冬 まだまだし足りない
11月、落ち葉が地べたを埋め尽くし、雑草のみが凍てつく風に振り回されながらも、けなげに生き抜いている。やがて訪れる雪の到来を知らないのだろうか。紅葉の木には、若干の葉が、落下にはまだ早いのか、逃げ延びていた。この紅い葉も雪を背負っていくのだろう。冬の訪れは近く。どうしようもなく焦っている。
受験雑誌に俺用の特集が組まれている。『まだ間に合う! 点が取れる英語問題まとめ』早速購入した。
発音記号を主体とした記事で、この時期にこれをやっているのは余程の怠け者だと思える。いつもそうだった。最初はのんびり構えて好きなことをして過ごし、後半慌てて過去を悔み天に生まれ変わりを誓う。
同じ人生を懲りずに何度も繰り返している。4月にやる気にはなるのだが、その気分が実行には続かない。
日記を書かないから、一年の流れがわからないのだろうか。瀬戸際になって、尻に火が付きどうしようもなくなってきた。四月に目指した志望校はE判定でどうしようもなくなっている。それでもレベルを下げるのはプライドが許さなかった。
「また去年と同じ」まゆみに皮肉を言われる。反論もできない。妙子は今の状況を批判するでも慰めるでもない。二年は勉強しているのだが、実力が積み重なっている気が全くしない。今年も得意科目で点を稼ぐしかない所まで来ている。予備校で教えられたテクニックは未だに血肉にはなっていない。積み重ねても積み重ねても水に溶けるトイレットペーパーの如く知識が消えていく。深夜放送やお笑いやプロレスの無駄な知識は地層を成すように増えている。アンバランスな脳。
どうしても、古文単語や英単語が頭脳の中に入ってくれない。十五の頃の聡明さはどこに消えてしまったのだろうか。あの頃は努力なしでも、必要なことが覚えられた。教科書を一読するだけで、手に取るように記憶と理解ができた。今はもう別人の記憶媒体になってしまったかのようだ。矜持だけは昔のままなので困る。
「諦めて身の丈に合った大学を受けなよね」
「いいや、東京の大学を受ける」
「今まで二年間も何してたのさ」
「高校の同級生にみじめな姿をさらせと言うのか」
「それを招いたのはあなたよ」
この時期になると、まゆみと会っても口論しかしなくなった。
ベッドに不貞寝する。しばらくすると、まゆみと妙子が出てきた。
妙子は黒いシャツの上に薄手のグレーのカーディガンを羽織っている。割とシックないでたちだ。まゆみは肩口が紫色、それ以外は白のジャージを着ていた。
「ねえ、どうなると思う」
「あなたの予想通りになると思う」
「よくて地元の三流以下の私大か」
「東京は無理ね」
「ねえあたしたちって何だったの。ただ彼を甘やかすために出てきたの」
「やる気のない人に、いくらせっついても仕方ないじゃない」
「あたしが彼を監視してもダメだった。お願い、何がまずかったの? 」
「ごめん。私も甘すぎた」
「だよね。でも、あたしも彼に何でも許し過ぎた」
そうだった。受験生がプロレスや深夜のお笑ラジオにうつつを抜かしてはいけなかった。土日のお笑い番組を食い入るように見てはまずかったのだ。今から必死にやろうと思った。もう残された時間は少ないのだ。
それでもプロレス番組だけは見ていた。つくづく俺は欲望に弱い。