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職安職員と異種族相談者 その1からその3

好き勝手書いております

エルフ、ドワーフ、ゴブリン、ハーピィー、俗にファンタジーのテンプレートな住人達が日本に現れて久しいこの時代。

最初期は見た目の差別や人権問題やらが起こり、内戦一歩手前まで来たものの、そこは日本政府が上手いこと法案をまとめたおかげで彼らも日本国民として扱われていた。

当然、日本国民として扱う以上、日本国憲法の庇護下に入る。即ち、基本的人権の尊重、自由権、教育を受ける権利、などだ。

そして、権利の後には義務もある。

納税の義務、勤労の義務、法の下の平等、などだ。

そうなると当然お役所仕事というのはてんやわんやするもので、住人表の交付や身分証の交付などで公務員とは思えないほど忙しかったらしい。

そして、それは……職業安定所でも同じである。


ケース1 よく飲むドワーフ


「えっとぉ……ここは飲酒は禁止なんですううう……!」


受付で死にそうな声を上げているのは今年入ってきたダークエルフのシイラだった。

見た目年齢こそ20歳そこそこだが、実際は200年は生きてる長がつく熟女だった。(本人達からすればまだまだ若い方らしい)


「どうしました?」

「あっ白石さん!助けて下さい!」


んで彼女が対処しきれない時は教育係の俺こと白石政が対応するのである。

というか対応しないと後ろのゴブリンのクソ上司の目が怖いのだ。いつかスレイヤーしてやる。

諦めたように入口に立つ相談者を見る。

小学校低学年程度の体躯にそぐわぬ程の搭載された筋肉を持つ髭だるまのオッサン、もといドワーフが立っていた。

……一升瓶片手に。


「ここは禁酒です。」

「こんなもん水みたいなもんだ。」


明らかにアルコール度数高めな日本酒を片手に何言ってんだと思うが、彼らはドワーフ。

どうも人間の数倍のアルコールに対する強度と分解能力を持ち、余程のことでは潰れることはおろか酔うことも無い。

恐らく現代日本で飲酒運転を免れてる唯一の種族だろう。羨ましい。


「他の方に迷惑です。」

「頭の硬い兄ちゃんだな。」

「お役所仕事ですので。」

「それもそうか。」


何に納得したのか分からないが、毅然と振る舞う白石に参ったかのように入口に一升瓶を置いて戻ってきた。最初からそれくらい素直にしてくれ。


「発券番号をお取り下さい。」

「あいよ。47番だ。」

「呼びますので待合室でお待ちください。」

「その間、暇だから飲んでてもいいか?」

「良いわけあるか。飲むなら外で飲め。」


つい丁寧口調が崩れてしまったが、ドワーフはさして気にもせずに発券番号を手に入口で一升瓶を煽っていた。


「ありがとうございますっ!」

「ああ。いいですよ別に。気にしなくても。また困ったら呼んでください。」


シイラに引き続き受付業務を任せて白石は再び自分の業務に戻る。

30分ほど経ち、遂に47番が呼ばれる。

さっきまで飲んでたドワーフが自分の番号が呼ばれてるのに気付いて小走りで受付に向かい、シイラから一通りの説明を受けていた。

そして一直線に白石のデスクにやって来た。


「……どういったご相談で?」

「仕事をクビになっちまってな。新しいとこ紹介してくれ。」

「経緯をお尋ねしても?」

「簡単だ。バカ社長が俺のやり方に口うるせえから酒瓶でぶん殴っただけだ。」

「バカはお前だバカ。よく捕まらなかったな。」

「ガーゴイルが酒瓶で殴られただけで死ぬもんかい。」

「ガーゴイルの耐久性は知りませんが、人間相手にやったら死ぬんでやめてくださいね。」

「人間にそんなことしねえよ。お前らは親切だからな。」

「……そうですか。」


自分のことではないのに、つい目線を逸らしてしまう。そういうド直球な言葉はむず痒いのだ。


「具体的に何がやりたいとかありますか?」

「建築関係がいいな。それくらいしか取り柄がないもんで。」

「やりたいこととやれることは違いますよ。」

「お前さんは俺にパイロットでもやれってのか?」

「それがやりたいことならいくらでも協力しますよ。」

「……本当に協力してくれんだな。」

「仕事ですから。」

「昔からやりたい仕事があった。」


多くのドワーフが仕事と酒とつまみがあれば橋の下でも構わないと公言する中でそれ以外に欲しいものがあると言われ、白石もつい気になってしまった。


「酒造業。」

「絶対ダメ。」

「何でだよっ!?」

「絶対自分用に密造するだろ!」

「しねえよ!するなら許可取って造るわい!」

「そういう問題じゃねええええええ!!」


結局、ワイリさん(ドワーフの名前)さんには土木関係の仕事を紹介した。


上司の一言メモ:無難な対応で大変よろしいが、相談者相手に怒鳴るやつがあるか。



ケース2 チャラい百眼


「白石さあああんんん!」

「……はーい。」


トンデモドワーフに仕事を紹介してすぐにシイラの悲鳴混じりのSOSが鳴る。

受付に向かうと全身目玉まみれの男から言い寄られていた。


「お姉さん、俺と一緒に海辺までドライブ行かない?」

「あ、あの……勤務中ですので……。」

「えー。じゃあさじゃあさ、連絡先教えてよ。終わったら迎えに行くからさあ。ねえ、良いでしょ?」

「白石さあああん……。」


シイラがマジで泣きそうなところで白石はアルコール消毒液の入った霧吹きを目玉まみれの男に吹きかけた。


「ぎゃあああああああああ!!目がぁ、目がぁ〜〜あ゛あ゛あ゛ぁ゛~~~!!」

「目しかねえだろ。お前。」


シイラを奥に行かせ、チャラ目玉野郎が落ち着くのを待つ。


「何してくれてんだコノヤロー!失明したらどうすんだテメエ!」

「そんだけあるんだから一個二個使えなくたって支障ないだろ。ここは職安であって歌舞伎町でも道頓堀でもねえんだよ。ナンパなら他所でやれや。」

「相談しに来たんだよ!」

「じゃあ、どういったご相談で?」

「恋の相談。」

「霧吹きが足りなかったらしいな。」

「違っ!違うって!うそうそ冗談!いや、半分は本当なんですって!」


DQN気取りのメッキを完全に剥がしてから目玉野郎を席に着かせる。

百眼の青年は席に着くと、ある会社のパンフレットを白石に見せる。


「実は、この会社の受付嬢に一目惚れして……。どうにか紹介して貰えないですかね?」

「……ちなみにどんな企業かご存知で?」

「分かりません!」

「……。(アルコール消毒液を構える)」

「待って!スンマセン!マジで受付嬢だけで選んだんですって!すいません!」

「貴方、幾つになるの?」

「22っス……。」

「22にもなって何考えてるんですか……。」

「ホント申し訳ないっす。」


白石は百眼が持ってきたパンフレットから企業情報を割り出していく。

ハンヨー株式会社というこの会社、見てくれや会社のホームページを見る限りは大変優良そうに見える。


「止めといた方が無難ですね。」

「な、なんでですか!?」

「労働時間の矛盾に賃金の食い違いがある。多分ブラックですね。ほらここ。」


残業無し、土日二日休み。とホームページや募集要項の書類に記載された内容はとても魅力的な表記をしているが、どこの企業でも週に十数時間の残業はある。この土日二日休みという表記も誤りで、この表記では1ヶ月に休みが2日しかないということになる。

その上、給与やボーナスのことはやたらめったら記載されているのに福利厚生については一切触れていなかった。


「多分、受付嬢も釣りだと思いますよ。」

「そんな……嘘だろ……?」


どうやらかなり本気だったらしく、百眼は頭(と目)を抱えていた。


「……ここなんてどうです?」


そんな百眼に白石はある仕事を紹介することにした。


「夜勤の監視カメラの監視と哨戒勤務。夜勤手当と万一の危険手当もありますし、福利厚生も充実してます。目ん玉がそんなにあるなら同時に複数のカメラを見るのも苦じゃ無いですよね?」

「ま、まあ……。でも夜勤かぁ……。」

「あと、ここの主任さんめっちゃ美人です。」

「受けさせて下さい。雇用試験。」

「アンタいい性格してるよ。」


そんな訳で百眼は、履歴書片手に職安を後にしたのだった。

四日後、無事合格した報告と美人主任にはとっくに旦那がいることに対するクレームが届いたのだった。


上司の一言メモ:相談者も悪いが、だからといってアルコール消毒液を吹くのはやめなさい。判断については問題ありません。



ケース3 古きヴァンパイア


「白井さ〜ん!」


午前の勤務が終了し、昼休憩を挟んでから午後の勤務開始直後、シイラのヘルプが飛ぶ。


「はいはい。」


シイラは基本優秀なのだが、経験値が低いせいでパニックを起こしやすいのだ。新人故に仕方ないことだ。

…………とか思ってた時期も白石にもありました。

入口にいたのは人でも他種族でもなかった。かと言って単に荷物が届いたかというとその通りなのだが、届けられたのは2メートル程の西洋の棺だった。


「俺、死ぬほど嫌な予感しかしないんだけど……。」

「私もです……。」

「そっか、奇遇だな……。」


西洋のヴァンパイア、砂漠のミイラ男、中国のキョンシー……ゾンビにグール……。

世界は広いが基本的に墓の底から出てくるものの類にロクな人種がいないのは一緒である。

ご丁寧に宅配便の受け取り証明書で封をされた棺を前に白石も硬直せざるを得なかった。


「すいません。頭痛いんで早退して良いですか?」

「置いてかないでください白石さんっ!こんなの私一人で手に負えませんよ!」

「観たいドラマの再放送あるんだよね。帰っていい?」

「ダメですってば!」


何とか受取書にサインするのを避けたいものだが、宅配便のお兄さんも不憫に思えてきたし、仕方なく受領のサインを入れる。


「失礼しますっ!」


宅配便のお兄さんはサインを受け取るや否や足早に職安を後にしていった。ちなみに宅配便のお兄さんはマムクートと呼ばれる人と竜が混ざったような種族で力も強く空も飛べる万能種族である。

そんなことはさておき、入口に放置されたこの棺をどうするかである。


「開けてみるか……。」

「開けるんですか……!?」

「何も進まないだろ。このままじゃ。」


封に使用された受け取り証明書を剥がす。すると、棺桶の蓋がギギギ……と横にずれた。となると当然、中の住人とバッチリ目が合った。


「……可燃のゴミって明日だよな。」

「何燃やそうとしている貴様。」


バカンッ!と棺桶の蓋が蹴り上げられる。


「私はヴァンパイアのサーキース。古より生きる古きヴァンパイアだ。」

「どなたか13ミリ炸裂徹甲弾使用拳銃をお持ちの方はいらっしゃいませんか!?もしくは太陽銃でもいいんで!」


ホラーゲームのラスボスみたいな化け物の出現に一昔前のヴァンパイアハンターを思い出してしまう。


「案ずるなヒトの子よ。私は略奪のためにも殺戮のためにもここへ来た訳では無い。」

「は、はあ……。」


一部の異種族の中には大昔から生きてる種族もいて、そういう連中は世俗を嫌い、樹海の奥とか海の底で静かに暮らしているらしい。

ヴァンパイアもその例の一つで永く生きてるヴァンパイアはそれこそ貴族のような生活をひっそりとしているらしい。

つまりは、職安という場所からは無縁の存在なのだ。


「えっとぉ……どんなご相談で?」

「フハハハ……そう急かすな。それに、ここはどこか分かっているのか貴様。」

「えっと……職安ですが?」

「そうだ。職安、つまり職業安定所だ。即ち仕事を斡旋する場という訳だ。ならば相談事など決まっていよう。」

「はあ……そうですね。」

「永く生きていると生活に潤いがなくなっていく……。一昔前に起きたあんな争いが何度も起きれば多少は愉しいが、今は違うのだろう?人間は争う癖に平和を求める。そうだな?」

「え、ええ。そうですね。」

「だが、その矛盾すら見ていて楽しいものだ。他にも……あの、たまにやる競技の祭典……なんと言ったかな?」

「オリンピックですか?」

「そう!それだっ!だが、あれもすぐ終わってしまうだろう?」


ずいっ!と詰め寄られ受付のカウンターに白石は追い込まれてしまう。

ヴァンパイアは白石の両肩に手を置き、顔を覗き込むように近づける。


「人間のやることは見ていて楽しいが、間を開けるのがつまらん。他の糞のようなヴァンパイア達なら暴れてしまうかもしれんな?」

「えっとぉ……貴方は違う……と?」

「勿論だ!私は力を持つと同時に人間が人間として発展する前からあらゆる叡智を蓄えてきた。この地に渡って来てからもそれは変わらなかった。だが、ほんの120年かそれくらい前のことだ。私はあることに気づいた!何か分かるかっ!?」

「い、いえ……。」

「叡智を……他の者に授ける楽しさだ。テラゴヤ……と言ったか、楽しいぞ。童に書を教えるのは、この世の理を授けるのは……。」

「は、はあ……。」

「だがっ!」

「っ!!」

「だが、最近はものを自由に教えることを禁止しただろう!」

「……それって教員免許のことですか?」

「そうそれだっ!忌々しい!そこでだ、貴様は仕事を斡旋しているのだろう?ならばそんなものが無くとも教える仕事を提示してはくれないか?」


塾の講師など紹介してしまおうか、とも思ったが、こんな化け物がいる塾なんて絶対潰れる……。もういっそのこと塾を開いては?なんて言っても多分同じだ。

この化け物、決して短気でもなく短絡的でもない。寧ろ寛大で心の広い人物だ。

だが、めちゃくちゃ怖い!本能が赤警報を鳴らすレベルである。


「ええっとぉ……。普通に教員試験を受けてはどうでしょう?」

「……ほぉ……貴様は私に私より劣った者の試しを受けろと言うのか?」


ミシッ!と白石の両肩が軋んだ音がする。


「し、失礼ですが、お酒は嗜みますか?」

「ん?ああ。大好物だ。何十年もの熟成されたものには、芳醇な香りが手のひらのグラスに歴史の重みすら感じさせる。」

「そ、それはご自分で選びますか?」

「無論、そうだ。尤も、幾人かの専門家や通な者達から話を聞いて選ぶがね。」

「で、では……その専門家達が選ぶお酒と単に酒好きが選んだお酒ならどちらを選びますか?」

「そんなもの、思慮すら要らぬ!前者を取るに決まっていよう!酒の善し悪しも分からぬものに私が思慮するものかっ!!」

「つまりそういうことです!」

「何?」


両肩から締め付けるような痛みが消える。


「何故、専門家が選んだお酒を選ぶのか、それは信用があるからです。信用があるから貴方もその専門家の意見を尊重するんですよね?それと一緒で、教員免許を持つということはそのまま信用に値するということを示してるんです!信用があるから教壇に立ち、人にものを教えることが出来るんです!」

「……成程。」


ヴァンパイアの顔が更に白石に近付き、その眼を覗き込む。


「成程……それは確かに道理だ。ふっ……ふははは……はははっははははっ!あっはっはっはっ!よもやこの私が貴様のような若人から道理を賜わろうとはっ!はーっはっはっはっはっはっ!!」


何がツボったのか白石には皆目見当もつかないままヴァンパイアは笑い続ける。

目頭に溜まった液体を指で掬い捨てる。


「名はなんと言ったかな?」

「白石……です。」

「では、白石!貴様の言う通りだ!先に教員免許とやらを獲得してから再び舞い戻るとしよう!さらばだっ!」


そう言うとヴァンパイアは無数の蝙蝠となって職安から去って行った。


「……こ、殺されるかと思った……。」


へにゃっと白石は座り込む。


「施設ごと消されても不思議じゃないからな……。」

「というか、白石さん。この棺桶、どうします?」

「後で送り返しとけ……。」

「ていうか、あの人を雇う学校あるんでしょうか?」


シイラはそう心配するが、白石は別段心配はなかった。


「心配ないだろ。」

「主任?」


奥から出てきたゴブリンの上司も白石と同意見だった。


「考えてもみろ、あんなのが面接に来たら誰だって受からせる。命が惜しいからな。」

「確かに……。」


終業後、速達便で棺桶を返した数日後、大量のブランデーやウイスキーが職安に届いたのだった。


上司の一言メモ:お疲れさん。処理しきれん酒は俺が貰うから遠慮なく言え。

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