2.セルフ・コンパッション
春風「セルフ・コンパッション?」
心「そう。わかりやすく言うと、自分に向ける『思いやり』とか『優しさ』のことで、自身の強みと弱みを認めて、『ありのままの自分』を肯定的に受け入れる心理のこと。」
春風「ありのままの自分を……受け入れる。」
心「例えば、テストで点数が悪かったときに、『自分はダメだな』って考えるんじゃなくて、『テストの点数が悪かったなぁ。まぁこんなこともあるよね。次回は勉強頑張ろ。』っていう感じにありのままを受け入れて、前に進むように考えることかな。」
春風「それって楽観的になればいいってこと?」
春風がいまいちわかっていない様子だったので、心は説明を続けた。
心「楽観的になるのも間違いじゃないけど、なりすぎないように注意が必要かな。あと、自分に甘くなれって言っているわけでもないよ。よく勘違いする人がいるらしいけど、自分への優しさ=自分への甘さじゃないからね。」
春風「そうなんだぁ。」
心「うん。例えば、テストで80点目指してたけど、60点だったとする。この結果に対して自分に厳しい人は、『なんて自分はダメなんだ。もっと勉強しなきゃ。次回は100点目指そう』っていう風にもっと自分に厳しくして、結果を出そうとする傾向があるんだ。
春風「あれ?それっていいことじゃないの?」
心「うん。一見いいように見えるけど、いっきに目標を上げすぎると、失敗のリスクも上がるから、もし失敗したときに、そこからまた自己批判になって負のループに陥る可能性があるんだ。」
春風は少しずつ理解している様子だった。心の説明はまだ続く。
心「じゃあ自分に甘い人はというと、『60点か。まぁたまたまでしょ。次回はなんとかなるでしょ。』っていう風に考えて、失敗から目をそらして対策をしないから、次回も同じような結果になるってこと。これじゃあいつまで経っても成長しないよね。」
春風「うん。」
心「じゃあ『セルフ・コンパッション』の考え方だとどうなると思う?」
春風「えっ!!うーん。」
心の突然の質問に春風は驚いたが真剣に考え始めた。
春風「自分に優しくするってことだから『60点か。でも頑張ったよね。』とかかな。でもこれじゃあ自分に甘いのと同じ気がするなぁ。『60点か。勉強が足りなかったなー。次は頑張ろう。』とかかなぁ。」
心「うん。いい線いってるよ。」
春風「ほんと!」
春風は嬉しそうな表情をした。
心「『セルフ・コンパッション』の考え方だと、『60点か。勉強が足りなかったな。でもこんなこともあるよね。間違ったところの復習や勉強の仕方を見直して、次回は点数を伸ばせるように頑張ろう。』って感じかな。大事なのは、結果をしっかりと受け止めて、失敗した理由を考えたり、いろんな対策をしたりして、次はきっと上手くいくだろう、じゃあ頑張ろうっていう前向きな気持ちになるように自分を励ますことかな。」
春風「そっか。自分を優しく励ましながら、問題としっかり向き合って改善するってことなんだね。」
心「そうだね。あと、失敗の捉え方も大事かな。」
春風「失敗の捉え方?」
心「多くの人が本能的に失敗を避けるようとするんだ。もちろん失敗しないために準備や努力をすることは大事だけど、人が大きく学ぶときって失敗したときなんだよ。つまり失敗は学習って捉えることが大事なんだ。」
春風「えっ!そうなの!!」
心「そう。でも失敗するのって怖いよね。」
春風「うん。」
心「じゃあもし自分の大切な人とか友達が何かに失敗して落ち込んでいるとき、春風さんはなんて声かける?例えばテストの点数が悪かったときとか。」
春風「友達が落ち込んでいるときか……、話を聞いたり、気にしないで次頑張ろうって励ますかな。」
心「それを自分にもすればいいんだよ。つまり『セルフ・コンパッション』ってこと。」
春風は内容をほとんど理解したようだったが、少し不安な様子だった。
春風「『セルフ・コンパッション」っていう考え方が、いいのはわかったけど私もそんな風に考えることができるかなぁ?」
心「できるよ。大丈夫。春風さんは今日どうしてここに来たの?」
春風「えっ!それは、悩みの相談に乗ってほしくて。」
心「相談に乗るだけでいいの?」
春風「いや、今の自分をどうにかしたくて…。」
心「それだったら大丈夫だよ。人って変わることができるから。自分が変わりたいと決めて行動を始めたらね。春風さんはその行動をもう始めているから。」
春風「もう始めてるんだ!」
春風の表情が今日一番に明るい笑顔になった。
心「今日アドバイスしたことは、あくまで俺が知っていることで役に立ちそうなことをそのまま教えただけだから。一応現段階で最もエビデンスのあることを教えたつもではある。あとは春風さんがどこまで信じて行動できるかだね。」
春風「蒼井くんの話、説得力があったし聞いてて面白かったよ。あとは私がどうするかなんだね。頑張ってみる。」
春風の言葉に心もうれしくなり笑顔になった。
心「じゃあ最後にちょっと一言。『人は他人を変えることはできない、だけど自分を変えることはできる。自分が変わりたいと決心して行動を始めれば』」
言ったはいいものの恥ずかしそうにしている心だった。
心「まっまぁ、なにか困ったことがあったらまたいつでも相談に乗るよ。俺でよければ。」
春風「うん。ありがとう。また来ると思う。」
心「こちらこそ。ありがとう。俺も改めて勉強になったよ。」
それから一週間後の放課後の図書室。心はいつも通り読書をしていると、春風さながやってきた。
春風「失礼しまーす。蒼井くんいますかー?」
心「春風さん!どうしたの?また相談?」
春風「いや、今回は相談じゃなくて、報告かな。」
心「報告?あっ、セルフ・コンパッションの。どうだった?」
春風「あの日からなにか失敗したときに、自分を責めそうになったことが何回かあったんだけど、そのときに蒼井くんに教えてもらった自分を励ます言葉をかけるように意識したら、結構気持ちが楽になった気がするの。」
心「そっか。よかった。頑張ってるんだね。」
春風「うん。ありがとう。」
今日の春風の表情は一週間前に図書室に来たときよりも明るい感じがした。
春風「あと、もう一つ報告というかお願いがあるんだけど…。」
心「お願い?なに?」
春風「私を入部させてください。この人生相談部に。」
心「えっ!!入部?人生相談部?」
心は春風の突然の宣言に戸惑っていた。
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