降ろした男
白き都の空に鉛のような灰色の雲が垂れ込める午後。
その雲を貫き、一条の光がエウリス神殿に
突き刺さるように落ちた。
それは多くの人々に目撃され、
特に神殿を訪れていた信仰心の厚い者たちは
エウリス神の何らかの啓示ではないかと、
膝をつき祈ったという。
実に、神秘的な光景であった。
信者でなくとも、彼らがそうしたくなる気持ちが理解できた。
いつ自分たちの安全と日常が脅かされるかわからないこの時代、
神々しい光に希望を見出したくなるのは誰も同じであったのだ。
が、あの光は、そんな人々が考えているものとはやや違う。
最高司祭メアローゼには、わかっていた。
その現象が、起こった理由を。
「早かったですね…とても」
エプロン姿で困窮者に提供するための料理を作っていた
メアローゼは、神の気配を感じたことで理解した。
今はもう発光の収まった厨房の窓の外を瞳を細めて眺め、微笑する。
自分の判断が誤りでなかったことを実感して。
「でも、まだまだこれから…その秘技は、
使えるようになることと使いこなせるようになることの間に
天を衝く壁、底見えぬ溝があるのですから」
同じ頃、地下深くの至聖所ではムトーが床に倒れていた。
「ムトー様!
大丈夫ですか、ムトー様!」
異変を察知し、リリィが扉を開け彼に駆け寄った。
ほどなくムトーは起き上がったが目は閉じられたままで、
大きく息を乱している。
とんでもなく強健な彼がこれほど憔悴した姿を、リリィは初めて目にする。
「ムトー様!」
「…大丈夫です…」
左手を彼女に向け答え、ムトーは瞳を開いた。
先程の異変と彼の様子から、リリィはある結論に至った。
「…ムトー様、もしや…
成功したのですか!?
神を降ろすことに!」
途方もなく過酷な鍛錬を顔色ひとつ変えずこなしていたムトーが
急激にここまで疲弊してしまうなど、
そういった尋常ならざる原因でもなければ考えられない。
果たして、ムトーは深々とうなずいた。
「…ええ…降臨されました…戦神サラヴァス様が…!」
「サラヴァス様?」
思わず、リリィは鸚鵡返しに尋ねる。
自分たちはエウリスの神官であり、ここはエウリスの神殿である。
サラヴァスという神の名は知っているが、この際関係ないはずだ。
「…あの、ムトー様…成功したというのは、
サラヴァス神を降ろすこと…ですか?」
「…そうです…!」
ひとつのことを成し遂げた、清々しい笑顔を浮かべるムトー。
いくつか問いたいことはあるが、リリィはムトーが満足しているのならと
あえてききはしなかった。
予定していた神とは違うものの、
とにかく神降ろしには成功したようだ。
だがしかし、前途はまだまだ遠そうではある。




