過去
「それでは、私はここで。
次の財宝が呼んでいるのでな」
オズリッドに戻り、鉄花門をくぐった所で
スムースが言った。
ひとところにとどまっていることのない人物のようである。
「もう一度会えて良かったです、スムースさん」
「また会えるさ。
人生は長いんだ。
互いに生きていれば、どこかで道が交差する瞬間が訪れる」
「はい!」
にこやかに言うスムースに、ゾルカは大きくうなずいた。
一度会ったきりではあるが、彼は当時のゾルカのヒーローであった。
色あせない思い出のままのその人物が、目の前にいる。
それは、大きな喜びだった。
「それまで、元気でな。
お三方、私はゾルカ君と多少なりとも縁のあった者。
彼をよろしく頼む」
「すでにかなりよろしくされているけどな」
「お任せください」
「見守るくらいならするよ~」
三者三様の答えを聞き笑顔を見せると、
スムースは街並みに消えていった。
その背中を見送りながら、ゾルカは彼との再会を願っていた。
ひとつの別れの、すぐ後。
「さて…」
腰に手を当て、ジュナイルが言った。
「ゾルカ、聞きたいことがある。
お前にとっては愉快に語れることではないようだが、
オレたちの旅に関わってくる話でもあるかもしれないからな」
「そうか…そうだな」
ゾルカは、自分がアスティア出身であることは話したが
『あの事件』については触れなかった。
今、スムースと再会したのは当時のことを話す機会が
訪れたということなのかもしれない。
場をカフェに移し、ゾルカは己が経験したことについて話した。
「お前はアルトリア事変の生き残りか?」
声を抑えつつもやや強めに、ジュナイルが言う。
ムトーとフィラミラも、さすがに驚きの表情を見せていた。
一国の王都が滅亡したあの事件は、遭遇した人間の数は多いものの
生存者は割合にすれば少ない。
アルトリアを脱した後に襲撃者に追いつかれ殺害された者、
見つからずに済んだが安全な場所にたどり着く前に力尽きた者なども
相当数いたからだ。
生き残った人々は各地に散り、ようやく取り戻した平穏の中で
事件のことを自ら進んで口にすることはほぼない。
あまりに恐ろしい経験であるし、口外すれば
命を狙われるのではないかという根拠の乏しい
強迫観念に悩む者も多かった。
ゾルカの場合は、それとは違う。
話すことで、己や他の者が、
二人の友がすでにこの世にいないかもしれないと
考えてしまうのが嫌だった。
無論、彼自身は二人は生きていると思っている。
広い大陸で再会できていないだけだと。
しかし一方で六年の月日が流れ、もしかしたらという想いが
少しもないわけではない。
語る度に己の中で過去のこととなり、聞いた相手は
二人がもはや生存していないと感じるかもしれない。
それによって、二人の死を認める時が来てしまうのではないかと。
「じゃあ、わたしたちの目的は
打倒魔王とミラストラ上陸だけじゃダメじゃない。
キリク君とラァズ君も見つけなきゃ」
「へ?」
だが、あっさりとフィラミラは言った。
思わず、ゾルカの方が間の抜けた声を出してしまった。
当時キリクとラァズは最も危険な街の中心部に向かったと、
そう話した。
それでも彼女は頭の後ろで手を組んだいつもの姿勢で、
こちらの気持ちまで明るくするような声を奏でる。
「デス君も生きてるんだし大丈夫だって。
そんな低いトーンで話すのは大陸中を回ってからにしてよね」
「ごもっとも」
笑いながら、ムトーはうなずく。
そして、その優しい眼差しをゾルカに向けた。
「残念なことに、あの事件では多くの命が失われました。
しかし、生き残った命がいくつもあることもまた事実…
ローラさんのおっしゃるとおりあなたがまさにそうです。
あなたとともに行動していたお二人もまた、
折良く逃れることができていたとしても不思議はありません」
「まあ、そういうことだな。
当時アルトリアにいなかったらしい親父さんは言わずもがなだが…
お前はシャンデラやこの街でよく掲示板を見ていたが、
親父さんや友達のメッセージを探していたのか」
ジュナイルが尋ねた。
ゾルカは、一日一度は掲示板を見に行くようにしていた。
もちろん、自分のメッセージも残している。
「ああ、…父さんは一体どこで何やってるんだか…」
「…とにかく、この旅はお前の故郷を取り戻すものでもあるわけだな。
有名になりたいとか言っている場合じゃないぞ」
「いやそれはいいだろ。
有名になったらレイファスのヤツにあんな言い草されることもなくなるし」
「根に持つなあ、お前…」
「まあまあお二人とも。
話も済みましたし、メレーベルさんに報告をしに行きましょう」
「え?」
ムトーに言われて依頼の件を思い出したゾルカ。
自分への悪口は覚えていたが、肝心なことを忘れていたのだった。
「―――――そうですか、グレムドの剣士ではなかったと…」
報告を受け、ブラムは目を閉じてうなずいた。
その心中は無念か安堵か、本人にもはっきりとはわからない。
「感謝します。これで噂が静まれば、グレムドはもう
オズリッド近辺にはないと考える人も増えるでしょう。
それでは、お礼を…」
「いや、ブラムさんには得になるようなことはなかったし
お礼はいいからさあ!
俺のことをみんなに話しておいて!
補欠勇者デスゾルカ・レビは勇気と男気があって
なかなか頼りになるヤツだぜって。
あと、彼女募集中らしいぞって」
「は、はあ…しかし、お仲間に素晴らしくお美しい方が
いらっしゃいますが…」
「え?何?フィラちゃんのこと?
いや確かに綺麗ですよ、この子は。
でもダメ!
トゲがあるどころか近づくと爆発するお花なんですよ!」
「な、なるほど…」
意味はわからない。
だがこれ以上触れない方が良さそうだとブラムは判断した。
「それで、これからどうするの?
ブラム君」
けらけらと笑っていた当のフィラミラに問われ、
ブラムは力無く微笑んで見せる。
「そうですね…当家は名誉も財産も全て失ってしまいましたからね。
どうしたものでしょうか」
自嘲気味に言う彼の肩を、ゾルカはぽん、と叩いた。
「世の中の大半の人は名誉も財産もないところからスタートするんだぞ。
俺だって色々なくしているけどこうしてブラムさんの力になれたんだ。
人間、パンツと靴があれば何とかなるもんだよ」
「完全に変態じゃねえか」
「うるさいよジュナイル!
例えだよ例え!
一番大切なものを守る心と歩いていく気持ちさえあれば
何度転んでも起き上がれるっていう話!」
「ま、人間その気になりゃいくつからでも
人生立て直せるってのには同意だな」
「そうそう!
起こってしまったことを悔やむより、
これからどうするかが大切なんだって
お父さんも言ってたよ」
「確かに、そのとおりですね」
小突き合うゾルカとジュナイル、そして
まばゆい笑顔を向けるフィラミラを見ながら、ブラムは笑った。
先程までの弱々しい笑顔ではなく。
晴れやかな輝きが、そこにはあった。
「私には守るべき母がいるし支えてくれるモニータさんもいる。
それに、私はオズリッドが好きです。
この街の人々の役に立てるよう、一からがんばってみます」
「素晴らしい決意です。
その尊い心を持つあなたには、必ず神のご加護が
あることでしょう」
「ありがとうございます、神官殿。
皆さん、オズリッドへ訪れた際は
ぜひ我が家にお立ち寄りください。
離れの手入れもしておきますから」
結局、オズリッドでグレムドを手に入れることはできなかった。
しかし、ゾルカは初めて助けを必要とする人の力になった。
その充実感に、彼はしばらく満たされていたのだった。




