白き都
『―――――放送後、ククカラ村に訪れる人々は急増し、
移住希望者も現れているとのことです。
これは村がいい所であることはもちろんですが、
何といってもレイファス効果!
村民の皆さんの小さな頼みごとを率先して引き受ける姿勢、
そして数に勝る魔物に立ち向かう勇気、
七匹ものゴブリンを瞬く間に撃退する剣技!
まさしく勇者です!
個人的な想いではありますが、もう候補という枕詞は
取り払ってしまっても良いのではないでしょうか?
これからもマジックテレビは、レイファス・リリーシアの活躍を
皆さんにお伝えして参ります!
以上、ノイエン・フロリアンでした』
「…何、今の?」
ホテルの一室で話し合っていたゾルカら一行。
備え付けの魔導テレビで番組をひとつ見終えたところで
不満げにゾルカは一同の顔を見回したが、皆の反応は冷たい。
面倒くさいからである。
そして、いつものことだからである。
「デス君さあ」
大人の二人が何も言わないことを受けて、
フィラミラは頬杖を突きながらいかにも億劫そうに口を開いた。
「レイファス君の話題が流れる度にいちいち文句言うのやめてよ」
頻繁というほどではないが、候補勇者は
テレビの話題にのぼることがある。
それを目にする度にゾルカは不満を漏らし、
最近では本屋に並ぶ雑誌にその関係の記事があると知っても
悪態をつくので、他の三人は辟易していたのだった。
「みんなは悔しくないのか!
あのボンボンばっかり持ち上げられて」
「いやしかし、なかなか立派な若者ではないですか」
立ち上がるゾルカをなだめるように、ムトーがやんわりと言った。
「ククカラ村の人々は本当に嬉しそうでしたよ。
些細なことでも真摯に行えば、人は感謝の念を深くするものです」
「…俺だってウィトナでは皆さんから…」
「ストーップ、そこまでにしておけ、ゾルカ」
空になったグラスに酒を注ぎながら、ジュナイルはゾルカの言葉を遮った。
「あの時オレはきいただろ、ここで活躍しても
有名にはなれないぞってな。
お前はアリヤたちを助けられればそれでいいと答えただろう。
その気持ちをもう忘れちまったのか」
「いや、…いや、忘れてない。
あの時の言葉は本気だった。
嘘じゃない」
急におとなしくなり、腰を下ろすゾルカ。
ウィトナ村でのあの夜の気持ち。
栄光よりも友を。
栄誉よりも命を。
そう思ったのは一時のものではないはずである。
それでこそ、自分は本物の勇者に一歩近づけたのだと。
「…嘘じゃないんだけど、同じいいことをしたのでも
レイファスの野郎…いやレイファス君との扱いの差が
大きすぎるんではないかという想いも…
ないわけではないかな…なんちゃって…」
「…あちらの勇者が人間的な成長をうかがわせる一方で、
こちらの勇者は一皮むけたかと思いきやまだまだだなァ」
「…まあ、人は一瞬で変わることもありますが
そう簡単に変わらないものでもあります」
「いいや!俺は生まれ変わった!
真の勇者となるべく強くなる決意をしたのだ!」
力強くムトーの言葉を打ち消すゾルカ。
そう、ウィトナでの一件を経て一応成長した彼は、
同時に己の非力を痛感し真剣に鍛錬を行いたいと考えていた。
そこで思い出したのがエルトフィア屈指の豪傑
ユグレシア・ユラウが口にしたロト・ロウの名であった。
ユラウが師事したであろう人物である。
だが、所在がわからない。
それがユラウの究極的な方向音痴によることなのか
ロト・ロウという人物の性質によることなのか不明だが、
手がかりを得るにはとりあえず大きな街に出た方が良い。
つまるところ、ウィトナに立ち寄る前の予定どおり
ファンフランの王都ヴィルレーに向かうことになり、
現在はファンフラン領に入ってすぐの町ピネイにいた。
ここから馬車なども使い、一行はヴィルレーにたどり着くことになる。
ファンフラン北西部の草原を進んでいると
忽然と姿を現す白い円形の都市、それが王都ヴィルレーである。
この国は光の神エウリスの初代最高司祭
『白の聖女』を始祖としており、
そのためエウリス神のシンボルカラーである
白を基調として王都が築かれた。
街を囲う壁や建造物、道に至るまで白で統一されており、
『白い都市』と呼ばれ大陸一、二を争う美しい街とされている。
また、この土地は太古の昔は湿地帯だった場所であり、
水路や噴水が数多くある『水の都』でもあった。
『白の聖女』は早々に国事から身を引き、
生涯独身で子がなかったために弟が後を継いで王となり、
自身はエウリス崇拝の総本山たる最高神殿を開いて
人々のために尽くした。
以来、信仰の中心となったこの地には多くの信徒が訪れる。
ゾルカは六年ほど前に来たことがあった。
流れ着いたと言う方が正しいかもしれないが、
到着してすぐに商隊にまぎれ込んで出発してしまったので
街についての記憶はほとんどない。
「旅の途中でムトーにファンフランの歴史を聞かされたから、
白にこだわりがあるのはわかるんだよ。
でも、ここまでいくとどうなのって感じだよね。
そう思わない?」
食堂で出て来た料理を前に、ゾルカは
フィラミラとムトーを交互に見て言った。
ジュナイルは情報収集のため単独行動しており、この場にはいない。
ヴィルレーに入ってすぐ彼は一行を離れ、
他三名は最初に見つけた食堂に立ち寄った。
フィラミラが空腹を訴えたためである。
そこでゾルカが注文した『白い都市名物・白い定食』は、
店ごとに内容や味付けは異なるものの
全ての品が白いというメニューだった。
「白いパンに白い米、白いスープ、白身の魚、大根、かぶ等々…
見てこれ、ソースまで白!
白いのはミルクだけでもいいんだけどなー」
「メニューにそう書いてあるのにデス君が頼んだんでしょ。
大体、白くなかったらなかったで『白くないじゃないの』って
文句言うんだから」
「…すみません…」
フィラミラの言うことはもっともだと思い、
ゾルカは謝った。
「…うん、味は良い」
「ところで、ゾルカ君」
テーブルを拭きながら、ムトーが口を開く。
ちなみに、彼の前にも白い定食があった。
「ボロミヤ殿から受け取ったあの紙は…」
ウィトナの村長ボロミヤがくれた、
刃の折れた黒い剣について記されているという紙片。
短い文が書かれていたが、直接的にありかがわかる物ではなかった。
「ああ、ちゃんとあるよ」
「くれぐれもなくさないように。
もしその剣というのがナルシルのことだとしたら、
手がかりとなる物が邪な人物の手に渡るのは
快いことではありませんからな」
「わかってますって」
「よう」
「あれ?」
振り向くと、ジュナイルが歩み寄って来るところだった。
別れてからまだ十五分とたっていないはずだ。
「よくこの店がわかったね。
合流場所しか決めてなかったのに」
「ああ、見えたんでな」
「見えた?…ああ、例の無駄な予知ね」
「後で役に立つこともあると知ったぜ。
で、なぜこんなに早く戻ったかというとだな、
強力な武器の情報があったからだ…
お、白い定食があるな、わかってるじゃねえか。
入る店ごとに違う発見と楽しみがある、
この街に来たらそいつを食わない手は…
ああ大将、オレにも白ひとつ」
店主に注文を伝えつつ、ジュナイルは席に着く。
それを待って、ムトーは声をかけた。
「ずいぶんと簡単に得られましたね」
「看板が出ていたんでな」
「看板?」―――――
―――――「おおー、すげえ!これ本当!?」
「本当だろう。
この国の騎士団の名義で出されているからな」
水路が清流のように周囲を流れる広場の中心には大きな噴水がある。
ヴィルレーにおいて屈指の名所、『水の広場』では
今も多くの人々が穏やかな憩いのひと時を過ごしていた。
そんなくつろぎの空間の一角に、ジュナイルの言う看板は掲げられていた。
確かにファンフラン国軍の精鋭が集う『白の騎士団』と記されている。
その内容は、
「我々が探し求めている物を発見した者に、聖なる武器を与える」
となっていた。
白の騎士団、ひいてはファンフラン国からの褒美ともなれば、
紛い物ということはあるまい。
ただし。
「…端の方に、応募に際しては身分の審査を行うという
注意書きがありますが…」
ムトーが皆の後ろから身を乗り出して言った。
ゾルカはきょとんとする。
「何で?」
「探し求めている物…に関係があるのかもしれませんな。
誰にでも挑戦させられることではないのではないでしょうか」
「…身分…たって」
一行が顔を見合わせた後、ゾルカは再度皆の顔を見回す。
「…補欠勇者に、売れない物書きの自称戦士、魔導士不合格者…
おおお!今気づいた!
人生の落伍者ばっかりじゃないか!
ムトー、あなただけが頼りだ!」
「おいおい、落伍者は言い過ぎだろ。
肝心なのは胸張って生きてることだ、あまり悲観的になるなよ。
人と同じ道だけが正しいわけじゃないんだぜ」
「肩書きより実力だよ実力!」
青ざめるゾルカにジュナイルとフィラミラが言うが、
慰めにはならない。
悩む少年に手を取られ、ムトーは苦笑した。
彼には、エウリス神官という公に認められた身分がある。
その肩書きは、ここヴィルレーにおいては特に心強い。
「しかしゾルカ君、補欠勇者はジェストール王から
認められた名ではあるのだし、
そう卑下する必要はないのではありませんか?」
「…はっ!
そうだった、マスコミやイヤミ野郎に馬鹿にされすぎて
ほとんど忘れかけていたけど
一応ちゃんともらった称号なんだった!」
「…実はお前が一番馬鹿にしてないか?」
補欠勇者の名の重さは、ゾルカの中でもころころと変わっている。
それは彼自身にその価値を証明するだけの確固たる
自信や裏付けが不足しているためであろう。
彼をほとんど知らぬ世間からの評価が皆無なのは当然だ。
しかし、ゾルカは自分から行動し一国の王から名を受け、
実際に旅に出て幾人かの力になった。
他人がどうあれ、本人が多少なりとも己を認めれば
その名を誇ることもできる。
そうして得た自信は必ず己の力となるはずだが、
現状そこまでには至っていなかった。
ゾルカだけが持つ名ということは、彼自身を示すもの。
自分でも評価が定まらないのは、
ゾルカ自身がぐらついていることに他ならない。
ブラムやアリヤたちのために働いたという実感。
あまりにも多い自分に不足するもの。
その狭間で、彼は荒波の中の小舟のように揺れているのだ。
「よし!安心してくれみんな!
ムトーに頼るまでもない、堂々と俺が!
補欠勇者の名で正面突破してやるぜ!」―――――
―――――「え、駄目!?何で!?」
「何でも何も、補欠勇者では…
有名無実だろう、キミ」
翌日、件の特別任務につくための審査会が
ファンフラン国軍の訓練場で行われた。
報酬が稀少な聖なる武器ということで、多くの者が集まって来ている。
一時間ほど待ってようやく順番が回って来たのだが、
不合格を言い渡されるまでには一分とかからなかった。
面接した兵士が書類に目を通すなり結論を出したからである。




