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補欠勇者  作者: 吉良 善
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静寂

食事が終わってアリヤは帰宅し、


ゾルカらは結局この家に宿泊することになった。


フィラミラは隣の部屋に行ったが他の三人はリビングルームに残り、


交代で一人ずつ起きていることにした。


ゾルカの番はジュナイルの次。


三時間眠り、午前一時に起きた。


村への道のりで疲れていたが、その分眠りが深かったのか


起こされた時には思いのほかすっきりと目覚めることができた。


ムトーはその巨体ゆえに床で休み、番を終えたジュナイルは


ゾルカが寝ていたソファーと対になって置かれていた


ソファーに横になり、背を向けている。


部屋は、薄暗い。


ウィトナには魔導灯がないので、


今は壁に掛けられたランプの中の火のみが室内を照らしていた。


かすかに揺れる灯り。


それが作り出す陰影を、ぼんやりと眺める。


一人目覚めているこの時間が、心地良く感じられた。


外の様子は、わからない。


村人たちの思惑がまだはっきりとしない状況であるにも関わらず、


ゾルカは森深き村の夜に安らぎを覚えていた。


「そうか…」


ぽつりと、つぶやいた。


彼は、ミルフェ村の夜を思い出していたのである。


かの村も、ウィトナほどではないが緑豊かな場所にあった。


アルトリアで死の恐怖に直面し、それから長い旅を経て


ようやくたどり着いた、母と妹の待つ所。


そこでの初めての夜、久しぶりに


心からの安息に包まれて眠りについたことを覚えている。


ウィトナの空気とミルフェの記憶とが、彼に安らぎを与えるのだ。


「母さんとエリエル、元気かなあ…」


父がどうしているかは知らないが、村に戻っているとは思わない。


母と妹のことを思いながら、テーブルの上のポットから茶を注ぎ、


ひと口飲んだ。


その時、ふと気づいた。


静かな、静かな夜である。


横たわる二人の寝息の他は、何も聞こえない…


「何も?」


妙だった。


ゾルカが起き上がった時には、虫の声が聞こえていた。


柱に備え付けられた時計に目をやる。


針は、午前一時五十二分を指していた。


この間に、虫の音は止み村は静寂に包まれた。


さほど前のことではないだろう。


せいぜい数分だとゾルカは思う。


動物が来たとかそんな理由で静まっただけかもしれない。


しかし念のため二人を起こそうとゾルカが立ち上がった時、


がちゃりと扉が開いた。


フィラミラが入って来たのである。


「どうした、フィラちゃん。


 お茶が飲みたいの?」


問われて、彼女は答えない。


薄明かりに浮かび上がるその姿は美しくも幻想的だった。


表情は、いつになく真顔。


何よりそれが、ゾルカの緊張を掻き立てた。


「何か来ている…」


ようやく言葉を発したフィラミラは、低い調子で


そのように答えた。


何か。


とは、何か。


村人、魔物、あるいはそれ以外のもの。


いずれにせよ、友好的な存在ではなさそうである。


だがゾルカは頭の中とは違うことを言った。


「何かって何?


 アリヤが来たのかな?」


「二人を起こした方がいいよ」


そう告げると、フィラミラは手早くカップに茶を入れ飲み干した。


彼女が集中し始めていることがわかる。


そういう時には、彼女はややぶっきらぼうになるからだ。





ゾルカに揺り起こされた二人は、即座に空気の変化に気づいた。


ジュナイルが窓辺に行きカーテンを人差し指でわずかにめくり、


慎重に外の様子をうかがう。


「…見張りの姿が見えないな。


 今なら外に出られそうだが…」


「私が見て参りましょうか」


ムトーが申し出た。


偵察には向かない身体だが、危険を伴うことを


考慮しての発言だった。


「この村に明確な味方がいるわけでもないし、


 内と外にバラけるのは危ういかもしれねえな。


 全員で行こう」


分断される事態になれば打つ手はない。


扉の前で気配を探り、ゆっくりと外に出た。


やはり、誰もいない。


物音もしない…


「…聞こえる」


「何だ、ゾルカ?」


ジュナイルが小声できいた。


四人の中では、ゾルカが最も耳がいい。


「あっちだ」


頭を巡らせるゾルカ。


向いたのは村における中心部、住宅が集まっている方である。


幸い、身を隠せる木や茂みは多い。


物陰から物陰へ、渡るように移動していった。


「デス君、慌てすぎだよ。


 一人だけ離れちゃうよ?」


先走るゾルカに、フィラミラが声をかけた。


何が起こっているのかわからない。


のに、彼は焦っているように見えた。


「似ているんだ、…あの時と」


絞り出すように、ゾルカは言う。


あの時という言葉の意味を、三人はすぐに理解した。


彼の人生を大きく変えたであろう出来事。


「アルトリア事変の時ですな」


「…」


ムトーに、ゾルカは無言でうなずく。


何がと問われれば説明はしにくいが、


何かが起きているという胸騒ぎ。


ゾルカだけがそれを感じているのは、


アルトリアでの経験があるからだ。


そうでなければ、静かすぎる夜だとしか思わない。


違和感を孕んだ静けさに包まれているとしか。


「止まれ」


しばらく進んだところで、先頭にいたジュナイルが


右手を向け三人を止めた。


木の陰から前を覗き込むが、ウィトナには魔導灯はない。


しかも、折悪く今夜は新月だった。


視界の先は、異変の真相を隠そうとするかのような暗闇が広がっている。


「…何者かの気配はある。


 だが足音をほとんど立てていないな…


 人というより、これはまるで…」


言葉を遮るように、どさっ、という音があった。


静かな水面に石が落とされ波紋が起きたかの如く、


やけに大きく聞こえた。


その音の正体はわからないが、見当はついた。


人が倒れた音であろう。


四人の胸に、嫌な感覚がわき上がっていった。


この森で進行しているのは、恐るべきことである。


確かなことはわからずとも、それだけは間違いないだろうと思えた。


「村の人たちが襲われているのか…!?」


「状況からすると、そのようですな」


ゾルカに、ムトーが答えた。


いつも穏やかな彼の表情も、今は険しい。


「誰が…何で…!?」


ウィトナは、住人以外立ち入ることのない地だったはずだ。


ゾルカたちのように偶然見つけるということでもなければ。


それを何者が、いかなる理由で襲撃するのか。


「助けないと!」


「…」


人情としては、そうだろう。


が、ゾルカの言葉にジュナイルはすぐにはうなずかなかった。


「相手の数、力量もわからなくては危険すぎる」


助けなければという気持ちは理解できるが、


半人前を含む四人で退けられるのか。


できなければ死ぬのだ。


まだこちらのことは気づかれていない。


周囲は広大な森である。


この時点であれば逃げ切れる可能性は大いにある。


「けど、アリヤが…」


その瞬間。


ゾルカの身体は凍りついた。


見てしまったのだ。


闇を切り裂く青い光を。


忘れようもない、恐ろしいほどに冷たい輝き。


見る者を貫くような、青い双眸。


数十メートルも先にそれを目にした時、


ゾルカは左頬がうずくように痛むのを感じた。


『あの夜』、青い目の持ち主につけられた傷。


痕こそ残っているが、傷口が塞がってからは


痛んだことなど一度もなかった。


だが長い時を越えてよみがえったその痛みが、


今暗闇を挟んで見えた青い光と、


あの夜に見た青い光とが同じものであると教えている気がした。





そう直感した途端、ゾルカを予期せぬ変化が襲った。


「…!?(何だ…?何だ、何だ?)」


両手が、震えている。


自分の意思を無視して小刻みに揺れるその手を見て、


その後に気づいた。


己の心が、恐怖に支配され始めている。


「(そんな馬鹿な!


 俺はあの時…あいつに殺されかけた時、


 あいつに反撃した!


 負けなかったんだ!


 あいつにも、左頬の傷をつけてやった!)」


川に落ちる直前。


ゾルカが夢中で振り抜いた剣は、敵の左頬をかすめた。


ゾルカと敵は、同じ場所に傷をつけ合ったのである。


だから、彼にとって未だ残るその傷は誇りでもあった。


「(それなのに…なぜ怖い…?


 俺は、勇者になるのに…


 俺の心は、勇気に満ちているはずなのに!)」


鮮明に、浮かび上がる。


燃える街。


川岸に転がる無数の死体。


そして、青い光。


ゾルカは、恐れていないと思っていた。


だが、そうではなかった。


おそらく、はっきりとは思い出さないようにしていただけなのである。


意識的か、無意識にかは判然としない。


あの夜の出来事は思い出せるがひとつひとつの場面を


思い浮かべることはしなかった。


そうして、己を守っていたのだろう。


そんなゾルカが、あの青い光を目にすることによって


詳細な記憶を呼び覚まされた。


心の奥深くに眠っていた癒えぬ傷。


それは、ゾルカの意思に関係なく、心身の自由を奪った。


「デス君、大丈夫?」


後ろから、フィラミラが声をかけた。


今や震えは、両手のみならず全身にまで及んでいる。


彼の様子が尋常でないことは、ジュナイルとムトーも気づいていた。


「おい、ゾルカ…」


そう言ってジュナイルが振り返ると、ゾルカの顔面は蒼白になって、


これ以上ないくらいに目を見開いていた。


「…駄目だ、…俺…ここにはいられない…!」


「待て、どうした!?」


その声も聞かず、ゾルカは後方へと走り出した。


逃げた、のである。


残る三人には、何がどうなっているのかわからない、


彼のあの急変振ぶりは、一体何なのか。


「ゾルカ君に何があったのでしょう」


ムトーが言うが、誰も答えを知るわけがない。


ジュナイルは、小さく首を振った。


「ヤツはただの石ころだったのかもな」


「…」


「だが、宝石より石ころの方が役立つこともある。


 そうだろう」


「ええ、…確かに」


「村人のことは気になるが、まずはゾルカと合流しよう。


 いいな、フィラミラ」


「手がかかるな~、いきなり単独行動なんてさ」


「…」


お前が言うかという言葉を飲み込み、


ジュナイルはゾルカが走って行った方へと進む。


フィラミラとムトーも、後に続いた。


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