リリーシアの兄弟
シャンデラにあるジェストール国の王城レッド・タワー敷地内の庭に、
レイファスはやって来た。
今、兄は休憩中らしく、その時はよくそこにいるからだった。
そして予想どおり、彼はいた。
一面の芝生の中に立つ大きな樹の下で、
十人ほどの子供たちに囲まれて座っている。
柔らかな日差しに満ちた庭の木陰で少年少女と語らう英雄の姿は、
画家や記者といった人種にとっては垂涎の的になりそうなほどに
絵になっていた。
兄は昔から子供好きで、また好かれた。
よく遊びに来ているのだろう。
かなり距離はあったが庭に足を踏み入れてすぐに
兄は気づいたらしく、こちらに向かって手を振った。
テレビで顔が売れたレイファスは襟巻きを
鼻元近くまで覆うほどに深くしていたが、
右手の人差し指で少し下げて小さく一礼した。
兄は、笑顔である。
かわいがっている弟が来たのだから、当然の反応だろう。
レイファスはその顔を見る度に自らの中に生じる
敬愛の念とそれとは異なる想いに苛まれてきたが、
今は惑わない。
彼は、それを己の成長と盲信した。
足を止めた場所で立っていると、
兄は子供たちに二言三言告げて立ち上がりこちらへ歩いて来た。
「よお、レイ!
何だ、帰っていたならすぐに言えよ!」
「いや、着いてすぐに来ました。
それで、兄上…」
「そうか!
よし、小遣いをやろう」
「いや、そういう歳ではありませんので。
それで、兄上…」
「そうか!
そういやクッキーをもらったんだった。
お前も好きだっただろ、
ほら、あそこのだよ。
マリエン&シャナンズのさ。
ココアでも飲みながら食おう!」
溌剌としていかにも活力みなぎる、
赤い鎧を身にまとった甘党の若者。
それが、ジェストール王国軍の頂点に立ち、
精鋭のみが選ばれる『赤の騎士団』の団長を務める
『赤騎士』エデン・リリーシアである。
裏表のない人柄と人なつこい笑顔で誰にも分け隔てなく気さくに接し、
悪事を見逃さず困っている者には迷わず手を差しのべる熱血漢。
あらゆる人に好かれる人物など存在しないであろうが、
いるとすれば兄であろうとレイファスは思う。
身長は弟より低いが均整の取れた身体つきで、
気品漂う貴公子という風貌のレイファスに対し
エデンはやや童顔で愛嬌があり、
腕白坊主がそのまま大人になったような雰囲気があった。
その彼が腰に帯びた焔剣エンドリオンは、
火竜の王の牙から作られたという伝説のある
世界屈指の大業物である。
それがエデンの元にあることも、
大陸で最も強い人物に彼を推す人々の言を補強することになっただろう。
幼い頃のレイファスにとっては、強いとか偉いとかは関係なく、
ただただ良い兄だった。
その兄はずっとそのままで、レイファスの方が変わった。
これから、兄弟はどのようになっていくのだろう。
己の変化とともに変わってゆくのか、そうだとすればどんな風に?
レイファスは、変化を望んでいる。
そして、片隅で恐れている。
だが、エデンと自分が兄弟であることは変わらないし変えられない。
赤騎士の弟という唯一の存在として生きてきたが、
己に、世間の目に負けぬよう戦うのだ。
そのために鍛え、変わったのだ。
望む答えにたどり着くまで、止まることなく邁進してみせる。




