「って言ってもまだ許可が貰えるって決まったわけじゃないけど。」
春風「あ!そうだったね。もうなんかやり切った感があったよ。」
心「まぁ同好会の許可が下りればラッキーだし、もしダメでも今まで通りに活動はできるし、とりあえずは明日の結果を待とう。」
春風「うん。」
翌日の放課後、白石先生に呼び出された二人は職員室に向かった。
心・春風「失礼します。」
白石先生「おっ来たね。昨日の同好会のことだけど…」
二人は唾を飲み込んで聞いていた。
白石先生「許可が下りたよ。教室も空き教室があるから使っていいって。顧問も私がするからよろしくね。」
心・春風「ほんとですか!やったー」
心と春風は満面の笑みを浮かべて喜んだ。
白石先生「やるからには、適当にならないように頑張るのよ。私も協力するから。」
心「はい。ありがとうございます。」
春風「ありがとうございます。もう先生大好きー」
春風が白石先生に抱きつくのを見て、心は焦ったが、先生はまんざらでもない表情をしていた。こうして『みんなのお悩み相談室』が正式に結成された。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
まだまだ心くんの成長物語は続きます。