さよならフォズリル
住民たちの抜け殻だけが残されたスバール村で
ゾルカは虚ろな空気に身を包まれ、
動くことも話すこともせずただ立っているしかなかった。
どれほどの時間が経過してからなのかわからないが、
突然三人がそろってこちらを向き両親(と思われる)が頭を下げた。
「…ど…どうも…
(フォズリル以外とも普通に接している…
俺の天職は、もしかして勇者じゃなくて
霊媒師とかなんだろうか…)」
戸惑いつつも軽く会釈をしながら、ゾルカはそんな想いにかられていた。
しかし、彼は知らなかったがここには多くのスバール村の住人が
未ださまよっていた。
ゾルカに見えていたのは彼に自ら接しようとしているフォズリル一家だけで、
他は一切見えないどころか気配を感じ取ることすらできていなかったので、
そのことからするとゾルカは霊能力者の素質などは
毛の先ほども持っておらず、天職でも何でもなかったのである。
「…それにしても、これは一体どういうことなんだろうか…
この村に何が起こったの」
答えを期待することなく改めて村の中を見回しながらつぶやくと、
フォズリルの父が急に動きを見せた。
どこかを指差している。
「え?あっち?
あっちに何があるんですか?
東の空?」
指を差すだけでは伝わらないと思ってか、
指先が流れるような動きが加わった。
「…ええ…?
…ああ、わかった!
川ね、オルタ川!」
合点がいったとばかりに答えると、
フォズリルの父はそうだ、とでも言いたげにゾルカを指差した。
そして続けて両手の甲をゾルカに向け、
自分の方へ何度か引き寄せるような仕草をした。
「…んん…?
こっち来いよ?」
これは違ったらしく、同じ動きを続けている。
ゾルカは、考えた。
川。
何かが来る…?
何かが来たのか?
そして、はっ、となった。
「…洪水…?
オルタ川からの洪水でこの村は壊滅したのか!?」
そう言うと、今度はフォズリルの父だけでなく母も
そうだ、というようにゾルカに指を向けた。
彼はロト・ロウの所にいたので知る由もないが、
大雨か何かでオルタ川が氾濫して洪水が発生し、
スバール村はこの被害に遭ったのだろう。
もしかすると、フォズリルが命を落とした時にはすでに
オルタ川は増水していて、
マジックテレビ社が取材に来た後にもさらに悪天候が続き、
ついにはスバール村が壊滅状態に陥るほどの洪水が
引き起こされたのかもしれない。
もともと訪れる人も少ない小さな村だから、
これまでこの状況を誰も知ることがなかったのだろうか。
スバールの惨状はゾルカが伝えるとして、
本来ならば両親と娘の再会を見届けめでたしめでたし…と
立ち去るところであるが。
「…ええと…
これはどうしたらいいのかな…
俺は、このまま出発していいんだろうか…」
彼女らは、静かに眠りについてくれるのか。
ゾルカには、霊を鎮めるような力などない。
不幸にして落命したフォズリルたちが
さまよい続けるようになっては忍びないし、
このまま立ち去ってもいいものか…
悩むゾルカのそばに、フォズリルがやって来た。
彼女を見下ろすと、髪で顔が隠れたままの彼女は
こくりとうなずいた。
「…行っていいよって、言ってくれてるのか?」
尋ねると、フォズリルは再度うなずいた。
それでも、ゾルカは踏み切れない。
「…でも…こんな状態の場所に置いていくなんて…」
消え入るような声で言う彼に、フォズリルは
さらにもう一度うなずく。
声は聞こえないし表情も見えないが、
彼女が感謝してくれているのが伝わってきた。
ゾルカはようやくフォズリルを故郷へと
連れて来ることができたが、村は滅び
両親も命を落としていた。
彼女は、安らかに眠ることができるのか。
もっと、してやれることはないのだろうか。
「…俺は、君に力をもらったり助けられたりしたし…
いつも一緒にいて、旅の間、俺は一人じゃないんだなって
思えたし…」
そう言って、ゾルカはじっと立っているフォズリルを見ながら、
気づいた。
一人ではなかった。
ゾルカも。
そして、フォズリルも。
「…それで、良かったのかい?
家族からも村からも離れてしまった君と、
一緒に旅をして…
だから、一人じゃなかった。
二人で、ここへ帰って来た…
それで良かったのかな。
それだけで…」
少女の幽霊は、ゆっくりと二度、うなずいた。
ゾルカの瞳に、涙があふれた。
何の涙だっただろうか。
自分でも、確かなことはわからない。
およそ三ヶ月、振り返るといつも彼女がいた。
最初は、怖かった。
会話すら出来ない、理解することも難しい霊という存在。
今は、言葉で話す必要のない、友と言える存在。
「…じゃあ、俺…
…行くよ」
拳で両目をぬぐって、ゾルカは笑顔で言った。
フォズリルと両親は、そろってうなずいて答えた。
不運はあった。
だが、三人一緒にいられる今は、
きっと不幸ではないのだろう。
ヴィルレーに戻って報告すれば、
瓦礫も泥も片付けられ
死者に祈りが捧げられるに違いない。
ゾルカ自身も、目的を果たしまた訪れれば良いのだ。
「また会おうな、フォズリル。
その時には、俺は勇者様だからな!」
寂しさをそこに置いて来るように、背を向けた。
歩き出し、村を出る。
もう、フォズリルはついて来ない。
ヴィルレーまでの旅の途中、後ろを見ても彼女の姿はないのだ。
きっと、何度も思い出す。
その度に、思うことにしよう。
フォズリルは両親の元へと帰れたのだから、
寂しく感じることなんてない。
生きていればまた会えると何度か口にしたが、
自分には幽霊の友もいる。
だから、『この世だろうがあの世だろうがまた会える』。
これからは、そう信じていこう。




