兄弟弟子
リグルスが去り、ゾルカは父と再会できたことで
晴れやかな顔で気合を入れ直した。
「さあ、師匠!早速…」
「…父に免じて見てはやるが、待て。
今日は来客の多い日じゃ」
「へ?」
ロト・ロウの視線の先を、ゾルカも見やる。
すると、そこには静かな、しかし堂々とした歩みで
こちらへ向かって来る長身の男の姿があった。
もちろん、リグルスではない。
「…師匠のお知り合いですか?」
「遠すぎてまだよく見えんわい。
それに、わしを訪ねて来たのはリグルスの後はお前だけじゃ。
会いに来るような知り合いなんぞおらん」
「お友達が少ないんですか?」
「わしは孤高の男なんじゃ!
皆わしの居場所を知らんだけじゃ!
同窓会にも行っとらんからな」
「す、すいませんでした。
じゃあ、あれは一体…
ん?んん!?」
視力のいいゾルカは、ほどなく男の正体を把握した。
表情がみるみる不機嫌さに染まる。
「何じゃ、またお前の知り合いか」
彼の変化を受け、ロト・ロウは尋ねた。
「知り合いってほどじゃないんですが」
ゾルカは、声を低くして答える。
「あいつはとんでもない性悪でして、
師匠のことを利用しようとやって来たに違いありません!」
「…お前、知り合いというほどでもない相手に
ひどい言い方をするのう…」
「…はっ!
そうでした、つい本音が…
いや、師匠の身を案じるあまり過敏に!
あいつは勇者気取りのボンボンです」
「不正確な情報を流布するのはやめてもらおう」
二人の所まで来た男は、そう言っただけで
ゾルカには見向きもせず、ロト・ロウに一礼した。
すらりとした身体つきで、顔立ちも端整である。
「突然押しかけてしまいまして、申し訳ありません。
私はレイファス・リリーシアと申します。
エルトフィアに出現した魔王を打ち倒すべく
修行に励む身ですが、己を高めるほどに
己の未熟を思い知る日々。
つきましては、ご高名を聞き及んでおります
ロト・ロウ殿のご教授を賜りたく参上致しました次第です」
「…これはまた、先程現れた奴とは対照的に
お堅そうな若者じゃな…」
「師匠!こいつの外面に惑わされてはいけません」
先程現れた奴であるゾルカは、
一方的にライバル視する相手・レイファスに駆け寄り問う。
「おい、レイファス!
お前、師匠のことをどこで聞いた」
「…おそらくお前と同じだろう。
バーライン・ナイト殿からだ」
「あのオヤジ!
俺を見込んで俺にだけ教えてくれたんじゃなかったのか」
「…ロト・ロウ殿、お許しいただけますでしょうか」
再度レイファスが尋ねると、ロト・ロウは面倒そうに
何度かうなずいた。
厄介そうなのが続けて現れたものだというのが正直なところだった。
「わかった、わかった。
ナイトのヤツ、他にもわしの居場所を
言いふらしておるんじゃないだろうな…
とにかく、学ぶことを欲する者の願いを足蹴にはせん、
わしはもったいぶるほどの人物でもないからな。
ただし、わしは正式に弟子を取ったことは一度もない。
やり方がお前たちに適しているかもわからぬ、
上達するかは保証できん。
お前たちのことを弟子とは言わん、わしのことも師匠と呼ぶな」
「承知致しました」
「ええ~、じゃあ何て呼べば…」
頭を下げるレイファスに対し、ゾルカはぼやく。
ロト・ロウはにやりと笑って答えた。
「ロトさん、で良い。
わしらは剣術が好きで、ただそれに向き合うだけの連中。
その程度のものでよかろう」
「わっかりました、ロトさん!
三ヶ月弱で、色々教えてください」
「なぬ?
何じゃ、三ヶ月弱って。
教えを請うてきた方が期限を設けるな、バカ者」
「ご、ごもっともです。
ごもっともなんですが事情がありまして」
無礼にも程がある申し出をしたゾルカは、恐縮しつつ事情を説明する。
仲間たちのこと、そして自分の旅の目的は多く
なるべく短時間で己の剣の柱となるものを築きたいと。
一見ふざけた男だがその話をしている顔つきは思いのほか真剣で、
師弟にこだわりのないロト・ロウは深くうなずいた。
「…話はわかった。
先程言ったとおりわしらは師弟ではない、
いつここを離れるも自由。
わしもお前も、その時間の中でできる限りのことをしよう」
「はい!ありがとうございます」
「レイファスよ、お前もそれほど時間はなかろう。
競う相手がいるのは悪くない、
デスゾルカとともに互いに高めあうのだ」
「…はい」
瞳を閉じ、うなずくレイファス。
表向きの印象は、礼節をわきまえた若者だ。
だが、それだけではない彼の影を、ロト・ロウは
すでに感じ取っていたのだった。
「あのう、ロトさん。
俺のことはゾルカって呼んでもらってもいいですか?
レイファス君もね!頼むね」
三人は、しばらくともに暮らすことになる小屋の前にやって来た。
フォズリルもいるが。
並んで立つように言われた二人はそれに従い、
ゾルカは横に立っているレイファスに顔だけを向けた。
「いいか、レイファス。
ここへは俺が先に来たんだ。
だから俺が兄弟子、お前が弟弟子だからな」
「…私たちは師弟ではないと、ロト殿がおっしゃっただろう」
「そっ、そうだけど!
俺が兄、お前が弟!」
「…」
「静かにせんかい」
ロトが声を発すると、ゾルカは直立不動になった。
人里離れた断崖の上にたった三人。
これから、修行の日々が始まる。
「悠長にやっとる暇はないという話だ、
手っ取り早い方法でやるとしよう。
ちょっと待っとれ」
そう言って、ロトは裏手にある物置に消えた。
そして再び現れると、その両手にいくつかの武器が抱えられていた。
相当の重量がありそうだが、軽々と運び無造作に地面に置いた。
剣、槍、斧、棒術用の棒、鎌、ハンマーの六種類がある。
「この中から最も使いたくない物をそれぞれに選べ」
「使いたい物じゃなくて?」
「使いたくない物じゃ」
「よーし、兄である俺から選ぼう!
弟は後だ、おとなしく待っていろ!
ウワハハハハ」
「…」
およそ兄らしくない態度で言い放つと、
ゾルカは足元に転がる六つの武器を見渡した。
使いたくない物と言われれば、剣しか扱ったことがないのだから
正直、剣以外はひとつも使いたくない。
それでも、あえて選ぶとすれば。
「まあ、槍とか斧は何となく使い方がわかるよな…
この長い棒は槍と似たようなもんだし…
鎌は使いにくそうだけどやってみたら意外と強そうだな。
やっぱりハンマーだろう!
一番勇者っぽくない!
一番戦いにくそう!
こういうのは力任せの戦士とかが使うもんだからな。
ロトさん!
俺ハンマーが一番イヤ!」
自分の仲間にハンマーを使う者がいることをすっかり忘れ、
ゾルカは宣言した。
ただ、その人物もハンマーより拳で戦うことが多い感があるので
ゾルカだけを責めることはできない。
続いて、レイファスが選ぶ番になった。
彼は、すでに決めていたようである。
「私は、棒です」
「そうか、わかった」
二人の答えを聞いて、ロトは深くうなずいた。
そして、ハンマーと棒以外の武器を拾い上げる。
「では、選んだ物を持て。
自分の剣は他の荷とともに小屋の中に置いて来い」
「え?
ちょっと待ってロトさん、
それ一番使いたくないヤツ…」
「そうじゃ。
当分それを使え」
「えええええ!?」
驚くゾルカを尻目に、ロトは選ばれなかった武器を片付けに行った。
レイファスはさっさと棒を拾い、小屋の入口へと向かい始める。
「おいレイファス!
それとこれ交換しようぜ」
「断る」
「何でだよ!
俺はハンマーだけど、
お前は棒が一番イヤだったんだろ。
それが二人とも一番イヤなヤツではなくなるんだぞ!
お互いにとっていい話だろ!」
「私もハンマーが一番嫌だった。
だがその選択肢をお前が消してくれた。
さすがは兄上だな」
「ぬぬっ…!」
「それでは、お先に失礼」
拳を握りしめるゾルカに口の端を上げるようにして笑い、
レイファスは小屋の中へと入って行った。
残されたのはゾルカとフォズリル、そして足元に転がるハンマーのみ。
「相変わらずイヤミな野郎だ!
フォズリルもそう思うよな!」
振り返って問いかけてみたが、先程とは異なり
幽霊の少女は全くもって応えてくれはしなかった。




