まぶしい人
平時、荘厳な空気の流れるエウリス最高神殿。
その入口に、いつもとは違うざわめきがあった。
開かれた大きな門をくぐってすぐの所にある広場の中央に、
両手を腰に当てて立ち、
正面にそびえる豪壮な建造物を見上げる少女の姿。
彼女はひと目で人を魅了する容姿であったばかりか、
そこに小さな太陽が生まれたかの如く
光り輝いているような華々しさがあり、
周囲の人々が思わず目を向けてしまっていたのである。
しかし、そこは多くの信徒や観光客が往来する、
神殿へと続く道のド真ん中。
そんな所で仁王立ちされ続けても困るので、
近くにいた女性神官が声をかけた。
「もしもし、
…当神殿に何か御用ですか?」
「どうも、こんにちは。
う~ん、立派な建物だね~
わたしはちょっと崩れかけてる方が好きなんだけど」
さらりと不穏当な発言をした少女は、
挨拶こそしたものの神殿に目を向けたままだし
話の内容はまるで噛み合っていない。
仕方なく、女性神官はまだ神殿の方を眺めている少女に
もう一度用件を尋ねた。
すると、彼女はようやくその類稀なる美貌をこちらへ向けた。
「ムトー君、いますか?」
ムトーへの来客があったとのことなので、
彼の補助役を務めるリリィは用件を聞くために
地下から地上へと上がって来た。
その人物は、待っているように伝えたものの
大聖堂の見物に行ってしまったらしく、
内部をうろうろしているそうだが
赤みがかったブロンドという珍しい髪の色で、
紫色の瞳の美しい少女だからすぐにわかると言われた。
巨大なエウリスのシンボルが掲げられた広大な空間には
多くの人々がいる。
目当ての人物をきょろきょろと探しながら、
リリィは胸中にざらつくような感覚があることに気づいていた。
エウリスの教えには全く関係ないが
一生不犯を貫きそうなムトーを女性が訪ねて来たことに、
動揺しているのかもしれない。
そういえば彼には旅の仲間がいるとは聞いていたものの、
どういった顔触れなのかまではまだ話していなかった。
もしかすると、その中の一人なのか。
そんなことを考えつつ歩いていると、
件の来客とおぼしき人物が周りからの注目を
集めているところを発見した。
「すみません、ムトー様のお知り合いの方ですか」
声をかけると、彼女は振り向いて明るく笑った。
「そうで~す、こんにちは。
もしかして、知らない間にムトー君は
ずいぶん出世したのかな?
なかなかお出ましいただけませんねえ、
ムトー様なんて呼ばれちゃってるし」
その少女の姿に、リリィは驚いた。
これほど美しい娘だったとは。
どうにも対抗しようがないというのが率直な感想であった。
そんな失意にも似た感情はおくびにも出さず、
リリィは一礼した。
「私はムトー様の補助役を務めております
リリィ・ノーディンと申します。
失礼ですが…」
「わたし、フィラミラ・ローラ。
ムトー君のお友達です」
ムトー君という呼び方が気になる。
彼女は十代半ばだろうから、同級生ということはあるまい。
もう少し、探ってみることにする。
「ひょっとして、旅のお仲間…」
「ああ、そうそう」
「…差し出がましいこととは思いますが、
ずいぶんとお若く見えますがムトー君という風に…?」
そうきくと、フィラミラはなぜか拍手をしながら笑い始めた。
「あっはっは、わたし誰でもそう呼んじゃうクセがあるんですよ。
前に先生に怒られたなぁ~、
学校で職員室の場所をきいてきたおじさんと立ち話してて、
君付けで呼んでたらね、先生が慌てちゃって。
誰だったと思う?
そのおじさんね、わたしは知らなかったんだけど。
学校を視察に来てた大臣さんだったんだって。
でも本人は気にしてませんでしたよ~なんて言ったら、
目上の人、年上の人を君付けで呼んではいけませんって。
その時はそりゃそうかって思ったんだけど、
いつの間にかまたやっちゃってたなあ。
それでさ…」
「い、いえ、あの…」
「ああ、ムトー君ね。
そうそう、年上だしお父さんみたいな感じだから
確かにまずいかなあ、あはははは」
「お父さん?」
「お兄ちゃんって感じじゃないでしょー…
あれ?ムトー君っていくつだっけ?」
「…二十七歳です…」
フィラミラと名乗った少女がムトーを
全く意識していないらしいことを知り、
ほっとしながらリリィは言った。
が、
「ああ、そうだそうだ。
リリィさんはお父さんみたいな人が好きなの?」
「え!?
そ、そのようなことは…」
「そうなの?
ムトー君が好きなんだったらてっきりそうかと」
リリィは、どきりとした。
まさか出会ってものの数分で見抜かれるとは。
よほど見え見えだったのか、フィラミラが異常に鋭いのか。
おそらく、後者の方であろう。
前者だったら嫌だから、そう思っておくことにする。
「わたしからムトー君に言ってあげよっか?」
「何を!?
い、いえ、とんでもない!」
何ということを言い出すのだ。
美人なら何を言ってもいいのか。
そう思いながら慌てふためいて、
リリィは顔に蜘蛛の巣がかかってしまったように
猛烈に首を横に振った。
立ちくらみを起こしかけたが、知ったことではない。
鋭いかもしれないが、フィラミラは色恋沙汰に
一切興味のないタイプと見える。
だからといって、許されることと許されないことがある。
「ムトー様も私も、修行中の身ですから!」
「ええ~、神官さんって修行が終わらないと
そういうのダメなんだ。
大変だなあ…
ところでムトー君は?」
そうだ、それが本題だ。
余計な話をしてしまった。
彼女がムトーを君付けで呼んでいることなど
気にしなければ良かった。
その後悔と話題が変わった安堵を抱きつつ、リリィは答える。
「今は、訓練に励んでおられまして…
その間、地下から出ないことになっているのです」
「ふぅ~ん、訓練か…
でも日光は浴びた方がいいんじゃないかな!
ちょっとだけ連れてきて!」
「…フィラミラさん、絵に描いたような天真爛漫さですね…
それはできないんです、そういう決まりでして…」
「そっか、じゃあいいや」
「…(いいんだ…)」
意外とあっさり納得してくれた。
「伝言お願いします!
わたしの方はもうすぐ終わるよ、
他の二人はまだ帰って来てませんって」
「承りました」
「それじゃ、さよなら~
またね」
左手をひらひらと振り、フィラミラは身を翻して
颯爽と歩いていく。
華やかな香りがリリィの鼻孔をくすぐり、
踊るように揺れたつややかな金髪が
差し込んだ日光のようにきらきらと輝いて、
リリィのまぶたの裏に焼きついた。




