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7月 21日 (火) 21時00分
暗い、夜の闇に沈んだ山の中を一台のワンボックスカーが走っている。
車の中には三人の男女。三人共大学生だ。これから肝試し変わりに、とある調査へと向かう途中だった。
「あの、先輩……道あってますよね? なんかさっきから全然何も見えないんですけど……」
「間違う道なんて無えよ。一本道だっつーの」
ドライバーである呂久 博之。この中で一番の年長者であり、リーダー的な存在だった。
助手席で心配そうに道を確認するのは井之頭 香苗。
そんな香苗をフォローするように、後部座席に座る須藤 康隆は明るい声で言い放った。
「大丈夫だって、香苗ちゃん。裏野ドリームランドって結構昔の遊園地だからさ。観覧車とかも、そんなに大きくないのよ。だから結構近づかないと見えないってワケ」
「そ、そうなんですね、私行った事ないですから……」
三人は同じサークルメンバーだ。
超常現象研究会などと大層な名前は付いているが、大半は漫画を読むか飲みに行く程度の活動しかしていない。今回のような都市伝説を調査しに行くのも、お遊び半分の物だ。
「ほら、見えてきたぞ」
ドライバーの博之の声に反応し、窓の外を見る香苗と康隆。
たしかに小さく観覧車が見えた。
「あそこ……ですか? 今はもう廃園になってるんでしたっけ」
「もう十年以上前だよね。俺は小さい頃に行ったらしいけど……全然覚えてないんだよね」
香苗は不安そうな顔をする。ただでさえ不気味な山の中、さらに廃園した遊園地という怪しすぎる所に踏み込もうと言うのだ。怖くない方がおかしいとさえ思う。
「先輩、や、やっぱり止めません? なんか怖い……」
「怖いのは当たり前だ。大丈夫だ、いざとなったら康隆を盾にして逃げろ」
「ひ、ひでえ! って、そんな冗談はともかく……」
「冗談じゃねえよ」
「ひでえ! 鬼! 悪魔! って、そんな冗談はともかく! 香苗ちゃん、これ知ってる?」
博之は携帯の画面に映る動画を香苗に見せる。
なにやら薄暗い空間で女性が泣き叫んでいる。
「な、なんですかコレ……」
「UPされたのは昨日なんだけど……もう視聴者数がハンパじゃないのよ。グロすぎるから運営も排除しまくってるんだけど……もう拡散されすぎて追いつかないっていうか……」
香苗は画面から目を反らす。だが音声は耳に届いてきた。
『助けて……止めて……いやぁ! 閉めないで……閉めないでぇ!』
「な、なにを閉めないでって……どういう動画なんですか?」
「あー、えっと、なんだっけ、コレ。棺桶みたいな奴の中に針がビッシリ生えてる……」
「鉄の処女な」
博之にフォローされ、康隆は「それだ!」と叫ぶ。
香苗は名前を聞いても分からない。
「香苗ちゃんには刺激が強すぎるかなぁ、でもこれから行く所にあるかもねー」
「そうだな。なんたって拷問部屋探しに行くんだからな」
今向かっている裏野ドリームランドには様々な噂がある。
その噂の一つには、拷問部屋が存在するといった物まであるのだ。
「ホントにあるんですかね……いや、無いとオモイマスケド……」
「それを確かめに行くんだ。無いなら無いで別にいい」
「えー! 面白くないじゃないっすかぁ」
不安を抑えつつ、香苗はもう目の前まで迫っている不気味な遊園地を眺める。
ここまで来たら行くしかない。車の中で一人で待っている方が怖い。
博之は正門らしき物の前で車を停め、ダッシュボードから懐中電灯を出す。
「ほら、香苗持ってろ。俺はカメラ持つから、ちゃんと照らせよ」
「は、はい……」
深呼吸しつつ車を出る香苗。不気味としか言いようの無い空気が漂っている。
今ならば幽霊が出ても、なんらおかしくは無い。
「よし、先頭は康隆だ。行け」
「え?! お、俺っすか?!」
「じゃあお前カメラ持て。幽霊出た時に取り逃すなよ」
「い、いや、先頭行くッス……」
渋々先頭を行く康隆。自前の懐中電灯をともし、ゆっくりとアーチ型の看板を潜る。
まず最初に目に入ったのはアクアツアーの案内板だった。ムカデや蜘蛛が群がり、その光景に思わず小さく悲鳴を上げる香苗。その悲鳴に男二人は驚き香苗を見る。
「幽霊よりお前の悲鳴の方が怖いわ」
「あはは、同感」
二人で香苗を弄りつつ、先へと進む。
辺りは誰かが溜まり場にしてたのか、まだ新しい空き缶や空のペットボトルなどのゴミが散乱していた。
その光景も残さずカメラに収め、ドリームキャッスルを目指す三人。
「先輩……なんか変じゃないですか?」
「何が? ただの廃墟だろ」
「いえ……さっきから誰かに見られてるっていうか……人が居るような……」
香苗の訴えを聞き、博之は辺りを見渡すようにカメラを回す。
しかし人影など当たり前だが見当たらない。
「まあ、幽霊なら居るだろ。見えたら教えてくれ」
「や、やめてくださいよ……」
香苗は首筋に嫌な寒気を感じた。今にも後ろから肩を叩かれるのでは無いかと。
そうこうしている内にドリームキャッスルの入り口に着いた。不気味に聳え立つ城。
植物に侵食され、今にも崩れてしまいそうだ。
「さーってと……どうやって入る?」
「とりあえず正面調べよう。空いてる訳ないと思うが……」
正面扉へと手を掛ける康隆。
「ん?」
鈍い音を立てながら開く扉。
「マジか。開いてるよ」
「まあ、有名な噂だしな。他に誰か調べに来たんだろ」
男二人は躊躇せず城の中へと入っていく。
香苗も後に付いて入り、ふと扉の鍵を確認してみた。
明らかに壊されている鍵。その時、扉の前を少女が一人横切った。
香苗は驚きつつ、扉から身を乗り出して周りを確認する。誰も居ない。
見間違いだったのだろうか、と首を傾げた。
「おい、香苗、置いてくぞ」
「ぁ、ちょ、待ってください……」
里美は何処か背筋が凍るのを感じつつ、城の中へと戻った。
中は湿気が高く蒸し暑い。窓から溢れる月明かりに虫が群がっている。
香苗は思わず顔を顰めつつ、置いて行かれないように歩を進めた。
先頭を歩く康隆は、地下室への階段を探す。
拷問部屋は地下室だという噂なのだ。
「ん? おい、康隆待て……」
「はい? どうしたんっすか」
博之は数枚の絵画が飾ってある壁を見つけ、近づく。
「お前、こういうの好きだったろ。一枚持って帰るか?」
それを聞いた香苗は耳を疑う。
「ちょ、止めてくださいよ、汚いですよ……」
「そうっすよ、どうせ贋作……って、あれ?」
康隆は一枚の絵の前に立つ。ムンクの「叫び」というタイトルの有名な絵。
「どうしたんだよ」
「いや、この絵……橋の方向が逆っすよ……っていうか左右真逆に書かれてるッス」
「え、すごい詳しいね……須藤君……」
康隆の知識に関心する二人。康孝はその絵をまじまじと見つめ
「ぁ、もしかして裏にも絵があったりして……」
冗談半分に康隆は額縁に手を掛け、軽く持ち上げ裏を覗く。
「ん? 先輩、なんか……壁に穴が……」
「マジか、香苗、カメラ持っててくれ」
カメラを香苗に渡し、博之と康隆は左右から絵を持ち壁から取り外した。
そこには人一人が通れるほどの四角い穴が開いている。
「なんだこりゃ」
香苗から懐中電灯を受け取り、中を覗く博之。
その奥に別の部屋が広がっているのを発見する。
「マジか、すげえ。康隆、お手柄だぞ!」
「あざーっす! アイス奢りでいいっすよ」
「何個でも買ってやるよ。よし、行くぞ」
穴に手を掛け昇り、隣りの部屋へと移動する博之。
それを見て香苗は震えが止まらなかった。もう一人の自分が脳裏で訴えている。
引き返せ、と。
「せ、先輩、帰りましょうよ……これ以上は……」
「あぁ、じゃあお前車で待ってろよ。ほい、鍵」
「い、いやですよ!」
「じゃあ行くぞ。大丈夫だって」
博之は手招きしつつ手を差し出す。香苗は渋々、博之の手を取り隣の部屋へと移る。
それに続いて康隆も。三人とも移動した部屋を観察する。
「何も……ないですね」
カメラを受け取った香苗は赤外線モードで映し出される部屋を見回した。
中には小さな机が一つ、それと壁に一枚の絵しかない。
「また絵っすか……この絵は……な、なんすか、えらく不気味な……」
ウサギのマスコットが血まみれのノコギリを持った絵が飾られていた。不気味としか言いようが無い。
「ウサギが拷問してんのか? こわっ」
「気持ち悪いですね……」
口々に感想を漏らす三人。
その時、香苗は足元に冷たい空気が流れるのを感じた。
思わず下へとカメラを向けると、床の一部に不自然な隙間がある事に気づく。
「先輩……ここ……」
「あ? おいおい、まさか……」
博之は隙間へと懐中電灯の光を差し込み、中を覗く。
階段のような物が見える。
「マジか。この床……動くのか?」
タイル状になっている床。隙間に指を入れ、その一枚を剥がす博之。
簡単に剥ぐ事が出来た。まるで最近、誰かが剥がしたかのように。
「マジかよ……」
「見つけた……? 拷問部屋……」
「え、い、行くんですか?」
当たり前だ、と香苗からカメラを奪い先頭を行く博之。
それに続く康隆の後から香苗も階段を下りた。
階段の先は異様に寒かった。
地下室だからか、別の何かが作用しているのか。
三人は生唾を飲みこみつつ、階段を降りきった先にある扉を開ける。
やはり鍵は掛かっていない。
「ははっ……すげえ……」
部屋の中を覗いた博之は引きつった顔で笑う。
中へと入る博之を追いかけるように、康隆と香苗も入る。
「うわ……ご、拷問部屋だ……」
素人でも見れば分かる。古今東西、テレビやネットで見た拷問器具が部屋に敷き詰められていた。
「わ、先輩……これ、苦痛の梨……」
「本物か? いや、っていうか香苗の前でなんちゅうもん見つけるんだよ」
「……? なんなんですか? それ……」
とても口には出来ない二人。
無言で部屋の探索を続ける。香苗は首を傾げつつも
「あの……なんか匂いません? 酸っぱいというか……焦げ臭いというか……」
「まあ、古い部屋だろうしな……空気が淀んでんだろ」
その時、探索をしていた康孝は歓喜の声をあげた。
「すげえ」と大声で喜ぶ。
「なんなんだよ、どうした」
「これ! 鉄の処女ですよ! あの動画にもあった……」
「うわ……」
喜ぶ男二人。だが香苗は吐き気がする、と口を押える。
「開けてみます?」
「ちょ、止めてよ……」
「大丈夫だって、死体なんか入ってないからさ」
康隆は隙間を見つけると、指をかけて力を入れる。
何かが引っかかっているようで中々開けられない。
「んっ……なんか……」
「ちょ、まって、凄い嫌な予感がするんだけど……」
「大丈夫大丈夫……」
言いながら両手を使い思いきり力を入れる。
「お、空きそう、カメラ回ってる?」
「いいからさっさと開けろよ」
へいへい、と返事をしつつ康隆は鉄の処女を開け放つ。
鈍い金属音と共に拓く棺桶。
その中に入っていたモノを見て、博之と香苗は絶句する。
「……? どったの、二人共」
続けて康隆も中を覗いた。
「……ぁ、ぁあぁあ!」
悲鳴を上げながら倒れる康隆。
鉄の処女
その腹の中には、一人の女性が収まっていた
全身を自らの血で赤く染め上げられた女
その体には、無残にも無数に開けられた穴が
『助けて……止めて……いやぁ! 閉めないで……閉めないでぇ!』