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 7月 22日 (水)午前8時30分


 会議室に集まる数十名の警察官達。

昨晩の殺人事件についての捜査会議が行われていた。

金次郎と里美はカップラーメンを食べながら会議に参加している。


 会議を進行するのは金次郎や里美の直接の上司、葛西 圭。


「指紋から被害者の身元が確認された。赤城 樹 26歳。職業はフリーター。一人暮らし。婚歴なし」


麺を啜る音を響かせながら葛西の声に耳を傾ける金次郎。

その様子を高坂や他の刑事達は呆れた顔で見ていた。


 鑑識の伊藤 哲司は、ホワイトボードに資料を貼りつけつつ


「死因は全身を針で刺された事による出血死。死亡推定時刻は正確には分かりかねますが……腐敗の進行具合から見て一週間前後。それと……左手親指に指輪。所持品は財布に妊娠検査薬のみ。携帯などの通信機器は見つかりませんでした」


金次郎は哲司の説明を聞きながらスープと一緒に麺を飲みこむ。

里美もマネして飲みこもうとするが咽てしまう。


 そんな緊張感のない二人を睨みつけつつ、葛西は会議を進める。


「第一発見者の大学生については?」


高坂が挙手しつつ、立ち上がりメモを読み上げた。


「大学生達は超常現象研究会と言われるサークルのメンバー達です。呂久 博之 21歳 井之頭 香苗 19歳 須藤 康隆 20歳。死体発見時、須藤 康隆は気を失い、倒れた拍子に部屋にあった拷問器具に頭をぶつけて出血。呂久と井之頭はすぐに須藤を担いで地下室から脱出し、119番通報したとの事です」


「三人と被害者の関連は?」


「今のところ何も出てきてません」


 葛西は机を中指で軽く叩きつつ、刑事達へと役割を分担していく。

金次郎と里美は第一発見者の大学生にもう一度話を聞く事となり、空のカップラーメンの容器を持って退出した。

 会議室から廊下に出て、途中あるゴミ箱へと容器を捨てる。金次郎と里美はそのまま捜査に向かおうとするが、鑑識の伊藤 哲司に呼び止められた。


「金さん、解剖立ち会い行ってくんねぇかな」


「ん? あぁ、別にいいけど……」


「悪いな。朝一からやるって言ってるから……」


「え? も、もう始まってんじゃ……」


金次郎は腕時計を確認する。時刻はすでに午前九時半。金次郎は、渋い顔をしながら哲司に「行ってくる」と捜査へと向かう。里美も哲司に会釈しつつ金次郎の後に続いた。

 二人は警察署の駐車場へと向かい、里美のトヨタ86へと乗り込んだ。ドライバーは勿論里美。


「安全運転でお願いしますよ」


里美は冗談交じりに言う金次郎を睨みつけながら、エンジンをスタートさせる。


「金さん、シートベルト。あとこの車禁煙ですから」


すでに煙草を咥えている金次郎は肩を落とし、大人しくシートベルトをする。

そのまま里美はギアを入れ、サイドブレーキを降ろして走り出す。向かう先は司法解剖が行われる警察病院。煙草を吸えない金次郎は、終始無言で窓の外を眺めていた。


 警察病院へと到着した金次郎と里美。二人は一目散に最寄りの喫煙所へと向かい、それぞれ煙草を出して喫煙を始めた。


「あぁー、ヤバいな。もう始まってるかなー……」


「煙草吸ってる場合じゃないですよ、金さん。もし担当が抄さんだったら……」


「殺されるかな、俺達。それで解剖もあいつが……」


「やめてください……」


二人は半分程まで吸うと、火をもみ消し急ぎ足で警察病院の中へと入る。

司法解剖が行われている部屋の前まで来ると、看護師が一人立っていた。その顔を見て金次郎は、あからさまに渋い顔をする。


「ちわーっす……」


看護師へとフレンドリーに声を掛ける金次郎。それに対して看護師は眉を吊り上げ、溜息を吐いた。


「ちわーすじゃないですよ、もうご立腹ですよ、あの人。はやく行った行った」


金次郎と里美は看護師に頭を下げつつ、解剖が行われている部屋へと入る。

中には研修医を含めた十数人が勢ぞろいしていた。執刀医を務めるのは金森 抄(かなもり しょう)

 入って来た金次郎の顔を確認するなり舌打ちし、マスクの下で「遅えよ」と小声で呟くのが金次郎にはハッキリと聞こえた。


「ヤバイよ、里美ちゃん……あいつ怒ってるよ……」


「静かにしてください……」


二人は研修医の影に隠れるように立ち、一応立ち会っている、というスタイルをアピールする。

だが、執刀医の抄は二人に


「おい、そこの警察官二人、もっとこっち来い、つーかマスクしろ」


二人は言われた通りにマスクをして研修医の前へと出た。女の遺体はすでに解剖が進んでおり、内臓がそれぞれ取り出されている状態だった。


「死因は出血死で間違いない。鉄の処女だっけ? あれの針はそこまで深く刺さってねえ。全身に針が刺された状態でもしばらくは生きてたんだな」


吐きそうになる里美。金次郎はそんな里美の様子を伺いつつ、解剖に黙って立ちあう。

既に腐乱が始まっている遺体。顔は発見時より綺麗に血が拭られており、かろうじて顔が判別できる程度だった。


 それから解剖は二時間に渡って行われ、外に出た金次郎と里美は執刀医の抄と共に別室へと入っていく。抄は二人の警察官へと座る様に促し、解剖結果の書かれたコピーを投げて渡した。


「お前等おせーんだよ。朝一からやるって言ってただろ」


「いやいや、こっちにも事情が……で、何か分かった?」


金次郎は資料へと目を通しつつ尋ねる。抄は禁煙室にも関わらずタバコを出し、窓を全開にして火をつけた。


「針以外の外傷は無え。胃の中には何も入って無かった」


頷きながら聞く金次郎。里美は資料に書かれている一文を読んで背筋が凍る。


「あ、あの……妊娠してたんですか?」


「あぁ、あと恐らく中絶もしてるな」


資料には妊娠三ヶ月前後と書いてある。里美は妊娠した経験は無いが、思わず被害者の女性に同情してしまう。


「父親は? わかりそうか?」


「無理だな。まるで狙いすましたみたいに……子宮には深く針が刺さってやがった」


「それで良く妊娠してたって分かったな」


「素人に説明すんの面倒だから言わねえけど……舐めんな」


煙草の火を洗面台の水で消しつつ、ゴミ箱へと放り込む抄。そのままポケットに手を入れ、部屋のドアへと歩み寄った。


「後でまた資料送るから。お前等の遅刻もな」


そのまま部屋を出ていく抄。残された二人は顔を見合わせつつ、溜息を吐いた。


 警察病院から出て、着た時のように喫煙所で煙草に火をつける二人。

昨晩からまともに寝ていない里美は、目を擦りつつ欠伸をする。


「里美ちゃん、お口が大きいよ」


「五月蝿い。それで? 大学生に話聞きに行くんですよね……病院ですか?」


「あー、一人は救急車で運ばれたって言ってたな……。あとの二人は……連絡先聞いたよね?」


「聞いてませんよ。まあ……高坂さんに聞けば分かると思いますけど……」


「頼んだ」


怪訝な顔をする里美。溜息を吐きつつ携帯を出し、高坂へと電話を掛けた。

その間、金次郎はポケットの中に四つ折りした先程の資料を出して眺める。妊娠三ヶ月、と書いてあるのを見て、確か仏の所持品に妊娠検査薬があったはずだと思いだした。


「金さん、わかりました。大学生は三人とも入院してるみたいですよ」


「あぁ、そう。ねね、里美ちゃん、妊娠検査薬ってさ、何ヶ月くらいから反応するの?」


「は? 確か二ヶ月くらいからだと思いましたけど……」


「仏さんが持って奴……陽性反応出てたのかな」


「そりゃ出てるでしょ」


金次郎は顎に手を当て、資料を見ながら何やら考え込む。


「里美ちゃん、もし自分が妊娠して……検査薬使ったとして……それ大事に持ってる?」


「まあ、男はそうでしょうねー、わかりませんよねー」


里美は、ぶっきらぼうに言いつつ煙草を吸う。そろそろ止めるべきだろうかと煙草を見つめながら。


「どゆこと?」


「だから……妊娠したら嬉しいじゃないですか。私だったら記念に取っておきますよ」


「ということは……お腹の子は産むつもりだったのか……」


「はぁ? 当たり前じゃないですか……って、金さん……中絶してるからって、すぐ女性をそういう目で見てると……天罰下りますよ」


煙草を消しつつ先に愛車へと向かう里美。金次郎は資料を乱暴にポケットに突っ込み、最後に一口煙草を吸うと灰皿へと放り込んだ。


 大学生の三人が入院している病院へと向かう二人、その途中でコンビニで昼食を買っていく。

里美はサンドイッチにお茶。金次郎は菓子パンにコーヒー。車の中でそれぞれの飲料で流し込んだ。


「里美ちゃん、ゴミ」


「あぁ、どうも」


金次郎にゴミを渡す里美。てっきり里美が捨ててきてくれると思っていた金次郎は、肩を落としつつ車を降りてゴミ箱へと放り込んだ。その時、ある事が頭の中に浮かんだ。こんな事を里美に聞けば、また怒られると思いつつも、金次郎は車の中に戻るなり


「ねえ、里美ちゃん……中絶する理由って何だと思う?」


「そんなの……男がバカだったからじゃないですか?」


「そ、そうッスカ……なんかすんません……」


「なんで謝るんですか……って、もしかして金さん!」


「無い! 俺は無いから! 別れた奥さんが初めてだったから!」


「怪しい……」


里美は金次郎を疑いの眼差しで見つめつつエンジンを掛ける。

そのままコンビニから出て、大学生が入院している病院へと向かった。


 コンビニから車で十分程走り、市民病院へと到着する。

二人は病院の受付で三人の病室を尋ね、まずは最初に救急車で運ばれた須藤 康隆の元へと向かった。

 病室の前でプレートを確認しつつノックする里美。中から「はい」と返事がすると、ゆっくりとドアを開けて中へと入った。


「こんにちは、警察の者です。須藤 康隆さんですよね?」


「はい……そうッスけど……」


里美は警察手帳を見せながら名乗り、傍にあった丸椅子に腰掛ける。


「少しだけお話いいかな。思いだしたくない事もあるだろうけど……遺体を発見した時、何か気づいた事とかある?」


康隆は首を振りつつ、まるで何かに怯えるかのように震える。


「じゃあ……赤城 樹さんって知ってる?」


「知らないッス……あの、その人って……死んだ人っすか……?」


頷く里美に、康隆は両手で顔を覆いつつ涙を流した。

そのまま震えながら窓の外を見る。


「俺……あの動画……作り物だと思って……鼻で笑いながら見てたんです……」


「いや、あの……落ち着いて?」


康隆はそのまま泣きながら里美と金次郎を見つつ、声を荒げた。


「俺は……笑いながら開けたんだ! あの箱……中に女が居るなんて知らなかったんだ!」


「須藤さん! 落ち着いて……ね?」


「俺は……俺は……!」


暴れる康隆を抑えつつ、ナースコールを押す里美。

慌てて駆けつけた看護師達に二人は部屋の外へと追い出された。

部屋の中からは悲痛な須藤の声が聞こえてくる。


「里美ちゃん、大丈夫?」


「何がですか。次行きますよ、急がないと話聞けなくなっちゃいますよ」


冷静な里美に感服しつつ、金次郎はもう一度、扉の隙間から部屋の中を覗き見た。

本来ならば人が立つスペースなど無い筈だが、悲しそうな顔をした少女が一人、窓の外から須藤を見ていた。




 続いて残り二人の大学生の元へと向かう金次郎と里美。

あとの二人は須藤程、混乱しておらず病院内の喫茶店で話を聞く事ができた。


「ごめんね、何度も同じ事聞くようだけど……何か気づいた事とか……思いだした事とかあるかな」


大学生二人、博之と香苗は顔を見合わせつつ首を振る。


「香苗さん、子供を見たって言ってたよね。どんな子だった?」


「えっ、あの子……見つかってないんですか?」


頷く里美。そもそもあの遊園地に子供など居る筈が無いのだが。


「わ、私、本当に見たんです! 小学生くらいの子で……髪が長くて……」


「その子の顔は? 覚えてる?」


「い、いえ……顔までは見えなかったので……ほんの一瞬だけだったし……」


首を傾げる里美。一瞬だけ見えた子供。昨日の金次郎の言葉が頭をよぎった。

幽霊でも見たんじゃないか、という言葉を。

 

「え、えっと……じゃあちょっと質問変えるけど、あの遊園地に行く事になった経緯について聞いてもいいかな」


再び顔を見合わせる博之と香苗。

博之は思いだすように天井を仰ぎつつ


「その時、コンパやってて……ぁ、俺は飲んでないっすよ。下戸なんで。それで……酔った須藤が突然噂の究明に行こうとか言いだして……」


香苗も同意しつつ


「そうそう、それで遊園地に行って……須藤君が隠し部屋見つけて……」


「あの部屋、須藤君が見つけたの?」


「ぁ、はい。なんか絵が左右逆だーとか言い出して……後ろ覗いたら穴があって……」


「絵って……ムンクの叫び?」


「あ、はい。そうです」


里美と金次郎は顔を見合わせつつ


「二人はその絵、どんな絵か知ってる?」


「ま、まあ、有名な絵なんで……知ってますけど……」



 それから遺体発見時の状況を再度聴取し、大学生二人と別れた。

そのまま病院を出て駐車場へと向かい、車に乗り込む二人。



「金さん……どう思います?」


「まあ……とりあえず須藤君はマークかな……」




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