ロトとレイファス
というのも、このところ彼が陰のある表情を見せることが
増えているからだった。
かすかな陰である。
ゾルカは、気づいていまい。
獣の原から戻って来た直後は二人の仲に
変化が見られたように思えたが、
今はまた元に戻りつつあると感じる。
ゾルカはともかく、レイファスの方が
距離を取ろうとしているように思えるのだ。
「お前、何を考えながら己を鍛えておる」
「…」
ロトが尋ねると、レイファスはじっ、と目を見た。
仮面のように、表情はない。
「どういう意味でしょうか」
「そのままの意味じゃ。
最初にここへ来た時の言葉とは、少々違う気がしてな」
「違いません。
ひたすらに己を高めたい一心で、日々過ごしています」
「ならばよい。
ここからはわしの独り言と思え。
わしが思うに、お前が見ているもの、
鍛錬する目的は魔王ではない。
ともに精進するゾルカでもない。
エデンじゃな」
「…」
ぴくりと、レイファスの眉が動いた。
ロトは、彼から視線を外し横を向く。
「優れた父や兄に影響を受けるのは自然なこと。
しかし、お前の兄は優れすぎていた。
わしは以前エデンに会ったことがあるが、
本人にその気があれば彼が正規勇者になっていた
可能性もあるとさえ思った。
それほどの者が最も身近な存在ならば、
比例して影響も大きくなろう。
それが常に人生にあれば、時として重荷にもなろう。
お前は兄を尊敬すると同時に
負の感情も抱いておる、ようにわしには見える。
影を抱えたまま、ここにおるのではないかと」
否定も肯定もしない。
しかし、レイファスは鋭い眼差しを向けていた。
「もしそうなら、それは足枷になる。
遠からず、ゾルカに追いつかれるぞ」
ロトは、ゾルカにかけた言葉とは違うことを言った。
どちらかと言えばこちらが本心だ。
ゾルカが調子に乗りやすいということもあって、
そうなった。
「ヤツは良くも悪くも単純だ。
その分、鍛錬のことしか考えておらん。
そして、生まれて初めて剣を教わり、
実力が備わっていくことを楽しみ、喜びを感じておる。
お前は才においてゾルカより優れておるかもしれんし
努力も怠らぬが、恐れるべきはああいう者じゃ。
努力を努力とも思わず、精進することを楽しんでしまう者」
そうだろうか。そうかもしれない。
それが原因かもしれなかった。
日がたつごとに、獣の原に行く前の時のように、
ゾルカが疎ましく思えてきたのは。
レイファスは、死に物狂いで修行に打ち込んでいる。
それに引き換え、ゾルカは子供がスポーツでも教わっているかのようだ。
だというのに、彼の成長は確かに早い。
自分も伸びているが、差は当初より縮まったかもしれないと、
レイファスは思う。
だがそれは、ゾルカが素人だった分
伸び幅が大きかっただけではないのか。
楽しもうが何だろうが、努力は努力。
そこに、優劣などあるのか。
「確かに、エデンは偉大じゃ。
しかし、それにとらわれることはない。
お前はお前の道をゆけばよい、
兄にない何かをお前は持っているはずだ。
地位や名誉で上回る必要などない」
「…ありがとうございます」
ロトが案じてくれているのはわかる。
だから、レイファスは頭を下げた。
が、心の中はどうであろうか。
そのとおりだと、思うところがないわけではない。
本当は、自分は兄に対してどのような感情があるのか。
何が一番正直なものなのか。
己の胸の内のことなのに、なぜはっきりとした答えが
出せないのだろう。
それが、腹立たしくもある。
ただ、変化があるとすれば。
兄の前に、明らかにしておきたい相手が、今はいる。
鍛錬を重ねる日々の中、考えるようになっていった。
笑顔を見せながら己を鍛えるような者などは、
命を削る想いで砥礪切磋する者には及ばないということを
示さなければならない。
ロトはそれを察したからこそ、あんな話をしたのだろう。
学ぶ者同士で、不測の事態が起こらぬように。
自分が目標に、目的に据えるのは赤騎士であり、魔王である。
ゾルカなどにかまけている暇はない。
できることなら早々に、けりをつけたいのだ。
一時、己の心に火をつけるかもしれないと
感じた瞬間があった存在だとしても。




