7話
本日3話目、よろしくお願いします。
「……」
「……」
恥ずかしい!!さっきのあれで腰抜かして、手を貸してもらったくせに立てなかった!!!
やめて!無言でこっち見るの、やめてくださいぃ!!
羞恥によって視線を逸らし、真っ赤になってプルプル震え出した私。何故かまた涙が滲み出てきたヨ。…格好悪すぎる…。いや、もともと格好が良かったワケでもなかったけれどさ…。
そうしてしばらく無言の空間が広がっていたが、ふとくすぐったい感覚と僅かな人肌を右手首に感じて視線を向ける。手首を強く掴まれていたためにあざの様に痕が残ってしまっている、そこをなぞるように、いつの間にか私の右斜め前に腰を降ろしている彼の指が触れていた。
「…あの、くすぐったいです」
無言で掴まれた痕を確かめるようになぞり触っていた彼の手が止まる。そして髪と同色のこげ茶っぽい黒色の瞳でこちらを射抜くような視線を正面から受けてしまい、思わずどきりとしてしまった。
「…怪我、あるじゃん。まだどこか痛めてたりする?」
「…?いえ、どこも…。手首も見た目より全然痛くないし…」
何か探るような視線を受けて首を傾げながらそう答える。すると疑いの眼差しを向けられた。って何故にっ?!
「…ホントに?じゃあなんで立てなかったわけ?涙目になるくらい何処か痛めてるんじゃないの?」
「…はへっ?」
一拍置いて思わず変な声をあげてしまった。
そして、この私の今の状態を客観的に考えて理解した。きっと彼は、何処か別の場所も痛めていて、立とうとしても痛くて立てず、無理矢理我慢して涙を浮かべているが、心配かけまいと気丈に振る舞っている…なんていう、なんかの漫画やら何やらの物語によくある『ベタな悪漢に襲われて怪我した女子』みたいなのを目の前にして、心配してくれているのではないだろうか。
なんで立てなかったかと言われれば腰が抜けてしまったからで、涙目はきっとその羞恥からで…って、言えない!心配気にこちらの様子を窺っている彼に、恥ずかしくてそんな事実言えない!!
「だ、大丈夫です!本当に怪我はしていないので!!」
焦った私は、まだ腰が抜けていることも忘れて立とうとして、力が入らずぺたんと尻もちをついてしまった。
それを見ていた彼は、表情はあまり変わらないのに、少し慌てたような顔をして「無理するな」と言って、手を貸してくれようとしてきた。
焦っていたのといたたまれなくなっていたこともあり、冷静な判断を失った私の口から、絶対言えないと心の奥底に封印しようとしていた事実を、捲し立てる様にぽろりと溢した。
「ち、違うの!ただちょっと腰を抜かしてしまって、立てなくなっただけで!!本当に怪我はしてないの!!涙は恥ずかしくて何故か出ちゃっただけなのぉお!!!」
取り乱して後半は叫ぶように口から出ていた。
一拍してからはっとして、言わまいとしていたことを全て吐き出していたことを思い出し、顔に血が集まってきたのがわかった。もうやだ!なんで全部口にだしてるのぉー!!?
顔を覆って俯き、声にならない叫びをシャウトしていると、クックッと笑いを堪えたような声が聞こえてきた。目を覆っていた指の隙間から声の元を辿ってチラ見してみると、そこには手の甲で口元を押さえ、笑うのを堪えようとして堪えきれずにいる彼がいた。
思わずその笑っている様子をじっと見てしまう。すると私のその視線に気付いた彼は、居心地悪そうに咳払いをして、すんと再び表情をなくして真顔になった。…表情の切り替え、オハヤイデスネ。
若干ジト目になりながらその猫目を見ていると、彼が徐に立ち上がり、再び手を差し出してきた。
きょとんとしてその手を見てると、「ん」と言って手を取るように促してきた(ように見えた)。
まだ腰が抜けていて立てないかもと思い、差し出された手を掴むのを躊躇っていると、所なさげに彷徨っていた私の腕をグイッと引かれて腰が浮いた。すかさず反対の腕を背中に回し、そのまま抱き寄せられるような形で立たされた。
——ん?!なんだこの状況は??!
若干混乱しつつ唖然と彼の整った顔がすぐ上に見え、一瞬その猫目にどきりとして、そのあと後悔した。
表情はほとんど変わっていないはずなのに、どこか小馬鹿にしたような、相手の足元を掬う算段をつけているような、面白い獲物を見つけたかのような、とにかくなんかイラッとくる、そんな顔でのたまった。
「なんだ、ちゃんと立てんじゃん。…あんま変なとこ歩いてると、またさっきみたいなのに絡まれるぞ」
なんてことを言ってるけど、いや、ちょっと待って。めちゃくちゃ背中と腰をガッチリホールドされてて、正直自分の足で立っているという感覚がない…。っていうか、近い!今更だけど近いよ!!あとなんかすごくいい匂いがっ…!美形な上にいい匂いってなんかちょっとムカつくな…!いや、でもこの状態で臭かったら最悪だよな…?!
…などと斜めに思考がシフトしつつ、思考回路がパンク寸前の滅茶苦茶になってきた頃にようやく解放された私は、またその場にへたり込んだ。
「……立ててないし」
「……」
その後駅まできっちり見送られた。
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——ガタンゴトン、ガタンゴトン——『次はー◯◯ー、お忘れ物なき様、お手回り品にお気をつけください』—
「あ、おろし金…」
電車の中で今回の目的を思い出した。
ようやく書きたい話のひとつを消化しきれました。
次回は彩音以外の視点を予定しています。