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 7月23日 午後5時半


 病院から警察署に戻ったのは里美一人だけだった。

金次郎は須藤をマークする為、病室の前に張り付く事にしたのだ。ちなみに病院側には警護の為と伝えていた。


 里美は署内に入るとまず喫煙室に入り一服する。そこへ高坂も入って来た。

内心「げ」と思いつつも会釈しながら笑顔で挨拶する里美。


「お疲れ様です、高坂先輩」


「おう、里美。どうだった、大学生は」


「あー……ちょっと……」


微妙な顔をする里美に「何かあったのか」と話しかけながら煙草に火をつける高坂。


「実は……須藤 康隆なんですけど、ちょっと気になる事があるというか……」


「お、ドラマの刑事っぽくなってきたな。須藤って死体見つけて気絶した奴だったか? そいつがどうした」


「んー……高坂先輩、あの死体見て……すぐに女って分かりました?」


高坂は首を傾げつつ煙草の灰を捨て、遺体を初めて見た時の事を思いだした。

腐敗が進み、体中に穴が開けられ全身血まみれだった遺体を。


「いや、普通分からんだろ。もっと胸があれば分かったかもしれんけど……」


「ま、まあそれは置いといて……そうなんですよ、私も男か女か分からなかったのに、須藤君は断言したんですよ。中に女が入ってるとは思わなかったって。殺された赤城 樹の情報ってまだ流れてませんよね?」


「んー……そうだな、まだニュースでもやってない筈だし……しかし男か女かだろ。当てずっぽで言ったら当たってたってだけかもしれん……」


「そうなんですよね……ぁ、あと一つ。現場にムンクの叫びって絵が有ったじゃないですか。須藤君が部屋を見つけた時、あの絵が左右逆だから気づいたって言うんですけど……」


「ほー、良く気づいたな」


「いや、あの絵……逆なんかじゃないですよ。あれで合ってるんです。勘違いして偶然部屋を見つけたって言うのは……流石に出来過ぎじゃないですか?」


高坂は腕を組みつつ思案する。

死体の性別を言い当てたのは偶然と解釈できる。だが部屋を見つけた事に関しては、偶然で片づけるのは里美の言う通り出来過ぎだった。


「それ、一応課長に報告した方がいいな。……もしかしたら他の連中も何か拾ってくるかもしれんし」


「そうですね。他の人戻ってます?」


「あぁ、仏さんの素性洗ってた漆原は戻ってきてたぞ」


「ぁ、じゃあちょっと課長に報告してきますね」


里美は煙草を灰皿に押し付け火をもみ消し高坂から逃げる様に喫煙室を後にする。

 捜査本部が設置されている会議室の前で、缶コーヒーを飲んでいる恰幅のいい男がいた。

被害者の素性を調べていた漆原だ。


「漆原さん、お疲れ様です」


「あぁ、前坂さん。お疲れ様」


「赤城 樹の事、何か分かりました?」


「一応……」


漆原は里美から目を反らしつつ缶コーヒーを飲み干すと、近くにあったゴミ箱へと放り込む。

そのままメモ帖を出し、里美へと赤城 樹の事について分かった事を話しだした。


「えーっと……三年前に大学を中退してる。その理由が妊娠したからだそうだ。でも直後に中絶手術を受けてる」


「え? なんで……中絶するなら大学辞めなくても……」


「俺もそう思ったんだけどね……それでちょっと気になって彼女の友人から聴取とったんだけど……なんでも男の方が当時まだ高校生だったみたい。それでも彼女は産むつもりだったらしいんだけど……周りから反対されて結局中絶したそうだ。何でも号泣しながら嫌々病院に連れていかれたらしい」


里美は思わず想像してしまう。自分が子供を授かり、産むと決めた子を無理やりに降ろされる事を。


「そんなの……私だったら自殺してるかも……」


「あぁ、うん……それから彼女、自殺未遂を三度起こしてる。でも死にきれなかったみたいだね……」


「でも、彼女は妊娠してたって……司法解剖で……」


「え? それホント?」


「はい、間違いないと思いますけど……」


いいながら鞄から司法解剖の結果が書かれた資料を取り出す里美。

漆原は資料を受け取り、妊娠三ヶ月の文字を見ると


「三ヶ月……ん? たしか……」


「……? どうしたんですか?」


「いや、三ヶ月前……彼女旅行に行ってたって……」


「まさか……その旅行の相手が……」


「いや、ちょっと確認取ってみるよ。もう一回彼女の友人に聴取とってくる」


そのまま急ぎ足で立ち去る漆原。

里美は漆原の姿が見えなくなると会議室に入り、課長へと先程高坂にしたのと同じように報告をした。


「大学生が怪しい? で、難波は張ってるって?」


「ぁ、はぃ……一応警護っていう名目で……」


「お前等……いつから名探偵になったんだ。憶測で動くんじゃねえよ」


「す、すんません……」


「まあいいや、難波居なくても……」


(うわぁー……金さん邪魔者扱いされてるぅ……)


「難波に言っとけ。病院内で問題起こしたら今度はお前を拷問器具に入れるってな」


「伝えときます……」


「じゃあ他の奴ら戻ってきたら捜査会議すっぞ。あぁ、前坂、コーヒー」


「ぁ、はぃ……」


サーバーへコーヒーを汲みに行く里美。

その時、里美の直接の上司である葛西が缶コーヒーを課長の前へと置いた。


「課長。前坂はお茶汲みじゃありませんので」


葛西の言葉に感動を覚える里美。だが葛西は里美へと振り向き


「前坂! 難波に勝手な事させるな! お前世話掛だろうが!」


「は、はぃぃ! す、すぐに呼び戻します!」


敬礼し携帯を取り出す里美。

金次郎へコールするが、話し中の様で通じない。


(あぁ、もう! 金さんこんな時に……)


「もどりましたー」


その時、捜査に出ていた他の刑事達が戻ってくる。

里美は電話を切り、項垂れながら席へと付いた。



 同日 午後7時半



 金次郎と漆原以外の刑事達が会議室に集まり、捜査会議が始まる。

まずは現場となったドリームキャッスルの地下室について。調査していたのは高坂だ。


「えー……現場の拷問室からは被害者以外の指紋や血痕などは確認されませんでした。それとネットに流布された動画と照合が完了、まずあの部屋で撮影された物で間違いないとの事です」


「動画の前に投稿されたSOSは? 被害者が出したのか?」


「IDなどからして携帯から投稿された物で間違いないとの事です。被害者の携帯はまだ見つかってません。以上です」


「次、被害者の身辺調査は……漆原か。あいつ何してんだ」


漆原は赤城 樹の友人に確認しに行ったまま、まだ戻ってきていない。

代わりにと葛西は先に大学生の報告を里美にさせる。


「えっと……第一発見者の大学生三名に話を聞いてきました。三名ともに精神的に不安定の為、入院している模様です……。その中で須藤 康隆がもっともショックが大きかったようで……」


その時、里美の携帯が鳴った。漆原からだ。


「ぁ、すんません、漆原さんからです。なんだろ……」


言いつつ電話に出る里美。


『前坂さん?! ちょ、そこに葛西さん居る?!』


「え? あぁ、はい。変わります?」


『スピーカーにして!』


「ぁ、はい。あの、漆原さんからの報告みたいです」


いいながら里美は携帯をスピーカーにする。葛西は一体どうしたと声を荒げた。


『赤城 樹が中絶した時の父親が分かりました! あ、あいつです!』


「あいつじゃ分かんねえよ。名前言え」


『呂久 博之です! 第一発見者の……!』


会議室に居る刑事達は顔を見合わせ、まさか、と捜査資料のある一文を凝視する。

司法解剖にて、被害者は妊娠三ヶ月だと確認された、という一文を。


「おい漆原! 被害者は妊娠三ヶ月だったようだが、その父親は分かるか?」


『三カ月前に誰かと被害者は旅行に行ってます! 自分今から伊豆に飛びます! また分かったら報告しますので!』


「分かった、おい前坂! 難波に連絡して呂久 博之を任意で連行するように言え!」


「は、はい!」


里美は携帯を操作し、金次郎へとコールした。




 一時間前 午後六時半


 

 病院で一人、須藤 康隆の病室の前で椅子に座り張りこむ金次郎。

名目上は警護と言う事だが、なぜ須藤を警護する必要があるのか、と病院関係者の視線が痛い。


 そこに一人の女性が近づいてきた。黒髪のストレートでスーツを着こなし、170後半はありそうな長身の外国人だった。

金次郎も女性を確認すると、手を上げて「おう」とだけ挨拶する。


「金サンから呼び出し食らうなんて思いませんでしタ。どんなご用向きですカ?」


「真贋を頼みたいと思ってな。今この病室の窓の所に子供が一人立ってる。あれが何なのか見て欲しい」


元々、金次郎には霊感と呼ばれる物が備わっていた。

昼間に病室を訪れた時も見えたのだ。悲し気な表情をする少女を。


「フム。じゃあ失礼しますヨ」


薄く扉を開け、中を観察する女性。中にはベットに眠る須藤と


「アレですか……」


窓の外に、ひたすら須藤を見つめる少女が一人立っていた。

再びドアを閉め、金次郎に向きなおす女性。


「ただの幽霊では無いようデスガ……あの男の事を相当に恨んでるようデス」


「呪い殺しそうか?」


「呪い殺す前に……あの男が衰弱死するかもシレマセン。まあ、呪い殺すって……そういう事かもしれませんけド……」


金次郎はポケットから司法解剖の資料を取り出し、女性へと渡した。


「なんですか、コレ。探偵にこんなの見せていいんデスカ?」


「今さらだろ。もしかして……お腹にいた子の幽霊じゃないかって思ってな」


女性は捜査資料を読み上げつつ


「有り得なくは無いデス。生まれる前に母親の前へ姿を現す子供も居るくらいデスカラ。ん……この人中絶してるんデスカ。と言う事は……」


「なんだ?」


「イエ、もしかしてもう一体……居るんじゃないかと……」


再びドアを薄く開けて覗き見る女性。

だが今度は窓の外には居なかった。少女はドアの目の前にまで迫ってきていた。


「オヤ。バレてしまいましたカ。こうなったら直接聞くのが早いですネ。貴方は誰デスカ?」


少女は答えない。変わりに須藤を指さし、そのまま姿を消した。


「フム。金サン、彼は相当恨まれてる様デス。何したんですカネ」


「母親を殺した……からか?」


「ナント、彼は殺人を犯してましたカ。しかも母親トハ……個人的には殺されて当然って感じデス」


「この国は法治国家だ。私刑が認められる筈ないだろ。それが幽霊でもな」


女性は資料を金次郎に帰しつつ


「ソレデ、もしかして私の仕事終わりデスカ? 寂しいデス」


「あぁ、だったら……ドリームランドって知ってるか? 廃園になった遊園地なんだが……」


「知ってますヨ。最近都市伝説で騒がれてますからネ。探偵なら嫌でも耳に入ってきますヨ」


「その都市伝説……何処まで本当なんだ?」


顎に手を当て考え込む女性。

何処までと言われても調べた事は無いのだ。


「マア、火の無い所に煙は立たないと言いますシ……ソレっぽいのは居るんじゃないですかネ」


「ソレっぽいのって何だ。UMAか?」


「サア……まあ都市伝説の大半は見間違いや、アル中のオッサンが酔っぱらって喋った内容が噂になった物が大半デスカラ……ぁ、まさかそれ調べてコイって事デスカ?」


「いや、ドリームキャッスルって城の地下室……そこに拷問部屋がある。そこを調べてきてくれ」


「地下に拷問部屋デスカ。いい趣味してますネ。まあ分かりましタ。今度何かあったら、私の頼み事も聞いて下さいネ」


言いながら女性は立ち去って行く。

女性を見送る金次郎。すると携帯が鳴った。

画面を見ると《里美ちゃん》の文字が。


「なんだろ……ここで取ったら不味い……よな」


金次郎は一旦部屋の前を離れ、ロビーへと向かった。

 看護師の痛い目から逃れる様に、公衆電話が置いてあるスペースで携帯に出る金次郎。


「はーい、里美ちゃん? どうしたー?」


『ぁ、金さん! 事情は後で説明するんで、呂久 博之を任意で連行してください!』


「任意? いや、どゆこと?」


『いいから! 早くしてください!』


「りょ、了解……」


言われた通り金次郎は再び病室の前へと戻る。呂久 博之の部屋は須藤の隣だ。

金次郎はノックしつつ病室を開けるが、そこに須藤の姿は無い。


「ありゃ。タバコかな……俺も吸いてえ……」


項垂れる金次郎。そこに看護師がやってきた。


「刑事さん、何してるんですか? 邪魔ですよ」


「ぁ、ごめんなさい……ぁ、検診か何かです? 呂久君居ないみたいで……」


「え? さっきは居たのに……もう、言われた通り大き目のパジャマ持ってきてあげたのに」


その言葉で金次郎の目の色が変わる。

隣りの部屋に駆け込むが、須藤の姿も無くなっている。


「まさか……」


金次郎は呂久 博之を任意で同行する理由など知らない。

だが自分が目を離したスキに二人共姿を消した。偶然のはずが無い。

突然態度を変えた金次郎に、看護師は驚きつつ何事かと尋ねた。


「ど、どうしたんですか?」


「……いや……そうだ、二人が共犯なら……何故あの場に井之頭 香苗を……まさか!」


金次郎は看護師へ振り向き、声を張り上げ指示する。


「すぐに井之頭 香苗の安否を確認してくれ! 早く!」


尋常ではない金次郎の雰囲気に、看護師は何度も頷きながらナースステーションへ連絡を取った。


金次郎は携帯を出し、里美へと連絡を取る。


「里美ちゃん! 須藤と呂久が消えた! 井之頭は……」


電話をしながら看護師へ確認を取る金次郎。ナースステーションへ連絡していた看護師は首を振った。


「っ……! 井之頭も消えた! 恐らくドリームランドだ! すぐに向かってくれ! 俺もこのまま向かう!」



 

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― 新着の感想 ―
[良い点] ストーリー構成やキャラクターの設定などが しっかりしていて、また、本文の方も改行をうまく 使えているので、とても読みやすいです。 [気になる点] キャラクターの名前にルビをふったほうが、 …
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