父と子
ゾルカの方からも駆け寄りはっきりした。
男性はゾルカの父、リグルス・ド・レビであった。
アルトリア事変が起こる数日前に旅立ったので、
六年ぶりの再会となる。
たまたま訪れたこんな大陸の果てで
その時が来ようとは。
「大きくなったなあ!」
「何をのんきなこと言ってんだ!
俺たちがミルフェ村に行くことはわかってただろ、
母さんの故郷なんだから!
何で来なかったんだ!」
「い、いや、行きたかったのはやまやまなんだが…」
最後に見た姿からは大きく成長した息子を
感慨深げに見ていたリグルスであったが、
詰問され申し訳なさそうな顔をした。
ゾルカの記憶の父と比べると、若干やつれたように見える。
この六年、一体何をしていたのか。
「あの事件が起こったことを知って、
俺はアルトリアに行ったんだ。
しかしもう廃墟のようになっていたし、
魔物がうろついていたし…
金も尽きて、ミルフェに向かおうにも
どこも魔物の数が増えて移動もままならなかった。
それでも何とか生き延びてロト先生に出会い、
俺は立派な剣士になって魔物を蹴散らし
ミルフェにたどり着こうと決めたのだ!」
「…どれだけ遠回りするつもりだったんだよ、父さん…」
何年がかりで達成するつもりだったのだろう。
本気で父がそれを成し遂げてから家族の元へ
向かおうとしていたのなら、
ゾルカがここへ来なければもしかすると
未来永劫再会は叶わなかったかもしれない。
ゾルカが呆れていると、後ろからロト・ロウがやって来た。
「同じ名字だと思ったが、やはり親子だったか。
そっくりじゃなお前たち」
「似てませんよ!どこが似てるんですか」
「…誰に聞いても似ていると言うと思うが…
特に若造、お前の強引さは父譲りじゃな。
弟子入りなど認めていないのに、
このリグルスという男はここに居座っておる…
その上、剣才は全くない」
「先生!?」
「今さら驚くな。
これまでに百回は言ったぞ」
「…母さんとエリエルは元気か、ゾルカ」
「元気だけど、現実逃避するなよ…
いいか、父さん!
ロト・ロウ先生…いや、ロト・ロウ師匠には俺が弟子入りするんだ!」
「バカ言え、十年早い!
まずは俺を超えてからにしろ!」
「超える!?
何、どういうこと!?
今、上にいると思ってんの!?」
「ええい、やかましいわ!」
ロト・ロウに一喝され、親子は黙る。
二人を交互に見て、老人は首を振った。
それみろ、やはり似た者同士ではないか…
もはやそんなセリフを言うことすら面倒臭い。
「わしは隠居してすっかり暇になった、
頑として拒むとまで言うつもりはない。
だが、お前たちのような似た者親子がおっては騒がしくてかなわん。
父が残るか、子が残るか決めろ」
『…』
父と子は、顔を見合わせた。
久しぶりに会ったこととロト・ロウの見ている前で
話し合うということに、気恥ずかしさがあった。
そのために少しの間二人とも黙っていたが、
ゾルカが口を開く前に、リグルスはふっ、と笑った。
「そうとなったら答えは決まっているよな。
お前が残れ、ゾルカ」
「…父さん」
「俺がいない間、母さんとエリエルを守ってくれていたんだろう。
ありがとうな。
今度は、俺がその役目を果たすよ」
「…」
「お前は、動くに動けなくてここにいた俺とは違う。
自分の意志で、自分の力でここまで来たんだよな。
そうだ…お前は、とっくに俺なんか超えている」
「いや!…いや、まだだ。まだだよ」
ゾルカは、激しく首を振った。
父は、確かに実力はなかった。自分と同じである。
しかし、だからといって父が小さな男だとは思わない。
いつでも全力の姿勢を、ずっと見てきた。
息子として反抗することはあったが、
その父の口から、まだ俺を超えたなどと聞きたくはなかった。
「父さんは母さんと二人で俺とエリエルを生んで、育ててくれた。
そんなでっかいこと、俺はまだできてない。
剣の腕なんか関係ないよ。
俺は、まだ追いつけていない」
「…」
リグルスは、息子をまぶしそうに見た。
彼との再会は嬉しいが、その心根の成長は何よりも喜ばしい。
自分は、ふがいない夫、情けない父だと思っている。
それでも、息子はここまで育ってくれた。
長年、役目を果たさずにいたこの父を受け入れてくれるほどに。
おそらく、エリエルも優しい娘に育っていることだろう。
リグルスは子供たちと、妻ミムナに心から感謝した。
「…ありがとうな、ゾルカ」
もう一度、リグルスは言った。
この六年、常に家族の心配をしていたのは確かである。
離れ離れになる前、仕事として依頼をこなす一方、
英雄になるという夢を諦めきれずにいたのもまた事実。
だが、その夢はもう追わずともよいのではないか。
自分には、家族という何物にも変えがたい宝があり、
その未来という何よりも大切な夢がある。
かつての志は、すでに息子が己の意志で歩み出している。
ゾルカが母や妹を残し旅をしてきたのは、
おそらく父を探すためだけではあるまい。
ともにいるだけでは守れなくなるやもしれぬ事態が、
エルトフィアには迫っているのだ。
「先生、」
ロト・ロウに向き直り、リグルスは片膝をつく。
「お世話になりました。
先生のお眼鏡に適うかどうかはわかりませんが、
私よりは遥かにましなはずです、
…筋だけでも見てやってください。
息子を、どうぞよろしくお願いします!」
「顔を上げろ、リグルス。
賢しいヤツじゃのう」
頭を垂れるリグルスに、ロト・ロウはそっぽを向いて言った。
「子の前でひざまづく父の願いを無下にはできんわい。
そんな心優しいわしの人柄を見越した上でやっとるんだからな」
「バレていましたか。
でも、少しは胸を打ったでしょう」
笑いながら、リグルスは立ち上がる。
ロト・ロウも笑みを漏らした。
「わしも人の子、この歳になれば
親子の絆などというものにも弱くなるわい」
「お力があるだけではないからこそ、
先生は人を導くことができるお方なのですよ。
それでは、私はこれで失礼致します」
「妻子のいる村までたどり着けるのか?」
「息子がここまで来たんですから、
私も何とかしてみせますよ。
馬車を見つけて乗せてもらいます。
先生には片膝をついてお願いしましたから、
両膝をついてお願いすれば何とかなるでしょう」
「ハッハッハ、そうか。
息子は父にその決意をさせたが、
父はわしに息子を見る決意をさせた。
後生可畏、お前がここに来たことは
一人の若者の可能性を開花させるかもしれぬ、
重要な意味があったのじゃ。
息災でな」
去ろうとする父。
ゾルカは、所持金の半分を渡した。
「こ、こんなにか?」
「この前報酬をもらったんだ。
…仲間のおかげで…
それはともかく、気をつけてな、父さん。
時々手紙を送ってはいるんだけど、
母さんとエリエルによろしく」
「おう、
…みんなでお前の帰りを待っているぞ、ゾルカ!」
ゾルカは、旅の目的をひとつ果たした。
父との再会。
母と妹も、喜ぶだろう。
思わぬことであったが、これで家族の問題は
解決することができた。
生きているとは思っていたがどこかで不安を感じていた
ゾルカの心にも、ひとまずの安息がもたらされていた。




