荒野の二人
寝食の場所に定めたのは、人一人が何とか通れる隙間の奥に
男二人が休めるだけのスペースがある大岩の間。
奥行きがあってちょっとした洞窟のようになっており、
雨露をしのぐこともできる。
「ここの利点はそれだけではない。
私は防衛魔法はさほど得意ではないが、
この隙間ならば十分に埋められる」
「え?お前魔法なんて使えるの?」
「勇者を志す者として当然だろう。
絶対条件とまでは言わないが、少なくとも歴代の正規勇者は
皆習得しているし世間の人々もそう思っているはずだ」
「…」
優れた剣技の上に魔法も使いこなす。
確かにゾルカが持つ勇者のイメージにもある。
レイファスは、やや鋭く顔を彼に向けた。
やけに険しい表情だったので、何だか叱責されているような気になった。
気になっただけだがとにかく、別に怒られる筋合いはない。
ゾルカはそう思ったが、レイファスとしては勇者を志す者が、
ましてや名ばかりとはいえ一応国王から称号を与えられた者が
魔法のひとつも修得していないとでもいうのかと、
信じがたい心境になったのである。
「…お前、まさか…全く使えないのか?」
「い、いや…全くということは…あるかな…」
顔を引きつらせながら答えるゾルカ。
レイファスは何事もなかったかのように
魔法の準備に入るため横を向いた。
「そうか。
お前はこれから補欠剣士見習いと名乗れ」
「補欠の見習いって何!?
お前が俺に魔法を教えろ!」
「教わる者の態度ではないな、断る」
きっぱりと拒否すると、レイファスは詠唱を始めた。
完成させようとしているのは防衛魔法の一種で、
自分たちのいる場所が見つからないようにするものだ。
岩と岩の隙間がないように見せ魔物の進入を防ぐのである。
ゾルカも旅の間に、野宿をする場所に
フィラミラが施しているのを見たことがある。
同じ魔法でも専門家である彼女のものは遥かに高等で、
レイファスが使える程度のものだと狭い範囲にしか効果がなく
並の魔導士にも看破される恐れがあるが、この隙間、
この獣の原に棲む魔物に対してならば事足りるだろう。
ここを拠点に決めた理由のひとつに、
そう遠くない所に水場を確認したことがある。
要件は満たした場所と言えた。
とりあえず腰を落ち着けたゾルカとレイファスは、
荷物を解いたり寝床を整えたりで一時間ほど費やし、
その後は座ったまま動かなかった。
「なあ」
しばらく沈黙が続いたのち、ゾルカが声をかける。
「このままじっとしていていいのか?」
「いいだろう」
目を閉じたまま、レイファスは答えた。
「ロト殿の言葉を思い出せ。
魔物どもを倒して来いとおっしゃったのではない。
ここで一週間生き抜いて来いとおっしゃったのだ。
無闇に狩りをしても消耗するだけだ」
「まあ、そうだけどさあ…」
「手持ちの水と食糧は普通に使えば二日分あるかないか。
使いきってから行動するのではなく、なるべく温存して
外に確保しに行く必要がある。
今日は身体を休め、明日から始める。
その時に、嫌でも魔物と戦うことになるだろう。
今の私たちは獣の原の一部…
生存競争に身を置いている以上奴らと競い、
日々の糧を勝ち取らなければならない」
「…フォズリル、あいつ回りくどいよね」
「…」
ゾルカはフォズリルに話しかけているのだが、
レイファスからすればあらぬ方向に向かって
独り言をつぶやく男。
「…誰と話しているんだ」
「ぷっぷぷ!
お前、感じ取れないの?
仕方ないかな、こういうのってセンスの問題だから!
落ち込むなよ、お前にもいいところはあるはずだから!
よ~く探せばね!」
「…」
何を言っているのかさっぱりわからない。
もともと妙な奴だと思っていた。
だから、レイファスは気にしないことにした。
彼は相手が誰であれ、気まずい沈黙であれ
意に介さずいることができる。
しかし、一方のゾルカはそうではなかった。
レイファスのことは気にくわない相手であるが、
これからしばらくともに過ごすとなると
色々と知っておきたいと思えてきた。
「お前、仲間できた?」
「…まだだ。
自分自身があまりにも未熟だからな」
「お兄さんが大陸一かもしれないくらい強い人だろ。
何か教わったりしたの」
「…剣の手ほどき程度にはな」
『赤騎士』エデン・リリーシアに憧れる者は多い。
実力と人格を兼ね備えた英雄である。
ただし、それが兄となると憧れだけでは収まらない感情があった。
レイファス自身、まだそれに対しての答えは出せていない。
「候補勇者って皆さんからの反応はいい?
補欠勇者って無視されるか笑われるか気を遣われるかとか
なんだけど」
「…一体いくつ質問する気だ」
切れ長の瞳の端で、レイファスはゾルカを見る。
距離は約三メートル。
親しくもない、親しくなろうとも思わない相手と二人で
同じ空間で過ごすには近い。
その上これほど話しかけられるのはさすがに煩わしい。
だが、レイファスのそんな心情は伝わっていなかったようで。
「おお、悪い悪い。
俺ばっかりきいてちゃ不公平だよな、
よし来い!何でも答えてやるぞ、遠慮せず質問しろ」
「ない。以上だ」
「おおおい!あるだろプロフィールとか!
好みのタイプとか!今がチャンスだぞ!」
そのチャンスをレイファスが活かすことはなかった。
初日は最低限の食事を取り、早々に休むことにした。
冷たい空気と、聞いたこともないような何かの鳴き声の中、
ゾルカは目を覚ました。
下はごつごつとした地面である。
とても快適に寝起きできる環境ではなかったが、
周囲に魔物がうろついていることを考えれば
今いる場所以上に条件のいい所はこの獣の原にはないだろう。
「おはよう、フォズリル…」
「…昨日から言っているがフォズリルというのは誰だ。
お前の姉上か、妹君か」
脇に座っているフォズリルに挨拶をしたところ、
反対側からレイファスの冷ややかな声が飛んで来た。
すっかり見える側になったので、見えない側の頃のことを忘れて
振る舞ってしまっている。
フォズリルの存在を感じない者からすれば、不審でしかない。
気にしないようにしようとしても、
度々呼びかけたり話しかけたりされては無理な話だった。
正面から問われたので答えなければとゾルカも思ったが、
いざ答えようとするとためらいがあった。
「…あの…幽霊の女の子…」
「…」
正直に言ったが、予想どおり呆れたような顔をされた。
ムトーから幽霊を見たという話をされた時にはゾルカも
ほぼ同じ反応をしたのだが、そんなことは覚えていない。
フォズリルのためと自分の中で理由をつけて、強弁した。
「目に見えるものしか信じられないとは、気の毒だな。
いや、むしろフォズリルがかわいそうだよ!
確かにここにいるのに、見えないからって
存在すら信じてもらえないなんてさ!」
「そうだな、私が悪かった。
フォズリルとお前に同情しよう。
さっさと支度をしろ、朝食を取ったら
食糧確保に出るぞ」
「おい勝手に決めるなよ。
兄弟子を差し置いて」
「ではどうするんだ」
「…食べ物を探しに行こうか」
「さっさと支度をしろ」
そう言って身支度を始めるレイファスは、
それきりゾルカの方を見ることはなかった。




