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補欠勇者  作者: 吉良 善
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青い目

「いた!」


はたして、他のものよりいくらか大きな家の前に


いくつかの人影があった。


玄関の扉が開け放たれており、中から漏れる灯りで


現場は比較的明るく、大体の状況は把握できそうである。


何人か倒れている者がいるが、これは騒ぎを知り


村長に伝えに来てやられたのだろう。


家の前には村長と五人ほどの村人の男性、そして…


「…青い目…!」


灯りを受けぎらぎらと輝く青い光に、


ゾルカは心臓を握りつぶされるような錯覚に陥った。


初めてはっきりと見るその姿。


先程の敵と同じく獣の毛皮に身を包んでいる。


違うのはそれが銀色であり、頭部が狼に見えることだ。


この村の中にあって、青い目の男が立っている場所だけが


別世界であるかのように、鋭利な異彩を放っていた。


「!」


意思とは裏腹に、ゾルカは足を止めてしまいそうになっていた。


だが、次に見た光景が彼の身体を突き動かす。


「アリヤ!」


村長の後ろに隠れるようにして、アリヤもそこにいた。


色々な想いは浮かんできた。


無事でいたのか、とか。


なぜそこにいるのか、とか。


しかしそれも、吹き飛んだ。


青い目が、ゆらりと動き出そうとしていた。


こちらに気を向けることは一切ない。


止めようにも、まだ距離がある。


「フィラちゃん、撃てるか!?」


後ろを走るフィラミラを振り返り叫ぶ。


正直彼女のコントロールには不安が残るのだが、


飛び道具はそれしかない。


「OK、任せて」


「え、走りながら?


 止まらないの?


 立ち止まって撃たないの?


 止まってても危ないんだからちょっとそれは…」


「そりゃー!」


「痛え!」


フィラミラの左中指から発した青の雷は


ゾルカの左腕をかすめ飛び、青い目の鼻先を通過し足止めした。


「ぃよし、大成功!」


「…大成功というのは味方に被害を出さずにやれた時のことだよね…」


左腕は痺れたが一時的に動きを止めることには成功した。


青い目は、ゆっくりと凍てついた視線をこちらに向ける。


「そこまでだ、氷目野郎!」


恐れを振り払うように怒鳴りながら、


ゾルカは青い目と村人の間に割って入った。


残る三人も、彼の左右に立つ。


それを見て、アリヤが声を上げた。


「ゾルカにいちゃんたち!」


「下がってろ、アリヤ!」


言いながら、ゾルカは青い目と向かい合う。


初めて、彼の正面に立った。


まだ恐怖はある。


だが、逃げてはならない。


今この瞬間が、ゾルカが過去を乗り越える


ただ一度の機会かもしれない。


ここで逃げれば、心により深い傷と闇を抱くことになりかねなかった。


「…!」


見る者を貫く、冷たい視線。


左頬は、じんじんと痛む。


いや、そう思い込んでいるだけかもしれない。


それはまさに、まだ打ち勝てていない証。


「…(負けるな…踏みとどまれ、俺!)」


心の中で、強く念じる。


今こそ、勇気を奮い立たせる時。


「(もう逃げるな…大切なものを放り出して!


 逃げるなよ、ゾルカ!)」


周りには仲間が。


後ろには守るべき存在がいる。


震える拳を握り締めて、ゾルカの瞳はまっすぐに青い目を捉えた。





「…覚えてるか、…俺を」


唸るような声で、問うた。


相手は、ぴくりとも動かない。


その左頬には、一条の傷。


改めて、六年前のあの男だと確信する。


「忘れるはずないよな…


 その傷は、俺がつけたんだから」


青い目は、いでたち・集団の中での振る舞いからして


彼らを代表する戦士のはず。


そんな男が、不測の事態とはいえ子供に傷をつけられたのだ。


その記憶は消えずに焼きついているに違いない。


「お前は何者だ、…そして、目的は何だ!


 アルトリアを滅ぼしたのもお前たちか!」


これにも、返答はなかった。


ただ、その視線は油断なく四人を探っている。


わずかな挙動も見逃さないであろう。


ゾルカも、改めて因縁の相手の姿を観察した。


上背はジュナイルよりいくらか高く、細身ながら鍛え上げられた肉体は、


身にまとう毛皮の如く狼を思わせる。


その毛皮が目を引くが、衣服はというと


布を多少加工した程度のみすぼらしいものだった。


風体からは、彼がいかなる生い立ちを持ち、


いかなる生活をしているのか想像できない。


わかるのは、自分たちと同じ社会で


生きてきてはいないだろうということくらいだった。


顔立ちは端整なようだが、表情や感情というものが全くない。


返り血に汚れた面差しに、青く光る瞳が煌めいているのみである。


「…なら、俺の方から名乗ってやる。


 俺はデスゾルカ・レビ!


 六年前お前にやられかけたが生き延びた不死身の男だ!」


人差し指を突きつけ、高らかに言い放ったゾルカ。


それでも青い目に変化はなく、やはり何も答えないかと思われた。


しかし、予想に反して彼は口を開いた。


「――――、―――…」


「は?」


思わず、ゾルカはそんな声を漏らす。


青い目はようやく、その低い声を発した。


だが、それは耳慣れない響きであり、


意味を理解することはできなかった。


エルトフィア地方で使われている言語はひとつのはず。


獣に縁の深そうな彼らの人外の言葉か、それとも…


「何だ何だ、俺がシティーボーイすぎて通じないのか!?


 わかるように言え!」


そのゾルカの訴えが通じたのかは不明だが。


「…興味はないが、覚えてはいる」


青い目は、そう言った。


「…俺の名はクリング・ルー…


 それ以外は答える気はない」


抑揚のない言葉を聞きながら、ジュナイルとムトーは


クリング・ルーと名乗った面妖な男の実力を計る。


そして即座に、二人で抑えるしかなさそうだと判断した。


「俺は…」


なおもゾルカは口を開いたが、その瞬間すでに


クリング・ルーは動いていた。


恐るべき速さで、血に濡れた曲刀が正面に立つ


ゾルカの顔を狙う。


ゾルカは反応できない。


彼の左に立っていたジュナイルが、右手に下げていた


剣を跳ね上げて辛くも曲刀を弾いた。


予測していたのか、クリング・ルーはその衝撃にも


体勢を崩すことなくジュナイルの懐に飛び込む。


「こいつ…!」


ジュナイルはぎりっ、と歯噛みする。


おそらく、彼の狙いは最初からゾルカではなく


自分だったのだ。


剣で対しようとしては間に合わない。


やむなく左腕で防ごうとしたが、


しなやかな筋肉を持つクリング・ルーの脚が


鞭のようにしなりそれを払いのけ、


曲刀をジュナイルの腹に突き入れた。


「ジュナイルッ!!」


その場にどさりと倒れるジュナイルの姿に、


ゾルカは絶叫する。


敵は、彼を見ていない。


次の標的は、ムトーだった。


対するムトーは攻撃に備えながら、


敵の背後から斬りかかろうとするゾルカの動きを見た。


速かった。


思えば彼はかなりの健脚である。


それくらいの能力は持っていたのだろうが、


正面からぶつかればゾルカの腕では


一合斬り結ぶこともなく斬られてしまうだろう。


数の利を活かせば実力の差をいくらか埋めることは


できるはずだ。


「…」


そのゾルカの向こうで、フィラミラが左腕を伸ばし


魔導の狙いをつけている。


当たるかは五分五分だが、目前の難敵を倒すには


最も有効と思われた。


とにかくこれを退けないことには、


ジュナイルの生死の確認も治療もできない。


「むぅんッ!!」


ムトーの剛腕で振るわれるハンマーに


正面からぶつかることを避け、クリング・ルーは


一度後ろに跳びすさる。


直後、剣を振り上げるゾルカが迫った。


表情には、怒りが満ちている。


「お前…ジュナイルを…!」


だが読まれており、あっさりと防がれた。


それでも、ゾルカは食い下がる。


「アルトリアでも、この村でも…!


 お前はどれだけの命を奪えば…!」


「…お前たちも俺の同胞を殺して


 ここに来たのではないのか?」


「!」


交わる刃の向こうで、青い目が輝いている。


クリング・ルーの部下は全て縄で縛っただけで殺してはいない。


それを彼が知らないのは当然だ。


しかし、彼のあの発言。


この殺戮を行うにあたって、自身らの命が失われることになっても


遂行するという強い意志を感じさせた。


「あっ!?」


突如、クリング・ルーの曲刀が引いた。


フィラミラが放った雷をかわすためである。


ゾルカは、敵ながら何という男だろうと舌を巻く思いであった。


複数の相手に囲まれてもいささかも臆することなく、


極めて冷静に立ち回る。


どうすれば勝てるのか。


どうすれば倒せるのか―――――


そんな思いが頭をよぎった時、クリング・ルーが妙な動きを見せた。


そして、


「ちぇっ、浅かったか」


思いがけぬ声が聞こえた。


「だが…それなりの手応えはあったぜ」


視線を巡らせた先には、


「ジュナイル!」


倒れたはずのジュナイルの姿があった。


彼の不意を突く一撃が、


クリング・ルーの脇腹を薙いだのだった。


さすがのクリング・ルーは反射的に身をよじり致命傷を免れたものの、


軽くはない傷を負っていた。


こうなっては、いかに四人を圧倒する実力があっても分が悪い。


早々に退却の判断をし、クリング・ルーは


夜の闇に溶けるように姿を消した。





恐ろしい男が立ち去り、見守ることしかできなかった村人たちは


その場にへたり込んでしまった。


「おいィィィジュナイルぅぅぅ!」


一方ゾルカやフィラミラ、ムトーはやられたとばかり思っていた


ジュナイルに駆け寄っていく。


クリング・ルーの一撃は、決して浅くはなかったはずだが。


「一体どうなってんだよォォォ!」


「ははは、落ち着け落ち着け、


 一応ケガはしているんだからな」


飛びつくゾルカを受け止めながら、ジュナイルは笑う。


その腹部には、確かに血がにじんでいた。


「オレ自身やられたかと思ったんだが、気を失うことはなくてな。


 けど強烈な一撃だ、敵も味方もオレが戦闘不能だと思ったようなんで


 そのままにさせてもらった」


「…やられたフリをしてチャンスをうかがってたってこと?」


「そうだ。


 奴の強さは次元が違っていた、正攻法じゃ勝ち目はない。


 とはいえ身体はひとつ、魔導使いも含む


 三人を相手にしようとすれば早々に奇襲の機は来ると踏んだ。


 お前がやられる前で良かったよ」


「さすがはクセ者ですな」


「でも、こっちは寿命が半日は縮まったよねー」


ムトーとフィラミラが顔を見合わせて言う。


敵を欺くには味方からとは言うが、実際にやられた方は


たまったものではないなと実感した。


悪い悪い、と言いながら、ジュナイルは体中についたほこりを払う。


「しかし、奴の引き際は鮮やかだったな。


 強引に押してくるより本当に厄介なのはああいう相手だ。


 あいつを仕留めるのは相当骨が折れるぜ」


そのとおりだろうと同意はしつつ、もうひとつの重要な疑問を


ゾルカがぶつけた。


「でも、何でそれくらいのケガで済んだんだ?」


「ああ、それは…」


にやりと笑い、ジュナイルが懐から取り出した物。


それは、一冊の本であった。


「奴は恐ろしいほどの手練れだ、


 服の下の腹当てを避けて突いてきやがった。


 けど、オレの予知能力のかけらなのかな。


 ここ数日、こいつを読むために入れておくのが


 習慣になっていたんだ」


「…それって…オードラン旅行記…?」


「ああ。


 次の目的地のな」


本のタイトルは、オードラン旅行記・ファンフラン編。


中央付近に、鋭い穴が空いている。


貫通はしたが、本の厚みもあって


ジュナイルは九死に一生を得たのだった。


「どうだい、ゾルカ。


 お前さんはオレの本は少しも役に立たねえって言ってたが…


 多少は、役に立ったろ?」


「いや、それはもう!


 …恐れ入りました、オードラン旅行記さんは


 今回のMVPでございます」


ゾルカの言葉で、一行は笑いに包まれた。


仲間の生存と、強敵の退散の安堵とともに。


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