18話
お礼も言えて、後は飲み物を奢ったら万事解決!とちょっと気を抜いて過ごしていたらあっという間に昼休みとなっていた。そして、自販機まで一緒に行くという事を思い出した。…いや、ただ好きな飲み物を選んでもらうために同行するんだから、と誰に言うでもなく心の中で弁明する。
累と和葉は付いてきてはくれなかった。累からは「いってらっしゃい」と笑って送り出され、和葉は弁当を広げながら「いってらっしゃい」とこちらを見ずに送り出された。もちろん視線は自身の弁当である。
必然的に2人きりになり(昼休みで購買や学食へと向かう他の生徒も周囲にはいるが)、何を話すでもなく無言で自販機へと向かう。そして自販機へと辿り着き、了がポケットから財布を出すと、そのまま自分で飲み物を買った。
…あれ、私が奢るのでは…?とぽかんとして佇んでいると、買ったペットボトルへと視線を向けたままの了が口を開いた。
「やっぱ飲み物はいいや。その代わり、別のモノにする」
そう言ってこちらへと視線を向けてきた。
「別に構わないけどっ…!?」
その瞬間、了の猫目が光って見えた。なんか、間違った選択をしてしまった…!?もしかして、もっと高い物を奢れと言われるのでは…!?などと警戒していると、それを見ていた了がふっと笑った。
「何考えてんのか知らないけど、別に何かを奢らせようとか考えてる訳じゃないからな。ただ、してもらいたい事があるだけ」
なんだ、何も奢らなくていいのかと少しほっとしてから、いや、何させられるんだとはっとしていると続けて了が口を開く。
「何も奢らなくていいから、下の名前で呼んで」
「……えっ?」
んっ?聞き間違い?思わず声が漏れる。
「名前」
「な、名前…」
聞き間違いではなかった様で…。名前呼びがお礼になるのかと考えていると。
「名前。…もしかして、覚えてない?」
記憶力を疑われ、訝しむ視線を向けられた。失礼な…!
「お、覚えてるよっ?!ただ、これでお礼になるのかなって…!」
「別に奢られたい訳じゃないし、あんたからの名字呼びもなんか違和感あるから、だったら名前呼びを礼がわりでいいかと思っただけ」
ふぅと短く息を吐いて名前呼びを挙げた理由を述べる了。そしてふと気付く。
「別に名前呼びがお礼でも良いけど、私、名字でも名前でも呼ばれたことないんですけど…」
今思い返してみても一度も呼ばれていない。「あんた」とか「それ」の記憶はある。私はどちらも呼ばれたことがないのに名前で呼ぶのか…いや、一度フルネームで呼ばれたな、そういえば…などと思っていると私の思考にかぶせる様に了が口を開く。
「彩音」
名前を呼ばれ、ぱっと了へと視線を向けると、真っ直ぐに私の目を捕らえる猫目が。思わず目を見開いてその猫目を見つめ返していると。
「彩音」
もう一度、はっきりと名前を呼ばれた。どくんと心臓が音を立てる。
「二度も呼んでんだからさ。彩音、名前」
早く呼べと三度名前を呼ばれる。鼓動が早く音もどんどん大きくなり、頬に熱が集まっていくのがわかる。
「…りょ、りょう…?」
なんとか口を開き名前を呼び、そしてふと思い出す。
あぁ、そうだ。幼い日に出会ったあの男の子と同じ名前だ…。姿も重なって見えてくる…。
心臓がうるさいくらいにドキドキと音を立てて、痛いくらいにその鼓動を主張する。思わず心臓の上あたりを制服ごとぎゅっと掴んでしまう。
私を捕らえていた猫目が軽く見開かれすぐに細められた。そして気が付いた時には距離を縮められて頭に手が添えられ、優しく頭を撫でられていた。
「…!!…~~??!!」
喉で引っ掛かり声が音にもならず、思考が追いつかない…!
えっ?何??!頭に手乗せられてる???!!なんで撫でられてるの!??なに、その表情!!??柔らかく細められた猫目に、柔らかく僅かに弧を描く薄い唇…!!テンパって変なところに目がいってしまい、さらにテンパっていると、了の口が開いて。
「…うん、その顔が見れただけでも名前呼びに代えてよかったかも」
「!!」
思考回路が完全にショートし動けなくてされるがままになっていると、「購買行ってくる」と言って頭をもうひと撫でしてからその手は離れていった。
その後、了が購買から戻ってきてもフリーズしたままだった私は、気が付いた時には了に手を引かれて教室へと戻ってきており、和葉からは心なしかニマニマとした視線を受け、累からはなんとも言えない複雑そうな視線を了と私へと送ったあと、微苦笑に近い顔で「2人ともおかえり」と出迎えてくれた。了はといえば「ん」と言いつつしれっとした顔で購買で買った惣菜パンを早速広げだしている。
ちなみに累は食べるのを待ってくれていたみたいだったが、和葉は弁当を食べ切り、家で作ったらしいたまごサンドを食べている途中だった。しかも手元にはたまごサンドがもう一つとフルーツサンドが二つ鎮座していた。
いつものことながらどれだけ食べるのかと思っていると少し落ち着いてきて、先程の自身の反応を思い返して深く息を吐いたのだった。




