ウィトナ
「ゾルカにいちゃん!」
「おお、我が友アリヤ!
無事だったか」
走って来るアリヤに、ゾルカは両手を広げて答えた。
村長は、倒れた村人たちの生死を確認しているようだった。
今夜、ウィトナはその全体が凄惨な事件の現場となったのである。
そこにいることの、幼いアリヤへの影響はいかばかりであろうか。
「約束どおり、…助けに来てくれたんだね」
「おう、…もっと早く来られれば良かったんだけど」
多くの犠牲が出た。
この出来事は、なぜ起こったのだろう。
クリング・ルーも語ることはなかったため、
真相はわからないままだった。
「…俺が弱いせいで遅くなった。
そうでなければ、被害に遭う人を減らせたかもしれないのに」
「そんなことはありません」
少しうつむくゾルカに、村長が声をかけた。
「私たちは、あなた方を閉じ込めていた。
ですが、こうして村のために戦ってくださった。
…こういう言い方が適切かはわかりませんが、
犠牲者のことは残念です、しかしその何倍もの数の生存者を
あなた方は守ってくださったのです。
感謝しています」
「そうだよ!
ジュナイルにいちゃんもフィラミラねえちゃんもムトーおじさんも、
みんなかっこよかったよ。
ゾルカにいちゃんも、…さすが勇者さまだよ!」
「…!」
「…なぜ私だけおじさん…」
ジュナイルや村人の治療を行っていたムトーが
ショックを受ける横で、ゾルカはアリヤの言葉に心を震わせていた。
世間の人々は、自分のことなど知りはしない。
だがここにたった一人、己を勇者と認めてくれた人がいる。
その重さはきっと、正式に受ける勇者の誉れに劣らないものであろう。
当代きっての英雄たる正規勇者も、その称号より、栄光より、
自らに希望を託す人々の想いにこそ誇りを抱いているに違いない。
大陸中の期待と未来を背負うということは
想像を絶する重圧であり、途方もない難業である。
それがいかほどのことか、ゾルカには考えが及ばないことだった。
しかし今一人の想いを身に受け、少しだけ理解できた気がするのだ。
勇者たらんとすることの壮絶さと、
ジュネート大陸で戦う英雄の背中までの遥かなる距離とを。
捕縛されたクリング・ルーの部下たちは、
いずれも舌を噛み切り自決していた。
正体の手がかりになりそうな物も見つからず、
短刀と毛皮の一部だけを拾い埋葬した。
それが終わった頃、夜は明けていた。
寝不足と疲労が重なっていたがゾルカらは村の様子を見て回り、
村人たちはこんな所まで来る者はやはり頑健なものだと
半ば呆れ、半ば感心していた。
後で村長であるボロミヤから聞いたところ、
今回の件での死者は二十六名。
これは、ウィトナの人口の約七分の一に当たるという。
それだけの命が失われ、残る住民たちの精神的な傷も計り知れない。
「我々は、ここを離れようと思います」
ボロミヤは、ゾルカたちに改めて礼を述べたのちにそう告げた。
「いつまたあの男が…
クリング・ルーが現れないとも限りませんので」
クリング・ルーは生きている。
いずれ再びやって来ることは、十分考えられるのだ。
そうなれば、次はさらなる被害が出るかもしれない。
「答えられる範囲でいいんですけど、
…この村は一体どういう場所なんですか?
あいつは…クリング・ルーは何をしに…」
ゾルカの問いに、ボロミヤは目を伏せた。
ウィトナを訪れてすぐに軟禁され事件に巻き込まれたのだから、
彼らが知っていることなどないと言ってよい。
それでも、彼らは村を救った。
村に何のつながりもなく、あのような異常な状況を前にして、
早々に立ち去るのが当然という中で。
何も話さないのは、ボロミヤの良心が堪えなかった。
彼らは我々のことを吹聴したりはしない。
そんな想いもあって、重い口を開いた。
「…この村は、…遠い昔からここにあって、
外部と接することなく人を受け入れることもなく、
住人の中で婚姻を繰り返し、存続してきました。
そうすることで守ってきたのです、
…一族の血と誇りを…」
「…血と、誇り…」
そう繰り返し、ゾルカは反芻する。
だが、理解することは難しい。
この村にいかなる歴史があって、ボロミヤの言葉につながるのか。
彼の様子を見るに、さらに詳しい話を聞くことは
できそうになかった。
「…あなた方を閉じ込めたのは、外の人間が訪れたという
とまどいもありましたが、何より…言い伝えがあったからです」
「言い伝え?どんな?」
「…『新月の夜には用心せよ。我らを滅ぼす者は新月の夜に現れる』
…あなた方がちょうど新月の日に現れ、村を訪れた外の者を
少なくとも今生きている世代の住民は見たことがなく、
悪人とは思えないながらも過剰に警戒してしまったのです」
ウィトナへの到着が偶然新月の日であったために、軟禁された。
そして、これも偶然と言えるのかもしれないが
ゾルカたちが滞在している時に、
言い伝えのとおり新月の夜にクリング・ルーらは現れたのである。
「もうひとつの質問ですが…
確かなことはわかりません。
ただ、もしかしたら…
彼らは我々と同じ一族なのかもしれません」
「え?」
「村に残る古文書によると、我々の先祖は
敵対する者たちとの争いを避けここに隠れ住んだのですが、
中にはこの村を出て行った一部の住人がいたとのことですので…
その子孫であれば、この場所を知っていてもおかしくはないかと」
「…」
「…さて、お話できることはこのくらいです。
しばし休息を取り、お発ちください。
あなた方もここにとどまれば危険でしょうし、
我々もできれば明日中には離れようと思いますので」
「あ、最後に!
…何かすごい武器とか魔法の伝説って残ってませんかね!?」
「ありません」
「早すぎる!
もうちょっと思い出して!」
「…そう言われてみれば…
刃の折れた黒い剣について記された紙切れがあったような…」
「…折れた黒い剣…?」
そんな破損品はいらないと言おうとしたゾルカであったが、
言葉を止めた。
ある物が思い当たったからだ。
しかし、予想が的中しているとすれば口に出すのもはばかられる。
ファンディアにとって、それは闇の勢力の象徴になりうるもの。
「それってユーギルの剣のこと?」
「おいッ」
はばかることをあまりしないフィラミラがずばり言った。
魔の神の王ユーギル。
この世界において、最大の脅威となった存在である。
かの神につながる物となれば、人々は畏怖する。
厭忌とはやや違う。
邪悪であっても、人々の及ばぬ超越者たる
大いなるその名に注がれるのは、
光の神の王に向けられる畏敬の念と、
実はさほど差のないものであるのかもしれない。
「さあ…私はユーギルという名に覚えはありませんが」
魔の神の王にも何とも思わない人もここにいた。
外界から遠く離れたウィトナには、神話も伝わっていなかったようだ。
では、折れた黒い剣というのは一体何なのか。
ユーギルの剣ではあるが、その由来が不明なままだったのか。
「…とりあえずその紙いただけませんでしょうか…」
「ゾルカ君、もしユーギルの剣であったらどうするのです?」
ゾルカの申し出に、ムトーが驚きをもって口を挟んだ。
彼はユーギルの不倶戴天の敵とも言うべき
エウリスを信奉する神官であるから、当然であった。
「まあ待てムトー、よく考えて!
ユーギルの剣のわけないって、グレムドだってなかったじゃない
…今のところ。
本物だったら本物だったで、放置できないだろ。
なあ、ジュナイル」
「グレムドの対極にある闇の色の魔剣ナルシルか…」
刃も鍔も柄も、光を吸い込む黒だという魔剣ナルシル。
真偽はともかく何度か目撃談のあるグレムドと違い、
こちらは神話で失われて以来エルトフィアの表舞台に登場しない。
もしかすると、ウィトナ村とともにこの場所で
伝承も封印されてきたのだろうか。
「本物だとしたらお目にかかりたくはないけどな」
「くっ…それでも作文…
いや物書きの端くれか!
フィラちゃん、キミは見てみたいよね!」
「わたし、剣には別に興味ない」
「おかしいな!
ついさっきまでみんなもう少し
俺に優しかった気がするんだけどな!
一人も味方がいないなんてさ!」
「…ま…まあまあ、一応紙切れは差し上げますから…」
賛同者が得られずボロミヤに気を遣わせるゾルカ。
名剣の伝説は数あれど、神につながるものの手がかりなど
そうそう出会えるものではない。
諦めきれない気持ちがゾルカの胸からは消えないのだった。
正午を少し過ぎるまで例の家で休んだ四人は、
ウィトナを発つことにする。
その際、多くの家族や友人を失いながらも生き残った村人が
総出で見送ってくれた。
「新しいウィトナ村はどの辺りになるんですか?」
ゾルカが、ボロミヤに尋ねた。
悲しみに暮れながらも、涙をこらえここに集まってくれている人々。
この場所を離れることになっても、
彼らのいる所こそがウィトナである。
「まだわかりません。
住みやすく、安全な場所…
それを見つけるべく、皆で力を合わせてゆきます」
「そうですか…
じゃあ、訪ねるのはなかなか難しそうですね…」
「もう会えないの?」
今にも泣き出しそうな顔で、アリヤはこちらを見上げる。
そんな彼の頭を、ゾルカはにかっ、と笑い撫でてやった。
「そんな顔をするなよ。
俺の知り合いが言ってたんだ。
人生は長い、生きていればいつかどこかでまた会えるって。
約束だ、また会おう我が友よ」
「…うん、わかった!」
うなずき、アリヤも笑顔を見せる。
彼の手を取り、ゾルカはしっかりと握った。
いつかどこかで。
いくつもの出会いと別れの中で、
再びアリヤと今のように握手をする日が来ることだろう。
その時には、お前のおかげで俺はひとつ大きくなれたんだと、
改めて感謝を伝えたい。
それまで、しばしのお別れ。
「ジュナイルにいちゃん、フィラミラねえちゃん、
ムトーおじ…にいちゃん、…ゾルカにいちゃん!
またね!」
アリヤの声と人々の感謝の言葉を背に、四人はウィトナを出発する。
たとえ誰にも知られなくとも、認められていなくとも、
彼らはこの村の人々にとって、そしてアリヤにとって
まぎれもなく勇者一行だった。
巨悪に立ち向かう正規勇者たちが救うことのできない命を、守った。
ここでようやくゾルカは、補欠勇者になることができたのである。




