本当の勇気
闇の中を、走る。
あの夜と、同じ。
逃げていた。
木の枝や茂みをかき分けて駆けるほどに、
過去に戻ってゆく気がする。
自分は、あの頃から何も変わっていなかった。
乗り越えてもいなかった。
「(そういえば…)」
アルトリアでは、キリクとラァズを街に残し走った。
今はまた、友になったばかりのアリヤを残して来た。
見捨てた、のだろうか。
「(でも…)」
ウィトナには、恐ろしいものがいる。
六年前、背後に立たれただけで死を感じたほどの。
「(みんな…)」
そして、仲間たち。
逃げ出した自分を、どう思っているだろう。
きっと、もう共に行こうとはしてくれないだろう。
「(俺は…)」
勇者どころか。
補欠勇者を名乗ることも許されない無様な男。
「うわっ!」
そう思った時、無様に転んだ。
草と土の匂いと味を感じたまま、ゾルカは立ち上がることができなかった。
全て失ったのだ。
誇りも、仲間も、勇気も。
「…見つけるんじゃなかったのかよ…
父さんも、キリクも、ラァズも…」
魔王を倒し、大切な人と故郷を取り戻す。
そう決めたはずだった。
「…本気で考えたんだよ、母さん…」
本気で、考えた。
目的を果たすための道が、勇者だった。
だがいつしかそれは曇り、冷やかす世間に
認められるための手段となりつつあった。
全て、中途半端だった。
だから、あの青い目に再び出会っただけで崩れた。
今まさに、惨劇が繰り広げられているであろう状況を前にして。
小さな友の、純真無垢な笑顔が脳裏をよぎる。
彼とは、今日出会ったばかりだ。
しかし、名を知り、面と向かって話し、友になった。
そうであれば、知り合ったばかりでも幼い頃からの付き合いでも
同じだ。
何ものにも代えがたい存在であることは。
「…死ぬ…死ぬのか。殺されるのか」
青い目は、女子供とて容赦はしない。
オルタ川の地獄のような光景を、今ははっきりと思い出せる。
その光景が、また繰り返されようとしているのか。
ゾルカの頭に、血の海に沈むアリヤの姿が描き出された。
「…駄目だ…そんなの、駄目だ、駄目だ!」
怖い。
だが、己の中にわずかな変化がある。
そう感じた。
「…怖いよ…怖いさ、…あの青い目…
でも…友達がこの世からいなくなる…
そんな怖いこと、あるかよ…
それより怖いか、デスゾルカ・レビ…!」
誰かを失いたくないという想いと、
「…みんなとなら…もしかしたら…」
自分に力を貸してくれる人がいたという想い。
ともにキリクとラァズを探すと言ってくれた。
どんなに、嬉しかったか。
それらが、ゾルカを蝕む闇に抵抗している。
絶望するなと。
立ち上がれと。
心身を支配しかけた恐れをも退けんとする、
己の中からわき上がるもの、これは何なのか。
「…そうか…そういうことか…」
まだ、克服できていない。
しかし、ゾルカの右手はぐっ、と土を握り締めた。
「これまで、勇者に少しも近づけなかったわけだ…!」
少しずつ、上半身を起こす。
「…知りもしなかったんだ…本物を…!」
きっと、人それぞれに違うのだと思う。
ゾルカの場合は、彼だけでは得ることができなかったのだ。
未熟だからなのか。
彼の限界だからなのか。
正規勇者は、そんなことはなかったかもしれない。
それとも、遥かに早く答えにたどり着いたのだろうか。
同じ結論に至ったかはわからないが、
ゾルカはようやく自分の答えに気づくことができた。
「これが…これこそが…」
ゆっくりと、立ち上がった。
いつの間にか流していた涙は、もう乾いている。
「…本当の勇気だ!」
誰かのために。
誰かとともに。
ゾルカの勇気は、そこから生まれる。
「いたな、へなちょこ野郎!」
がさがさと音がして、携帯用の魔導灯を手にしたジュナイルを先頭に
フィラミラとムトーも姿を現した。
ゾルカは、思わず驚いてしまった。
「みんな…」
「思ったよりも元気そうですね。
先程はこの世の終わりのような顔をしていましたが」
いつものように微笑むムトー。
「デス君は単純だからねえ。
立ち直るのも早いんだよ」
肩をすくめて首を振るフィラミラ。
「何だ、そのツラは。
オレたちが愛想尽かすとでも思ったか?
生意気なんだよ。
お前が半端な未熟者だってことは承知してんだ。
そいつを森にほっぽり出すわけにはいかねえから
迎えに来てやっただけだ」
言うこととは裏腹に、口元を歪めるようにして笑うジュナイル。
彼らの姿と言葉に、ゾルカは再び涙がこみ上げて来るのを感じた。
それを何とかこらえると、今度は笑みが浮かんだ。
友情とは少し違うかもしれない。
だが、確かに結びついた仲間が、自分にはいる。
「…みんな…ごめん。
俺、怖かったんだ。
後で話すけど、すごく怖い奴が多分ウィトナにいるんだ。
でも…行かなくちゃ。
村の人たちも助けなきゃいけないけど、
…俺、アリヤと友達になったんだ。
今、あいつが危ないんだ…
ピンチの時は駆けつけるって、約束した…
だけど、…俺一人じゃ駄目なんだ。
俺が勇気をわき起こすためには…みんなが必要なんだ。
みんながいてくれたら…
俺は補欠勇者になれるんだ!」
ゾルカの瞳に、輝きが戻る。
彼の中でいかなる変化があったのかは、まだ知らない。
しかし、仲間たちはそれぞれに笑顔を見せた。
「さすがは石ころ。
踏まれて蹴られたくらいでは傷も目立ちませんな」
「はあ!?
誰が石ころだよムトーッ」
「はあ~、デス君が脱走したせいでまた村まで移動だよ、全く…」
「…だ…脱走って…フィラちゃん…」
「おい、坊主」
ジュナイルが、ゾルカの頭を掴む。
相変わらず、薄い笑みを見せていた。
「わかってるだろうが、
隠れ里でいくら活躍しても有名にはなれないぜ」
「そうだな、…でも、いいんだ。
俺は、アリヤや村の人たちを助けたい。
今、本当にそれだけを考えているんだ」
「…」
ジュナイルは、かすかにうなずいた。
ゾルカは、俗っぽさのある普通の少年だった。
しかし、思う。
正規に認められるかはわからないが、
彼には勇者となれる心があったのだと。
今、階段をひとつ上ろうとしているのだろうと。
「…いいだろう、お前を補欠勇者にしてやるよ。
ただし、…無理すんじゃねえぞ。
オレたちは四人であの村に戻り、四人で村を出るんだ」
「ああ、…わかってる」
「あまり気負ってはいけませんよ。
無論村の皆さんを助けなければなりませんが、
より友のことが気になるのは当然のこと。
その気持ちが、結果的に多くの人々のためにつながるのです」
ムトーの言葉は、今のゾルカには心強いものだった。
彼はまだ、全ての人々のためにと言えるほどの人物ではない。
そして、自分たちの身も危険なのだから、
このまま逃げ出したとしても責められはすまい。
だが、自分ではないもののために戦うという心が、
口先だけでない本当の覚悟が、確かに彼の中に生まれていた。




