レイファス
レイファス・リリーシア、十八歳。
兄はエルトフィア全土に雷名を轟かす
『赤騎士』エデン・リリーシアである。
偉大なる兄は武勇のみならず仁徳も備え、
レイファスはずいぶんとかわいがってもらった。
だから、彼が兄に憧れを抱くのは自然なことであり、
レイファス自身も優れた若者に成長していた。
だが、どういうわけかややひねくれた性分になってもいた。
先述のとおり、エデンは弟をかわいがっている。
両親も大事に育ててきた。
学業の成績も優秀だったし、
殊更兄弟で比較されてきたわけでもない。
全てに恵まれているはずの環境にあっても、
まっすぐ育つとは限らないのが、人間というものらしい。
しかし彼は、次代の正規勇者に最も近い候補勇者。
十代の若さで選ばれたのは実力もあるが、
当然兄の名が全く作用しなかったはずはない。
それでもかまわないのだ。
自分は、兄に追いつかなければならないと思っている。
わかりやすいのが、肩書きだ。
『赤の騎士団』団長に並ぶには、
同じ四騎士に名を連ねるか、正規勇者になるしかない。
彼がひねくれているというのはそういう考え方のことではないが、
周りとの齟齬が少なくない。
そんな彼が、旅をしている。
アルトリアの魔王打倒に必要なものを得るために。
すなわち、強力な武器と仲間。
その過程で、己の力と名声も高められたらいい。
要するに色々なものを求めて、今日もレイファスは旅を続ける。
ニーベルム領を抜けジェストール国に入ったレイファスは、
王都シャンデラに向かうでもなく西部を北上していた。
大陸最大の国といっても王都から遠く離れたこの辺りでは
旅人を見ることもそうなく、彼が現在歩いている
山間部ともなると小さな村が点在しているばかりで、
探しているものの手がかりすらも到底得られそうにない。
とはいえ、そんな場所にいるのはジェストール北西部に位置する
国内第四の都市メイベルエイクへ向かうためには
海岸線を行くよりも、いくつかの山はあるが
やや内陸側を抜けた方が道程を短縮できるからという理由だ。
その途中で成果があるなどとは期待していない。
だから、日が暮れ始めた頃にたどり着いたククカラ村にも
宿泊を目的に立ち寄っただけであった。
「あんれま、いい男!ようこそククカラ村へ!」
「…ああ」
村に入るなり、中年女性が愛想良く話しかけてきた。
普通の主婦のようにも見えるが、
エプロンをつけながらも小奇麗な格好をしていて、
宿屋の女将か何かかもしれない。
「それにしてもシャレたおにいさんだねえ~、どちらから?」
「…出身はシャンデラだが…」
「あれま、王都シャンデラ!
さすが都会の若者は洗練されてるもんだわね!
おにいさん、お腹減ってないかい?
ククカラ名物のミックスにぎりはいかが?」
「…それはどういう食べ物だ」
「この村で採れた新鮮な食材を色々混ぜ合わせて握った物だよ」
「…いや、今はいい。
今夜の宿を取りたいのだが」
「でしたらアタシと旦那でやってる太陽亭で決まり!
さあさあこちらへ!
お一人様ごあんなーい!」
返事をする暇もあらばこそ、女将に腕を取られ
引きずられるようにしてレイファスは移動する。
老人たちが何組か立ち話をしている程度で、村の中は静かである。
山の中にぽつんとあるということもあってか、
思った以上に寂れているように見えた。
そして、
「…宿…?」
女将に連れられてやって来たのは、己の年齢の倍以上も
ここにあったかと思うほどくたびれた掘っ立て小屋であった。
「…これが宿か?」
「ええ、そうですよ。
ククカラ唯一の宿、太陽亭!」
「冗談はよせ。
これで金を取るつもりか」
「若いねえ、おにいさん」
レイファスの悪態もどこ吹く風、女将は両手を広げて首を振る。
これが大人の余裕というものか。
「見た目で判断しちゃいけないなあ。
ウチは何てったってサービスがいいって評判で!」
「…そうだとしても客商売である以上
最低限の外観というものが…」
「その証拠に、この村に来たら
皆さんウチに泊まってくださるんですよ!」
「…他に宿がないからでは…」
「細かいことは抜きにして、さあどうぞ中へ!」
何にしても、宿は一軒しかないというのだから他に選択肢はない。
今となっては太陽亭という名前にも腹が立ってくるが、
たった一晩の辛抱である。
屋内に入り、主人とおぼしき男性が突っ伏して寝ている
カウンターを通過して部屋へ通された。
意外なことに客室は手入れが行き届いているようで、
年季は入っているが汚れているということはなかった。
レイファスは金銭的には余裕があって、
いつも並以上の宿に泊まることにしていたから、
そういう意味での不満はあるものの
この部屋なら一泊するには十分である。
ひと安心したところで、空腹を覚えた。
「…女将、すまないが食事を頼めるだろうか」
「ハイハイ、すぐにミックスにぎりをお持ちしますね」
「…できれば違うものをお願いしたい」
「え?もちろんできますけどお時間かかっちゃいますよ」
「かまわない。私は少し外を見て回って来る」
「ハイハイ、それじゃお帰りになってからお部屋にお持ちしますね!」
「頼む」
実物を見ずに好き嫌いを決めるのも妙だが、
ミックスにぎりという物はどうも感性に合わない気がする。
とりあえず別の物にありつけそうでほっとした。
外に出てひととおり回ってみたが民家といくつかの商店、
そして魔導灯以外には何もない村である。
四方を見渡せばなだらかな山々に囲まれ、
その額縁の中の絵画のように紺碧に染まり始めた空には
無数の星の光が輝き出していた。
暮らすには不便も多いのだろうが、
人の手で失われていないものもまた多い土地である。
ただ、若者の姿は見えない。
「そこの若人よ」
「…」
声をかけてきたのは胸の辺りまで顎髭の伸びた老人。
頭髪はすでに絶滅してしまったようだが、
滝のように垂れる髭は全て真っ白で見事なものだった。
「何か?」
「いや、歓迎の意を伝えようと思うてな。
お主のような若いもんが来てくれて助かるわい、
何しろ今まで太陽亭の女将が最年少という村じゃったからな」
あの女将が最年少であることは衝撃的だが、
この老人の言うこともよくわからない。
「失礼ながら、助かるとは一体…」
「されど、いい所じゃから!
住んでみればわかるはずじゃ」
「住む!?」
予期せぬ話の飛躍にレイファスは、
この男にしては珍しく大きな声を上げた。
どこでどうそんな話になったのか、全くの謎だった。
「…ご老人、私は旅の者です。
この村に居を構えるつもりはありません」
「なぬ?そうなのか?」
心底残念そうな老人だが、事が事なので
きっちり否定しておかなければならない。
レイファスは、自分の旅の目的等を簡単に話した。
「お主のような美丈夫が定住してくれれば
ぴちぴちの乙女たちも集まりそうじゃのにのう」
「…来るなり住みつくわけがないでしょう」
「ワシはてっきり、ククカラ村民募集に応じて
来てくれたものじゃと…」
「そのようなことをしていたのですか、この村は」
「うむ、広告を貼ったり旅人に渡したりして
周知させようとはしておったのじゃが、
こんな辺鄙な土地ではなかなかままならぬ。
結局、あの女将が嫁いで来たのを最後に村民は増えておらん、
減る一方じゃ」
予想以上に深刻な話をされてしまったが、
レイファスとしてもどうにもならない。
できることといえばやはり広告を受け取って
大きな街の掲示板に貼り出してやるくらいだろうか。
「レイファスさーん!」
「…?」
静かな村に似つかわしくない騒々しい声と音に振り返ると、
女性一人と男性二人の三人組がどやどやと近づいて来る。
いずれも、大荷物であった。
彼らの姿に、見覚えがある。
記憶をたどり、レイファスは思い出した。
「…君たちは確か、魔導テレビの…」
「はい、マジックテレビ社のミレー・セインです!
こちらはアラカンとタニオ」
女性がミレー、男性がアラカンとタニオ。
魔導テレビの放送を行うマジックテレビ社のスタッフである。
レイファスは以前、その番組内で看板レポーターの
ノイエン・フロリアンからインタビューを受けたことがあり、
ミレーたちも現場に来ていた。
彼らは裏方の人間だからか、ノイエンのように
瀟洒な身なりをしていない。
おそらく荷物も放送機材であろうから、
普段仕事をしている様相そのままでここまでやって来たようだ。
「…なぜこんな所に?」
大きなバッグを地に置いて息を切らしているミレーに尋ねると、
彼女は呼吸を整えながら途切れ途切れに答えた。
「レイファスさんの情報を、たどりながら移動して来て、
ようやく追いついたんです」
「…いや、だからなぜわざわざ私の所に…」
「この前のインタビュー、予想以上の反響があったんですよ!
それで上司にぜひ追跡取材をさせてもらえと言われまして。
ノイエンさんは各地を転々としているので私たちが来ました!
密着取材、よろしくお願いします!」
「お断りする」
「ええええ!どうしてですか!?
こんな遠い所まで追いかけて来たのに!」
慌てふためく三名。血の気が引いている。
気の毒だが、それはそちらの都合である。
レイファスの旅は物見遊山ではない。
密着も取材もされては困るのだ。
それに、
「私はテレビに映るのはあまり得意ではない」
「この前はシャレオツなこと言ってたじゃないですか~、
レイファスさんは美形だし語り口も爽やかで
女性人気が高まっているんですよ~、
一週間!せめて一週間だけでも!」
「いや…」
「ほほう、これがてれびというものかの!?
今、ワシのことを大陸中の人々が見ているというのかっ!」
気がつくと、アラカンが置いた機材の前で先程の老人が
身をかがめて手を振っている。
仕方なく、アラカンは老人の両肩に手を置いた。
「おじいさん、それはテレビではなくカメラです。
今は撮影していませんからテレビにも映っていませんよ」
「何と!おい若者よ、お主取材を受けい!」
「は!?」
急に舌鋒鋭くレイファスに詰め寄る老人。
この変貌ぶりは何なのか。
「なぜご老人が私への取材について口出しを…」
「何じゃ、存外鈍いヤツじゃな!
お主がここで取材を受ければ、
大陸全土にククカラ村の名も伝わるじゃろうが!」
「…私は明日の朝にはこの村を発つのですが…」
「お主、さっき人々を救う勇者になるべく旅をしているとか
言っておったではないかっ。
ならばこの村も救ってくれい!」
「…」
両手を合わせる老人を前に、レイファスは
余計なことを言ってしまったなと後悔した。
人々を救うといっても、人口減少から村を救うというのは
どう考えても畑違いだし、取材を引き受ければ足止めもくらう。
しかし、どうにも断りづらい空気になってしまった。
「…わかりました、私もこれまでの旅で疲れもある、
三日滞在します。
ミレー殿、その中で取材を受けるがこの村の取材もしてほしい、
それが条件だ。
村の方はご老人や他の住民の方々にも話をうかがいながら進めてくれ」
「承知しました!
いや~ありがとうございます、おじいさん!
お互いにとっていい結果になりましたね!」
「この世は皆持ちつ持たれつというわけじゃな、
ぐっふっふ」
「…」
がっちり握手して笑顔を浮かべるミレーと老人を見ながら、
レイファスは彼らがグルであることを疑った。




