最悪のお出かけ -陸なるみ様へのプレゼントー
ハア~
手袋を外した手に息を吹きかけて、少しでも暖を取ろうと虚しい努力をしてみる。手を握りこんだり擦り合わせてみたり……。
発生した熱は、すぐに外気温に奪われてしまう。
だからといって、コートのポケットに手を突っ込んで歩くのは……危ないだろう。
昨日は最近にしては珍しくみぞれ交じりの雨が降った。本当なら今は雪の季節。水分を多く含んだ雪が降ったという方が正しい気がするけど、とにかくその雨が悪かった。
夕方には雨がやみ、夜には星空が見えた。そのせいで放射冷却だったかな、雪……じゃなくて、みぞれが凍って滑りやすくなってしまったのだ。
積もるほど降るのが珍しいロンドンで、これはないよなー、と思いながら慎重に歩いていく。
友人達との待ち合わせ場所の地下鉄駅近くのパブまであと少しだ。
扉を押し開けて店に入ると、私に気がついた友人たちが手を振ってきた。私はそのテーブル席へと近寄った。
「あれ~、どうしたの。手袋を忘れたわけじゃないよね」
私が口を開くより先に、友人が挨拶もなしに聞いてきた。その言葉に苦笑いを浮かべようとして……失敗した。眉間に力が入ったのが分かったから。
「もちろんここにある」
私はバッグの中からビニール袋に入った『ブツ』を取り出した。びしょ濡れになった手袋を見て「どうしたのー」と、目を丸くして聞いてきた。
「ここに来る途中で舗道が凍っているからって、水を撒いているバカがいたの」
「はあ?」
友人達が尚更目を丸くした。軽く首を傾げながら、もっと詳しくと、目が言っていた。
「だからね、そいつの言い訳だと、『店の前が凍っていて滑った。他の人も危ないだろうと融かそうと水を撒いた』んだって」
思い出して、忌々し気に舌打ちをしてしまう。撒くのならお湯にしろよな。撒いたそばから凍ったところもあったじゃないか。
なのに、友人達はもっと首を傾げて「それで?」と聞いてきた。私が仏頂面で黙っていると。
「なんで手袋を濡らすの。水をかけられたんじゃないんでしょ」
フイッとそっぽを向いて視線を逸らす、私。
「えー。まさか転んだの」
「転んでないわよ。その水を避けて通ろうした少年にぶつかられて、尻もちをついただけだから」
そう。氷に邪魔されて水たまりが出来ていたそこに通りかかった少年は、急いでいたのか目測を見誤ったらしく、私とぶつかってしまった。尻もちをついた私は手ももちろん水たまりに触れて、手袋は水を吸い込んでしまった……それだけである。
「えー、ちょっと、後ろ見せなさい。あー、これは酷いじゃない。早く落とさないと」
ということは、やはりコートは濡れて悲惨な状況ということか。
「どうする。家に戻る」
「そうさせてもらっていい? 久しぶりの休日ショッピングだったけど」
「良いわよ、そんなことは気にしないで。それより私達も付き添おうか?」
「私一人で大丈夫よ。気にしないでショッピングをしてね」
友人達はしばらく「う~ん」と呻っていたけど、再度私が言った「怪我をしたわけじゃないから、大丈夫」の言葉に渋々頷いてくれた。
さて、友人達と別れた私は来た道を戻ることに思い至って、眉間に力が入るのを感じた。歩きながらも、先ほどのところは通りたくないから、手前の路地を曲がることに決めた。
というよりも、絶対顔を合わせたら文句を言いまくる自信がある。今日は本当に楽しみにしていたのだ。彼女達はロンドン日本人会で知り合った、駐在員の奥さんと日系旅行会社の社員。そういう私は留学生だったりする。ガーデンデザイナーになるための勉強のためにこちらに来た。三人とも三十代前半と年が近いこともあり、意気投合したのよね。
もうすぐクリスマスということで、郊外のデザイナーアウトレットセンターにプレゼントを買いに行く予定だった。二人は家族や恋人へのプレゼント、私は自分へのご褒美的に買おうと決めているものがあった……のに。
そんなことを思いながら歩いていたら、問題の場所へと近づいていた。そこの場所の三つ手前の路地を通過するところで、件の人物らしき人が、辺りを見回しているのに気がついた。
顔を合わせたくないと思った私は、決めていたよりもひとつ前、あの場所より二つ手前の路地を、さもこの先に用事があるんだというような顔をして曲がった。すぐに先ほどの道と並行している道へとまた曲がる。もちろん少し速足で歩いている。
曲がる時にあの人物と目が合った気がしたからだ。そうしたら案の定、足音が追いかけて来るのが分かった。
「きみ!」
声をかけられたけど無視をして、歩く速度をもう少し速めた。
「待ってくれ!」
無視! もう少し速めた歩きは小走りと化していた。
「頼むから、待ってくれ!」
声がかなり近いところで聞こえた。私は本気で走り出した。……が、普段の運動不足がすぐに出た。息が続かなかったのだ。だが、息切れでしゃべれなくなる前に、腕を掴まれていた。
「なんで逃げるんだ。待っててくれと言っただろう」
急停止させられて、私の体は彼の体にぶつかった。はあはあと息を整えながら、一瞬『人違いです』と言おうかと思った。が、体は正直だった。顔を上げて彼のことをキッと睨みつけたのだから。
「私より、あの、少年、は?」
「彼はこの近くに住んでいるんだ。自宅まで送り届けたから、大丈夫だ」
息継ぎの合間に切れ切れに問えば、そんな返事が返ってきた。
そう、あの少年も私とぶつかったことにより、勢いよく倒れこんだ。少年の服はみるみる水を吸っていった。事態を引き起こしたこの男は、慌てて少年と私を店へと入れ、タオルを渡したり拭いたり(少年をだけど)してくれたのだ。
そして、汚した責任を取ると言いだしたけど、私は友人達と待ち合わせをしているからと断り、店を出ようとした。彼はそれじゃあ気が済まないだのといい、しばらく押し問答をした。
この国の者じゃない同士、互いに癖のあるアクセントの英語を話す(微妙に会話が噛み合わない……つまり訛っていた)ものだから、余計にヒートアップしたのだ。
少年がくしゃみをしなかったら、私は友人達を盛大に待たせることになったことだろう。彼は少年に家の場所を聞いて送り届けることにした。私にはそのまま「待っていろ」と偉そうに言ってカフェを出て行ったのだ。
彼はカフェと私のことをもう一人の店員に頼んでいた。けど、私には知ったこっちゃない。それよりも待ち合わせの時間に遅れそうなほうが問題だった。
私はこれ幸いと店を出た。引き留められたけど、友人を待たせているから事情を説明してくると言ったのだ。
そう、私は説明したら戻るとは言っていない。そう解釈したのかもしれないけど、そっちが勝手に思っただけだ。
だから、さっき路地を曲がったのは逃げたんじゃないからな。
「とにかく店で話そう」
と、私は彼に腕を掴まれたまま、店へと連行されてしまったのだった。
このあと、話を聞いた店のオーナーに彼が大目玉を食らうとか、駄目にした手袋とコート(洗濯したら気にならなくなったけど)の代わりを買ってくれたとか、その代金でもめたとか(クリーニング代は貰ったけど)いろいろあり、いつしか周りから生暖かい目で見守られる関係になるなんて……知るわけあるかー!
陸なるみさんと親しくなったのは、企画がきっかけでした。
それまでは時々他のお気に入り様のところで、お名前を拝見していたのです。
たーだー、昨年は私も忙しく、彼女の活報にあまり伺うことができませんでした。
誕生日のことを知った時にも、SSを書きたい気持ちはありましたが、諸事情により書くことができませんでした。
それがなるみさんが書いた作品がきっかけで、もやもやと浮かんでいた話が、ピシリと筋が通ったものになり、一気に書き上げてしまったのです。
ひと月以上も遅れたプレゼントでしたが、喜んでいただけました。
なるみさんに送り、「この内容でロンドンをイメージするのは難しいだろうなー。ロンドンでなくても外国をイメージするのは難しいでしょうねえ」とコメントをつけましたら、返信で「イギリスっぽくしてくださいますか? 設定、小道具つけ加えたらすぐ、っぽくなります」といただきました。
いただいた設定を盛り込んで書き直したのがこのSSになります。
っぽくなっているといいな~。
ありがとうございました。
以下、いただいた設定。
待ち合わせ場所ー地下鉄駅近くのパブ
行き先ー郊外のデザイナーアウトレットセンター、クリプレとか自分にご褒美を買いに
お友達ーロンドン日本人会で知り合った駐在員の奥さん、日系旅行会社社員、主人公は留学生、ガーデンデザイナー志望、皆30代前半。
お店はカフェ。雪にお湯をかける人は見たことあります!
端から凍っちゃって水溜りまでできた。
彼はバリスタかなあ。結構律儀な性格ですよね、イタリア人じゃなさそうだ。黒髪のアラブ系が多いのですが、シークがお忍びでとするとハーレクインになってしまう。
実は律儀なスパニッシュとかいいかも。
イギリス人のカフェ男少ないので、訛りのある英語喋って主人公には全部は聞き取れてない感じ。




