(2)
7月 22日 (火) 午前2時
鳴り響くサイレン。
真夜中、街から外れた山の中をパトカー数台が走っている。
けたたましいサイレンが響かせながら、パトカーに続いて救急車も現場へと急行していた。
数台のパトカー、その中の一台にタバコを吹かしながら運転する男が居た。
難波 金次郎。その隣、助手席に着いているのは新米警官の前坂 里美。
「金さん、煙草吹かしながらパトカー運転するとか……どうかと思いますけど」
「硬いなぁ、里美ちゃん。そんなんじゃ警察官は務まらんのよ」
金次郎は前坂と会った初日から「金さん」と呼ばれていた。
前坂は時代劇ファンだった。金次郎と聞いて、呼ばずにはいられなかったのだ。
金次郎は吸っていた煙草を灰皿に捨て、再び新しい煙草へと火を着ける。
里美は溜息を吐きながら窓から外を眺めた。現場である遊園地が見えて来る。
「それにしても……あんな所に肝試しなんて、良く行きますね。私だったら絶対パスですよ」
「俺も仕事じゃなけりゃ行きたくないよ。ガキの頃は良く行ってたんだけどなぁ……」
「そうなんですか? 私が小学生の時は三重県の……あれ、なんて言いましたっけ、結構大き目の遊園地」
「あぁ、なんとかナイトランドって奴? 今の子はそっちいくよなぁ、俺の時はまだ無かったからな」
煙草を吸いながら会話する金次郎。里美は我慢出来ず、自分のポケットからラッキーストライクを取り出し火をつけた。それを見て金次郎は鼻で笑う。
「我慢は体に毒だよ、里美ちゃん」
「金さんのせいですよ。っていうか緊張感無いですね。殺しですよ、殺し。しかもかなり悪趣味な」
「あ、そうなの?」
金次郎の言葉に里美は眉を顰める。出動する前に概要を説明された筈だと金次郎を睨みつけた。
「まさかとは思いますけど、寝てたんですか」
「いや、だって宿直開けの休みだったんだよ? 寝るに決まってるじゃない」
「あー、もう。圭さんに殺されますよ。要点だけ説明するんで、頭に叩き込んでください」
「助かるよー。君は俺の最高のパートナーだ」
舌打ちしつつ携帯を出す里美。
「いいですか。事の始まりは一週間前の掲示板への書き込みです。内容は閉じ込められている、助けてくれ、という物です。当然ですが最初はイタズラだと思われていました。しかし同じ掲示板に再び書き込みがされました。今度は動画付きです」
カーナビへと携帯をつなげ、動画を再生する。
「ちょ、俺運転中……」
「音声だけでも聞いてください。犯人がどれだけ悪趣味か分かります」
再生される動画。金次郎はカーナビの画面へ目線を移しながらも運転する。
かなり薄暗く、あまり良く何が映っているか分からない。
『助けて……止めて……いやぁ! 閉めないで……閉めないでぇ!』
「え、な、なにしてんの?」
里美は煙草を吸いつつ、動画を眺めながら
「拷問ですよ。鉄の処女って知ってます? 女の子の形をした箱の中に、針がびっしりと付いてる奴」
「あぁ、うん、それは分かるけど……」
「その中に入れられてるんです。被害者の女性が。その扉がゆっくりと締められるだけの動画なんですけど、かなりグロいですよ」
「そ、そうなの……里美ちゃん、普段からこういう動画見てるの?」
「好き好んで見る訳ないじゃないですか。でもこの類いの動画は溢れてますし……自然と免疫付きますよ」
「恐ろしい世の中だねぇ……」
感想を零しつつ、運転を続ける金次郎。
時折急なカーブがあり、動画に見入っていた金次郎はひやり、としながらハンドルを切る。
「で、その遺体を肝試ししてた連中が見つけたって事?」
「はい。第一発見者は大学のサークルで……いわゆる都市伝説を調べる為に現場に来てたみたいです」
「都市伝説? 何、あの遊園地……都市伝説になってんの?」
「知らないんですか? 裏野ドリームランドの都市伝説って結構有名ですけど……廃園になった理由が良くわからないっていう」
金次郎は廃園になった時期の記憶を思い出す。
まだ小学生だった頃、楽しみにしていた遊園地への遠足が突然無くなり、泣いたのを覚えている。
「廃園になった理由ねぇ……なんかあったかな……」
「一説ではジェットコースターの事故により来園者が激減、経営難に陥り廃園。ちなみにまだ建物が残っているのは当時の経営者が夜逃げしたからだそうです」
「あー、それで取り壊せないのか」
「そうです。それで話戻しますけど、大学生達はドリームキャッスルと呼ばれるアトラクションの地下にある拷問室を調べに……」
「ちょ、ちょいまって! そんなもんあるの?!」
「あるかどうか分からないから調べに行ったんじゃないですか。これも都市伝説の一つなんですよ。その御城の地下には拷問室があるって言う」
金次郎はタバコの火を消し運転に集中する。
見知った思い出の場所が、今では怪奇な都市伝説の標的にされている。
「それでですね。その大学生達は拷問室らしき部屋を見つけました。動画の存在は大学生達も知っていたそうです。でもまさか自分達が見つけた拷問室がそれだなんて思いもしなかったそうです」
「そりゃ、そうだろうなぁ……」
「まあ、それで一人が面白半分に鉄の処女を開けたらしいんですよ。そしたら……」
「仏さんが入ってたってことか」
頷く里美。金次郎も顔を真っ青にしている。
「で……?」
「で……ってなんですか?」
「誰が殺したんだ」
「いや、それを調べに行くんじゃないですか。私達警察が」
「あぁ、そう……まだ何も分かって無いか……」
里美も煙草の火を消し、別の捜査資料を取り出した。
「分かってる事と言えば……犯人は左利き、あとは動画サイトのIDくらいですかね……」
「なんで左利きって分かるんだ」
「動画に写ってるんですよ。手だけ。左手にナイフみたいのを持ってるんです」
「おい、じゃあ右にカメラ持ってるって事だろ。右利きじゃないのか?」
「いやいや、金さん考えてみてください。もし自分が犯人だとして……利き手じゃない方にナイフもって脅しますか? それだったら、まだカメラを利き手じゃない方で持った方がいいでしょ」
「ま、まあ……持てない事はないか……」
「あぁ、あと動画サイトのIDなんですけど、既に削除されてるみたいです。運営会社にIDに登録されていた情報を開示するよう言ってるみたいですけど……望み薄でしょうね」
近づいてくる目的地。
数台のパトカーが既に到着していた。
「なんで望み薄よ」
「そんなの決まってるじゃないですか。適当に住所や名前を書いたって登録できるんです。犯罪目的で登録したIDの情報なんてアテになりませんよ」
「そりゃそうか……」
砂利の上に乗りあげ、パトカーを停め降りる金次郎。
里美も捜査資料を鞄の中に入れなおしつつ降りる。
「うへぇー……懐かしぃー」
金次郎は白手袋を嵌めつつ、アーチ型の看板を見上げる。
裏野ドリームランドと書かれた看板。まもとに文字が読めない程、錆に侵食されている。
傍らにはウサギのマスコット。どこか不気味に見えて仕方ない。
「おい、難波」
そこに同僚の高坂が金次郎へと話しかける。
里美は金次郎の背へと、高坂から逃げるように隠れた。
「おう、高坂」
「お前、あの動画見たのか? 思いっきり寝てただろ」
捜査本部で爆睡しているのを見られていた、と金次郎はバツが悪い顔をする。
「うん、で……どうなんだ、現場は」
「ごまかすんじゃねえよ。里美に迷惑かけんなよ、俺の後輩なんだからよ」
そのまま高坂は一人で遊園地の中へと入っていく。
金次郎と里美は顔を見合わせつつ
「後輩って……大学の話だろ?」
「えぇ……高坂さん苦手なんですよね……真面目すぎるというか……」
「里美ちゃんも大概だけどな」
金次郎の言葉に頬を膨らませる里美。
二人も高坂に遅れて遊園地の中へと入っていく。
里美は辺りを見回しつつ、まだ今にも動きそうなアトラクションに目を奪われていた。
「あ、観覧車……ねえ、金さん。観覧車の傍を通ると声が聞こえるらしいですよ。「ここから出して」みたいな」
「あー、トイレの花子さん的な?」
「ですです。どっからそんな話出てくるんですかね」
「他にも何かあんの?」
里美は嬉しそうな顔をしつつ、説明を始める。
アクアツアーのUMA。ミラーハウスで人格が入れ替わる。無人で動くメリーゴーランド。どんな事故が起きたのか分からないジェットコースターなど。
説明を聞いていた金次郎は欠伸をしつつ
「ふーん。アクアツアーのUMAが一番面白そうだな」
「ですよね! まあ、居る訳ないですけど」
二人は会話しつつドリームキャッスルへと向かう。
この遊園地で一番大きな建物である城へと。
城の中に入ると、鑑識のライトが隅々まで中を照らしていた。
大量のムカデやゴキブリ、見た事の無いような大きさの蛾などが見て取れる。
「うわぁ、良くこんなところ入ったなぁ……」
「あー、もう……最悪……」
先に到着していた警官に案内され、地下室へと行く階段がある部屋の前へと来る二人。
壁には外された絵画が立て掛けられている。有名なムンクの「叫び」という絵だ。
美術部だった里美は思わず目を奪われた。恐らく贋作だろうが、写真以外で見るのは初めてだったからだ。
そのまま金次郎は壁に開いた穴へと手を掛け、地下室への階段がある部屋へと移る。里美も金次郎を追いかけ中へと入った。
「うほ。良く見つけたな。こんな部屋」
「ですね。金さんより警察官の才能あるんじゃないですか?」
「言葉も無いよ。で? 仏さんは?」
案内役の警官に尋ねる金次郎。
渋い顔をしつつ「下です」とだけ呟いた。
「あ、そう……どうしたの? ダイジョブ?」
「い、いえ……その……バケツ要りますか?」
その言葉で顔を顰める里美。
「金さん……私……ここで待ってます……」
「あ、あぁ、そう?」
金次郎が納得しかけた時、既に地下へと降りていた高坂が部屋へと戻って来た。
真っ青な顔をしている。
「ぁ、高坂、どうだった」
「あー……あぁ。見りゃ分かる」
それだけ聞き、金次郎は地下への階段へと足を掛けた。
続いて里美も。
「あれ? くんの?」
「仕方ないじゃないですか……高坂さんと二人きりとか……」
小声で会話しつつ、地下室へと降りる二人。中には鑑識の人間が数人入っていた。
その中の一人が金次郎の姿を確認すると「おう」と片手を上げつつ近づいてくる。
「哲っさん。どんな感じ?」
「見りゃ分かる……。そっちの子は新人?」
哲っさん、と呼ばれた男は伊藤 哲司。里美は思わず敬礼しつつ挨拶する。
「は、はい! 金さんの御世話役として……」
「あはは、まあ頑張れよ。ぁ、はいバケツ」
バケツを手渡される里美。
用途など決まり切っている。里美は既に吐きそうだった。
部屋の中に充満する匂い。それは人間の死体が放つ腐乱臭。
恐る恐る鉄の処女へと近づく二人。
金次郎はその中身を見て眉を顰めつつ手を合わせる。
里美は見た瞬間にバケツへと顔をつっこんだ。
「……里美ちゃん、無理しなくても……」
「い、いえ……大丈夫……うっ……」
鑑識の哲司に背中を摩られつつ、里美は泣きながらバケツを抱える。
金次郎は鉄の処女に収まっている死体を確認する。
「哲っさん。身元は?」
「あー、赤城 樹、女性二十六歳。ズボンのポケットにサイフが入ってた。でもなぁ……」
「どったの?」
袋に入った財布を見せる哲司。ぽっかりと穴が開いており、中に入っていた免許書の顔写真も潰れて分からなくなっていた。
「まあ、仏さんが持ってたから間違いないだろうけど……」
「まあ……仏さんの顔も良くわからないしな……男か女かも分からないくらいだし……ぁ、携帯は? ネットの掲示板に書き込みされたんでしょ?」
「携帯は見つからなかった。恐らく犯人が……」
バケツから顔を出した里美。涙目で金次郎へ寄りかかりつつ、再び死体を確認する。
「ちょ、里美ちゃん……いいって、ダイジョブ。君の根性は俺が見届けたから」
「なんの話ですか……」
里美は手を合わせつつ、死体を確認する。
全身に穴。そして血で真っ赤に染められている。
「酷い……」
里美はそれだけ呟くと、背を向け階段へと向かった。バケツを抱えて。
それを追うように、金次郎も部屋を後にする。
地下室から出た二人は、先程の案内役の警官に第一発見者はどこかと尋ねた。
「一人は救急車で搬送されました。あとの二人は……外のパトカーに」
「ありがと」
金次郎と里美は第一発見者である大学生二人へと話を聞きに行く。
パトカーの後部座席に乗っているのは、男女一名ずつ。二人共毛布を全身に巻いて震えている。
金次郎はパトカーの窓を軽くノックしつつ、ドアを開けた。
「ごめんね、少しお話いいかな?」
「……はぃ……」
返事をしたのは男の方。女は震えながら男に寄り添っている。
「死体を発見した時、何か気づいた事とか無かったかな。なんでもいいんだけど」
「……いえ……得には……」
「あぁ、そう……んー……何か飲む? 暖かいコーヒーとか」
「……いえ……今は……」
頭を掻きながら里美を見る金次郎。
里美は頷きつつ
「ごめんなさい、貴方達の連絡先、教えてもらえるかな」
「さっき……言いましたけど……」
「あぁ、ごめんね? 私達に、個人的に教えてもらいたくて……あぁ、えっと……何かあったらここに連絡して。すぐに駆け付けるから」
二人へと名刺を渡す里美。二人は名刺を受け取り頷く。
これ以上の聴取は無理だろうと、金次郎と里美は顔を見合わせ立ち去ろうとする。
だがその時、女の方が二人を呼び止めた。
「ん? どうしたの?」
里美は出来るだけ優しく声を掛ける。
「あの……か、関係……ないかも……しれないんですけど……」
「うん、いいよ。気づいた事があったら教えて?」
「……私達が……お城に入る前……子供が居たんです、小学生くらいの……」
それだけ言うと、女は黙りこんでしまう。
里美は首を傾げつつ「ありがとう」と言うとパトカーのドアを閉めた。
「あの、金さん……子供って……」
「まあ、普通に考えれば居る訳ないよね。幽霊でもみたのかな……」
「真面目に考えてください、もし本当に子供が居たのなら……すぐに探さないと……」
里美を落ち着かせる金次郎。
そもそもここは山の中、一番近くの街からでも車で一時間弱かかるのだ。
仮に親の運転する車で来ていたとしても、付近にはそれらしき車は見当たらない。
「じゃあ、彼女の見間違いって事ですか? 子供と何を見間違えるんですか」
「それは分からないけど……とりあえず、ここは高坂達に任せて戻ろうか。ちょっと調べたい事があるから」
言いながら金次郎は出口へと歩き出す。
里美も慌てて金次郎を追うが、その途中
『助けて』
耳に届く子供の声。
辺りを見回すが、それらしき姿は無い。
「里美ちゃーん、いくよー」
金次郎に急かされ、きっと風の音だろうと思う事にした。
不気味な遊園地に風が吹く
まるで悲しむかのように
鬼が泣くように