三つの石
身を隠しながら進むゾルカは、魔物と対することなく
アルトリアの街付近まで来ることができた。
アスティア領に入ったからといって
途端に魔物が満ちあふれているというわけではないようだが、
さすがに六年前の事件の現場となったアルトリアに
足を踏み入れてしまえばそうはいくまい。
だから街の北を目指し、『基地』のある林だけ通るようにする。
状況はまるで変わってしまったが、久しぶりに訪れた故郷。
空気や匂いも、違うものになっている気がする。
そのことが、ゾルカの胸を締めつけた。
乾いて傷痕になっていた故郷を失われたという想いが、
再び口を開いてよみがえったように感じた。
魔王を倒せば、いつか元に戻すことができるのだろうか。
「着いた…!」
妖気に似たものが漂っているように思える林を進み、
ゾルカはいくつもの感情を吐き出すようにつぶやいた。
『秘密基地』の入口が見えたのだ。
その前まで来ると、周囲を見回してから中へと入って行った。
驚いたことに、内部は林と異なり以前のままに保たれていると感じた。
手垢がついていないページがないというほど回し読みした漫画も、
学校や林で手に入れた『宝物』が並べられた手作りのいびつな木の棚も、
壁に刻まれたいくつもの落書きも。
なつかしい、三人で集まっていた頃のままだ。
ゾルカは感慨深げにきょろきょろと至る所に目を向けながら、
『基地』の内部を歩き回った。
一見すると何も変わっていないように思えたが、
ある変化に気づく。
「…!」
それを知った時、彼は大きく目を開き震えるような足取りで
『基地』の中央に置かれた小さなテーブルの前に片膝をついた。
あの時―――――
一人でここへ来た時、外に出る前にゾルカはテーブルの上に
三つの丸い石を置いた。
また三人でここに来られるようにと願いを込めて。
その石が、今は二つしかない。
一つ、なくなっていたのである。
一瞬、頭の中が真っ白になるようだった。
その一瞬で、様々な可能性を考えた。
そして、最も考えられる出来事に行き着いた。
「…来たんだ…ここに。
来たんだ!」
この『基地』に何者かが入ったとして、
三つ並べられた石の意味などわからないであろうし
一つだけ持ち去る理由もない。
だが、あえてそうした者がいたとすれば。
三つの石の意味を察して。
それは、彼らしかいない。
あの事件を生き残り、これまでの六年の間にここに来て、
そのことを示すためにそうしたに違いない。
しかし、なくなっているのはひとつだけ。
手紙でも残しておけばいいものを、それもしていない。
「…多分、来たのは一人だよな…
どっちが来たんだろう?
キリクか?
ラァズか?」
他にも形跡がないかと探したが、何も見つからなかった。
が、来た甲斐はあった。
少なくともどちらかは生きている。
そう考えていいだろう。
ゾルカの心は、弾んでいた。
早く、仲間の所へ帰ろう。
ゾルカは、また誰かがここを訪れた時のために
簡単な手紙を残して『秘密基地』を後にした。
一度も戦闘を行うことなくアスティアを出ることができたのも、
ロト・ロウの元での訓練で隠れ方や身のこなしが向上していたからだろう。
改めて己の成長を実感しながら再びオルタ川を越え、
ゾルカは川沿いに歩き始めた。
「ヴィルレーに戻る前に…
フォズリルを送り届けなきゃな」
落命したばかりか家族からも遠く引き離れてしまった少女。
ゾルカを頼り、また新たな力を与えてくれた彼女を、
必ず故郷へと送り届けなければならない。




