(7)
7月24日 午前9時
私は警察病院のベットの上で目を覚ました。
天井の染みを見て、昨晩の怪物を思い出す。
「金さん!」
勢いよく起き上がろうとすると、肩から激しい痛み。
良く見ると肩は固定具と包帯でグルグル巻きにされていた。
「痛い……け、携帯……」
とりあえず金さんは無事なのか、それとあの怪物は何だったのか。
確かめなければ、とベットの脇に置いてあった携帯を手に取り《金さん》で登録された番号をコール。
数コール後、金さんは出た。いつものように眠そうな声で。
『ふぁーい、里美ちゃん? 目ぇさめたー?』
「はぁー……金さん……生きてたんですね……」
『あはは、死んでた方が良かったー?』
「ふざけんなバカ! あほんだら!」
そのまま通話を切る。するとすぐに金さんから掛けなおしてきた。
「なんですか」
『ご、ごめんごめん……、いやー、昨日は大変だったねぇ……』
「金さん……あの変な生き物の事ですけど……」
『あー、里美ちゃん、君は何も見てないんだ』
「はい?」
『こういう仕事してるとね……結構見るんだよ。変なの。でもバカ正直に報告したりすると頭疑われて飛ばされるから。分かった? あれは見なかった事にして』
「え、えぇ……まぁ……わかりました」
『おぉぅ、意外と物分かりいいね。まあいいや。今日は一日ゆっくり休んでなさい。呂久も無事だったから。退院後にまた聴取取るって事で』
そのまま切れる電話。金さんの無事を確認した私は安心したのか、激しい眠気に襲われて再びベットに横になった。
それから数か月後、呂久の事情聴取が始まり、事件の概要が明らかになった。
呂久 博之、そして死亡した須藤 康隆は殺人の容疑で逮捕された。
三年前、被害者となった赤城 樹は金で呂久を買い関係を持った。
その結果妊娠。赤城は誰でもいいから子供を作ってくれる人間を探していたらしい。
だが、赤城は大学を辞めてまで出産を望んだが、周りがそれを許さなかった。
子供の父親は高校生。赤城自身は自分一人で育てるつもりだったらしいが、両親や友人達はそんな子供の幸せな未来は想像できなかった様だ。
赤城は半ば強引に中絶手術を受けさせられ、父親となった呂久も中絶手術に立ち会ったらしい。
そこで彼は、自分の中で何かが壊れた、と感じた。
後に彼はこう証言している。
「あんな簡単な方法で……子供が殺されるとは思ってなかった」
確かに中絶手術は見た目は簡単だ。母体の子宮内を小さなオタマでかき混ぜるだけ。
だが実際はそんな単純では無い。下手をすれば母体の命にかかわるリスクを負う手術だ。
しかし、当時高校生だった呂久にとっては……よほどショックだったのだろう。
それから大学へ進学した呂久は、死亡した須藤康孝と出会う。
須藤は過去に妹を殺害していた。当時小学生だった須藤は、幼稚園児の妹を真夏の倉庫に閉じ込めて殺したと言う。当時の捜査資料には、子供が居るとは知らずに鍵をかけた、という父親の証言があったため事故として処理された。だが実際に殺したのは須藤本人だと呂久は供述した。
父親も薄々感じていたのかもしれない。
須藤が異常な性癖を持つ子供だったと。彼は昔から、穴の中に虫を入れて遊んでいたそうだ。
虫を入れて蓋をする。ただそれだけの行為。子供ならば面白がって誰でもやるかもしれない。
だが須藤の場合、その対象が人間へと変わってしまった。
彼はごく普通の家庭に生まれた少年だ。父親は国家公務員。母親は高校の教師。
成績も良く、将来は父親の跡を継ぐと誰もが思っていた。
そんな須藤と出会った呂久は、彼から妹を閉じ込めて殺害したという話を聞いて、最初は怒りが込み上げてきたそうだ。だが満面の笑みで話す須藤を見て、なぜ笑っていられるのか、と興味を引かれたらしい。その時点で私はどうかと思うが……。
そして呂久は三カ月前、赤城 樹と偶然街で出会った。
そこで赤城は呂久に対して謝罪したい、と申し出たらしい。
呂久は、それならば……と伊豆へ二人で旅行に行くことを発案した。
その頃、まだ子供を欲しがっていた赤城は、再び呂久へと売春を持ちかけた。
呂久は渋々承諾し、そこで赤城は二回目の妊娠を迎えたのだ。
だが、呂久は既に赤城を殺す計画を立てていた。
動機は愛の無いセックスを強要した事。
そして高校時代、呂久の心に深い傷を負わせたのにも関わらず、再び妊娠を望んだ事に対する制裁だそうだ。
その頃、都市伝説研究会なるサークルに所属していた呂久は、ドリームランドにある拷問部屋を見つけ出した。そこに眠る鉄の処女も。
呂久はその時、鉄の処女で処刑する事が一番あの女に相応しいと思ったと言っている。
何故ならば、かの拷問具は不道徳な女性を懲らしめる為に作られた物。
魔女狩りにも使用された歴史を持つ拷問具だ。
呂久にとって、赤城は魔女以外の何物でも無かったのだろう。
正直に言ってしまうと、私も赤城が何を考えているのか分からない。
誰の子でもいい、なんて……私なら思わない。
私は好きな人と結婚して、その人の子供を授かりたい。
彼女は違ったのだろうか。そんな当たり前だと思われる幸せが、彼女には有り得なかったのか。
私は贅沢なのだろうか。
好きな人と……子供を作りたいと思うのは罪なのだろうか。
こんな事を考えてしまうなんて……警察……私には向いてないのかもしれない。
話を戻そう。
ドリームキャッスルの地下で見つけた拷問部屋。
そこに赤城を連れこんだ呂久は、彼女を縛り約二週間監禁した。
その後、須藤と共に殺害。
その際撮影した動画をネットにUPしたのは須藤。
彼はこの愉しみを他の人にも分けてあげたい、という理由でUPしたのだ。
とことん頭にくる男だ。私が言っていい言葉ではないが、死んで当然だ。
赤城を殺害した後、二人はさらに井之頭 香苗を殺害する計画を立てた。
理由は可愛いから。
いや、もはや理由など何でも良かったのだろう。
もう一度やりたい、という欲求に晒された須藤に、呂久は取引を持ちかけたのだ。
場を用意してやる、だから赤城殺しも含めて自首しろと。
そしてあの日、赤城の死体が発見された日に井之頭を殺害するつもりだった。
だが須藤は鉄の処女の中に入っていた赤城の変わり果てた遺体を見てショックで気絶。そのまま机の角に頭をぶつけて出血。慌てた井之頭が救急車を呼び、そして肝心の須藤が気絶してしまった事から、呂久は犯行を諦め何食わぬ顔で第一発見者を演じた。
その後、いずれかは赤城との関係がバレると思った呂久は、急ぎ須藤に自首させる為、入院中にも関わらず二人を連れ出しドリームランドに赴いた。だがそこで謎の怪物に襲われ腕を食いちぎられるなどと……彼は考えもしなかっただろう。
以上が今回の事件の顛末。
多少掻い摘んだが、これが全貌……なのだが……分からない事がある。
須藤は何故、鉄の処女の中で死亡していたのか。
解剖の結果、彼の後頭部は腐った果物のようになっていたらしい。
つまり硬い物で殴られた痕があったのだ。あの地下室に他に誰が居たのか。
その時、鉄の処女へ入れられ殺害されそうになっていた井之頭に、そんな事は出来る筈もない。
あの地下室には、確かに他の誰かが居たのだ。
だがそれは永遠の謎になるだろう。金さんは何か知っている風だったが、深くは追及しないでおいた。
さて……最後に、赤城 樹の部屋にあった日記の一文を書き記しておく。
正直、これを読んでも私は彼女の事を理解できそうにない。誰か彼女の気持ちが分かったなら、是非教えて欲しい。後学の為に。
『2014年 7月21日 今日、私は子供を殺した。生まれる前に殺してしまった。ごめんなさい。本当にごめんなさい……。死にたい。死んだら……一緒に遊ぼうね。御菓子を作ったり、お風呂に入ったり……ゲームをしたり、遠足に行ったり……絶対、絶対遊ぼうね。約束だよ』
『2017年 6月23日 今日、子供を授かった事が分かった。二人目の子。私の子。ごめんなさい。もし……許されるなら……私はこの子を産みたい。一人目の私の子は許してくれるだろうか。祝福してくれるだろうか。いつか三人で……一緒に同じ時を過ごそうね。遊園地に行って……観覧車やメリーゴーランドにに乗ったり……オバケ屋敷で叫んだり、いっぱいっぱい楽しい思い出を……。許して……くれる筈ないよね……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめ』
『2017年 7月1日 今日、病院で三ヶ月だと言われた。彼の子だ。三年前にも私のお腹に子供を宿してくれた彼の……。産みたい。産みたいよ。でも……あの子は許してくれる? 私達二人だけが幸せになる事を、あの子は……』
※
2017年 7月30日
深夜の遊園地。
二人の人間が廃園になったドリームランドを訪れていた。
一人は難波金次郎。そしてもう一人は例の探偵。
「綺麗な光景じゃないデスカ。親子水入らずデス」
「何も知らなけりゃぁな……」
二人の目の前、三人の幽霊が光り輝くメリーゴーランドへ騎乗していた。
無人で稼働するアトラクション。確かこんな都市伝説があった筈だ、と金次郎は煙草に火を付けながら思いだす。
「ところで金サン。この遊園地……取り壊されてしまうんデスカ?」
「あぁ。昔の経営者が自首してきた。あの拷問部屋を作ったのは自分だってな」
金次郎に釣られて探偵も煙草に火をつける。
目の前で楽しそうに遊んでいる三人の家族を見守りながら。
「そうですカ。彼女達……遊ぶ所無くなってしまうじゃないデスカ」
「その前に……なんなんだ、この遊園地……変な怪物は居るわ、幽霊はウジャウジャ溜まってるわ……」
「マア、ここが地脈の起点の一つになってるんデス。俗にいうパワースポットですネ。経営者も分かってて建設したのデショウ。シカシ、経営者本人が拷問部屋を作っていたとナルト……自然と良くないのが集まってきますヨネ」
「取り壊し中に事故とか起きるんじゃねえか?」
探偵は薄く笑いながら煙草を携帯灰皿に捨てる。
「その点は心配アリマセン。すでに専門のゴーストバスターズが動いてマス。実際に殺人事件が起きたんですから。彼らも動かざるを得ないんでしょウ」
「あの親子も……そいつらに処理されるのか?」
「その前に連れ出しますヨ。来世では幸せになってほしいデスネ」
「輪廻転生信じてるのか、お前……」
探偵はゆっくりメリーゴーランドへと歩み出した。
「金サンだって仏教徒でしょウ。まあ私の神は母親だけですがネ」
「おい」
静かにメリーゴーランドの光は消える。
それと同時に探偵の姿も。
「あの野郎……」
金次郎は煙草の火をもみ消しつつ、いつの間にか自分のポケットの中に携帯灰皿が入っている事に気が付いた。
「あの……野郎……」
素直に携帯灰皿の中に煙草を捨てる金次郎。
廃園になった遊園地
どこか、楽し気な子供の笑い声が聞こえてきた