世界最強の男
ある時、変な夢を見た。
神様が突然現れてこう言うんだ。「お前に世界最強の力をやろう」ってな。
ああ、そうとも馬鹿馬鹿しい夢さ。今時、子供でも信じそうにない。けど、そんな夢と一つ違ったのは、現実、俺にすごい力が備わったことだ。
自由に空も飛べるし、そのまま宇宙に行ったって大丈夫。トラックを片手で持ちあげることのできる力に、宇宙から減速せずに地面にぶつかっても傷一つない頑丈な体。全力疾走したら、なんかすごい風が巻き起こってしまったから、これは自重しようと思う。
とにもかくにも間違いないことは、俺が世界最強の人間になったってことだ。そして、きっと俺が力を貰ったのには何か理由があるのだろう。それこそ、世界が終わりを迎えるとか、人類の危機だとかそんなものが発生しそうなのかもしれない。
その時こそ、俺の出番という訳だ。だからこそ、俺は力を蓄えておかなければ。とりあえず、今日は超人誕生の祝いに酒でも飲むか。
そんなある日、ふとテレビを見ていると緊急ニュースが入った。デカい怪獣が暴れて、街を壊しているというものだ。大砲とか鉄砲とか、全然効いてなくてヤバいらしい。
こんな時こそ、俺の出番だ。手にした缶ビールをクシャリと潰して俺は立ち上がる。けど、ふと思った。
ヒーローってのは遅れてやってくるものじゃないか、なんて。アニメなんかのお約束ではある。けど、現実的に考えて、だ。ここで俺が速攻であの怪獣を倒すのは簡単だろう。けど、すぐに行ってあっさり倒してしまうと、今度は俺が怪物扱いされるんじゃないか? けどギリギリのところで救世主をすれば、俺はヒーローになれるんじゃないか?
せっかく人助けをするんだ。どうせならヒーロー扱いされたほうが気分がいい。わざわざ差別されながら人を救うなんて、あほらしいじゃないか。
そうすると、何か衣装が必要だな。それに、正体を隠したほうが“らしい”から、マスクも用意しないと。街が全滅するまで、まあ余裕はあるだろう。それまでに手持ちのものでさっと用意するか。
……お?
動きがあったな。なんかロボットっぽいのが出てきたな。軍の秘密兵器だって?
こりゃあすごい! 怪獣とロボットのプロレスだ! こんな服の準備してる暇なんかねぇ、見なきゃ損だ!
とりあえず酒とつまみを用意してっと……。ま、ロボットが負けた時、俺が行けばいいか。そうすればますます、救世主感が出るってもんだ。よぉしいけぇ!
・ ・ ・
あー、この間は楽しかったな。まさか現実であんなものを拝むことが出来るとは。怪獣とロボットの相討ちってところがドラマティックだったな。俺の出番が無かったのは残念だけど。
さて、今日も今日とて、ビール飲みながら野球でも見るか。
ん? 緊急速報?
なになに……A市に怪人が出現だって!? こうしちゃいられないな。今度こそ、俺の出番か。前は登場を見計らいすぎて、結局出番は無かったからな。ここらで、世界最強のヒーローの存在を、世界に示してやらないとな。
……う! は、腹が……。くそ、超人になったとはいえ、消費期限半年前の豆腐はやはり無理があったか……!
しょうがない。俺の下痢が終わるまで、待っていろよ!
………………ああ、死ぬかと思った。さて、そろそろ出発するか。ってあら? この覆面軍団はなんだ?
なになに、このような事態を想定して、ある研究所が独自に組織した自警隊だって? へ―そいつはすごい。見る限り、俺ほどじゃないが、結構強いな。
これじゃ、俺の出る幕はなさそうだな。せっかくだから観戦でもするか。下痢してすっきりしたしな。万が一となったら、俺がすぐに行けば問題ないしな!
・ ・ ・
それからもいろんなことがあった。悪の秘密結社のテロ、侵略宇宙人の襲来、巨大隕石の接近などなどなど。どれもこれも世界の危機ではあったが、けど、そのたびに俺が出る前になんとかなった。
と、いうことはだ。俺が果たすべき使命ってのはまだ来てないわけだ。人類を超えた超人でなければ果たせない使命ってのがきっとあるんだろう。つまり、俺の出番はまだ先ってことだ。
現に今起きている、魔王とかいう異世界からの侵略者だって、同じ異世界の勇者とかいうやつが必死でどうにかしている。そして、きっと無事解決するんだろう。
解決しなかったら、だって? その時こそが、俺の出番なのさ。その時こそ、世界最強の力を振るってヒーローになる時だ。
だからそれまでは、俺はテレビを眺めながら、寝転がってビールを飲んでいるわけさ。
俺の出番が回ってくるまでな。