雨宿りは素敵な女性たちがいるオフィスで(香月よう子様へのSS)
この作品はたこす様主催の『この作品の作者はだーれだ企画』において、私(山之上舞花)の作品を当ててくださった方へのプレゼントになります。
リクエストは
『「ボーイ・ミーツ・ガール」みたいなシチュ、ていうのは漠然過ぎる?
大人の男女の偶然の出逢い、て駄目?』
というものでした。
少し(いや、かなり?)リクエストからかけ離れた気がしますが、よう子さまにOKを頂いたので、SS集に掲載しました。
ポツリ
目の前にかなり大きな雨粒が落ちた。
俯き気味に歩いていた顔を上げて空を見上げた私は、先ほどまでの白い雲ではなく、黒い雲が広がりかけていることに、気がついた。
そう思う間もなくポツポツと落ちてきた雨は、すぐにバラバラと音を変え、ザアザアと強く降り出した。
私は少しでも濡れないようにと、バッグを胸に抱え込んで俯き気味に歩いて行く。
ついていない。
ここはすぐに立ち寄れるような喫茶店もコンビニもない。
それどころか雨宿りできそうな軒先がある店も見当たらない。
オフィスビルばかりのこの通りを抜けるには、もう30メートルは歩かないとならなかった。
本当についていない。
いつも持っていた折り畳み傘は、昨日の急な雨と強風で壊れてしまった。
今日はお得意様に書類を届けるから、その帰りに買いに寄ろうと思っていたのに。
それにもっとついていないのは、5年前の怪我のせいで走ることが出来ないことだろう。
一生懸命歩いているけど、無理に早歩きをしようとしているせいで、左足を引きずるような不格好な歩き方だ。
本当に嫌になってしまう。
「君、こっちへ」
急に声を掛けられたと共に、腕をグイっと引かれた。
「えっ?」
「早く」
驚く私を急かすように腕を引っ張る男の人。けど、私の足は思うように動いてくれず、彼のほうに倒れ掛かってしまった。
「向井さん、駄目ですよ。そんなに引っ張っちゃー。彼女、転んじゃいますよ。それよりも傘を」
「そんなの持ってられるか。というか、悪い」
そばの入口から男の人に声が掛かると共に、ポンと傘が開く音がした。視界を遮るほどの雨越しに、声が聞こえたほうを見ようとした私は、男の人の謝罪の言葉ともに体が浮くのを感じた。
「えっ? ひゃ~~~!」
色気も何にもない悲鳴を上げている間に、私を抱え上げた男の人はそばのオフィスへと入っていた。
オフィス内は人が慌ただしく動き回っていた。
入口そばの仕切られたところ、そこの応接セットのソファーへと下ろされた私は、女性たちに取り囲まれた。
「上着はお預かりしますね」と言われて、上着を脱がされた。
「とりあえず体をお拭きします」と、スカートにタオルを当てられた。
「これじゃあ冷えてしまうかな~。とりあえず、このバスタオルを肩にかけておいてくださいね」と、肩にタオルを羽織らされた。
「それよりも頭よ。髪が濡れちゃっているわ。ドライヤ―はあったわよね」と、濡れた髪をタオルで包んで髪を拭きだした女性。
「お茶です。体の中から温まってください」と、ことりと目の前に湯呑を置かれた。
まるでどこぞのお嬢様みたいに傅かれて茫然としている私は、されるがままになっていたけど、コオ~というドライヤーの音と熱風を感じて我に返った。
「あ、あの、すみません。乾かしていただかなくても大丈夫です」
「待って、動かないで。すぐに終わるから。ね」
「そうよ~。急な土砂降りだったもの。避けようがなかったことだし」
「気にしないで休んでくださいね」
動こうとした私の肩をやんわりと押さえられて、私は立ち上がることもドライヤーを動かす手や、スカートを拭く手も止めることが出来なかった。
「それよりも、ごめんなさいね。びっくりしたでしょう」
「本当にこっちもびっくりしたんだから」
「私が『あの人傘を持ってないのかな』って言ったら、向井の奴ったら、飛び出していくんだもの」
「いくら急を要するとはいえ、見ず知らずの女性を抱き上げて連れてくるのはやり過ぎでしょ」
「向井の好みドストライクだったとしても、あれはないわー」
5人の女性たちの言葉に、先ほどの状況を思い出して、私は顔が赤くなるのを感じた。
「あら、これは脈ありかしら」
「唯さん、違うと思いますよ。ここに連れ込まれた時を思い出して、恥ずかしくなったんだと思います」
「女性を恥ずかしがらせるなんて、向井死すべし!」
「お前ら、いい加減にしろよな。勝手なことをくっちゃべってないで、彼女のことを聞きだせよ」
衝立の向こうから聞こえた男の人の声に、女性たちは肩を竦めたり、舌を出したり、お茶目にウインクをしながら、私に笑いかけてきた。
「彼女の、な~にを聞き出すのかしら~」
唯さんと呼びかけられていた女性が、まだ揶揄うように言ったら、再度不機嫌な声が聞こえてきた。
「アホなこと言ってると、あとでしばくぞ。彼女が戻るのが遅くなることを、彼女の会社に連絡しなければならないだろ。会社名と彼女の名前を聞いてくれ」
そうだったと、男の人の言葉に思った私は、バッグからスマホを取り出そうと、手を伸ばそうとした。(ちなみにバッグは上着を脱がされた時に、テーブルの上に置かれた)
そのバッグを素早く取り上げた女性がいて、タオルでバッグを拭き始めた。
「まあまあ。あなたはまず、体を乾かしましょう。連絡なら他の手が空いている人がするから、会社名と電話番号と名前を教えてね」
唯さんにも聞かれて、私は「自分で連絡を」といったけど、またたしなめられてしまった。
どうやらこの女性たちには口で勝てないようで、私は観念して教えることにした。
「BNTメンテナンス株式会社です」
「BNTメンテナンス! えっ、うちの会社もお世話になっているところじゃない。あなたの名前は?」
「真島……祈里といいます」
「ましまいのりさんね。聞こえた~?」
「ああ。すぐに連絡しておく」
このあと、髪や服を乾かしてもらった私は、女性たちに囲まれて3時のお茶をすることになった。
この会社は、スポーツ関連の服やタオルなどを開発製造しているそうです。ここは支店で、この度スポーツジムにある機器を開発している会社と共同で新たなジムを作ったそうで、そこにうちの会社も関わっていると言われました。
うちの会社は空調などの機器のメンテナンスをしている会社です。主にビルのメンテナンスを受け持っています。まあ、ぶっちゃけ下請けなんですけどね。
そこで私は事務をしています。今日はお得意様の契約の更新も兼ねていて、担当営業者と共に行ってきました。担当者とはそこを出たところで別れ、私は地下鉄を使って会社に戻るところでした。
この近辺に契約いただいている会社が多く、度々急ぎの書類を届けに来ていたので、地理には明るかったのですが、さすがに天気は読めなかったという話をしているうちに、雨は小降りになっていました。
お暇しようとした私に、送って行って下さるという、この会社の方々。丁度ジムに届ける物があるというので、送ってもらうことになりました。
送ってくれた人は……向井さんです。
女性たちの策略かと思ったりしたけど、彼女たちの揶揄いもなく送り出されたので、違ったみたいです。
車の中では……会話無し。
私は何を話したらいいのかわからなくて……。
結局降りる時にお礼の言葉を言っただけでした。
だからーーーーー。
このあと、あのオフィスの前を通るたびに、呼び止められることになることや、本当に向井さんとお付き合いをすることになるなんて、この時の私は思いもしなかったのでした。
思った以上に長くなってしまったことと、女性たちの軽口が楽しくて、そちら重視になってしまいました。(苦笑)
おかげでヒーローになるはずの向井君の影が薄いこと薄いこと。
ネタとして彼の名前は向井長武としていて、某俳優と同じ名前なのに全然似ていないとオフィスの女性たちに駄目だしされるとかあったんですけどね。
これだけだと不十分なので、設定について少々書かせてもらいます。
祈里がこのオフィスの前を通るのを、あの会社の人たちは気がついて、見かけると眺めていました。祈里が可愛らしくて、です。身近なアイドルという感じです。
それに最初は杖を片手に支えるようにして歩いていたのが、印象に残っていました。
怪我は大学3年の21歳の時に、ビルの事故に巻き込まれました。足場が崩れてその下敷きになり、全身打撲と左足の踵の粉砕骨折をしています。大変な手術とリハビリを乗り越え、杖なしで歩けるようになりました。
この怪我については、実際に私の知り合いに起こったことでした。
向井は彼女の姿に騒ぐ女性たちを呆れて見ていました。が、たまたま祈里と遭遇することがあり、真正面から彼女を見てしまい、可憐さに心臓を射抜かれました。
ちなみに送って行った時に話せなかったのは、女性たちの軽口で言われたことに、落ち込んでいたからです(笑)
無自覚に抉る女性たちwww
こんな感じですね。
続く話としては、口の達者な女性たち5人と、可憐でおとなしめな祈里。
女性たちにタジタジで祈里との距離を詰めることが、なかなかできない向井。
他の男性たちはニヤニヤしながら向井の奮闘を見守る……という感じでしょうか?
この話を書かせてくれた、香月よう子様に感謝を!
ありがとうございました。




