山の都市
山間部に位置するニーベルムの王都オズリッドに
至る経路は限られている。
元は外敵から身を守るために急峻な山が立ち並ぶ
険しい地形の中に築かれた集落だった。
現代においても、稜線の山道を行くか
渓谷に整備された街道から入るしかない。
山道の方は今では国内外の人々共通して
「一応ある」という程度の認識でしかなく、
あまりに過酷なその道を選択する者はほぼ皆無であった。
「だからこそそっちから行くんだよ!」
などと言い始めた厄介な性分のフィラミラの主張は却下して、
一行は谷を抜ける街道を進む。
馬車は、谷に差し掛かる手前で降りた。
ここからは狭い道と勾配の厳しい坂道が続くため、
馬車ではオズリッドまで行くことができない。
それでも、山道よりは遥かにましな道程であった。
道すがら、ジュナイルは自らの経験を語った。
「オレは一度オズリッドに行ったことがある。
話の種にと山の方から入ったんだが…
あの時ほど後悔したことはないね。
正直二度と通りたくない」
「何がどう辛かったのさ」
空を飛ぶ鳥を目で追いながらフィラミラが尋ねると、
ジュナイルは荷物から本を一冊引っ張り出して渡した。
本のタイトルは予想どおりオードラン旅行記・ニーベルム編。
「説明するよりこれを読んでもらった方が早いな」
「…」
手に取ってぺらぺらとページを繰っていくと、
確かに山道についての記述があった。
『谷ではなく山の方から行ってみた。
坂は急だったし歩きにくいし寒いし空気が薄くて苦しい。
きつい』
とだけ書いてある。
ざっと目を通し、フィラミラは本を返した。
「…うん、わかりやすかった」
「そうだろ!?
聞いたかゾルカ、高評価だ」
「あんたが本を出せた理由がわかったね。
ポジティブだすごく」
「谷は谷で、」
最後尾を歩いていたムトーが重々しい声を発した。
「長雨で川のようになったという記録があると聞きます。
できるだけ早く抜けてしまいましょう」
街道側の留意すべき点はそこであった。
現実にそうなったことはここ数十年ないそうだが、
雨が続けば危険は高まる。
整備されているとはいえシャンデラ周辺のように
歩きやすい道ではないが、ゾルカたちは足を速めた。
オズリッドは標高が高い街のため
谷を抜けた後に今度はずいぶんと登らされたが、
険しい道程を越えようやく到着することができた。
「おお~、すごい!」
ゾルカは思わず感嘆の声を上げた。
急勾配の道の先に、巨大な門がそびえている。
その大きさたるや、優に自分の身長の十倍はあるだろう。
上部の中央には櫓が設けられ、人の力では
到底破れそうにない分厚い鉄の門扉が左右に開かれていた。
この門と防壁、そして山とに守られたオズリッドは、
堅固な要塞という様相を呈していた。
「元はお客さんをお出迎えするためのものじゃなかったから
頑丈なだけの無骨な鉄門だったが、大陸での争いがなくなって
観光客向けに飾り立てたわけだな」
と、ジュナイルは解説した。
圧倒的な迫力を持つ門であるが色とりどりの装飾が施され、
特に花の彫刻が多く『鉄花門』と呼ばれ名所のひとつとなっている。
が、観光のための旅ではない。
立ち止まり門を眺めたり見上げたりする人々の脇を通り抜け、
街に入った。
そして宿を取ると、ジュナイルが
「ちょいとオレは単独行動するわ」
と宣言した。
「何で」
当然、ゾルカはきいた。
「情報収集だよ」
「なぜ一人で…」
「野暮なことをきくなよ、少年。
一人だからこそ仕入れられる話ってのもあるのさ。
晩メシまでには戻る」
にやりと笑い、ジュナイルは出て行ってしまった。
「…女だな、ありゃ…」
ぽつりとつぶやくゾルカ。
ジュナイルは花形役者にもなれそうなほどの美形である。
それを利用しての情報収集もお手の物なのだろう。
この一行は、ゾルカ以外が目を引く外見を持っていた。
ジュナイルは先述のとおりで、ムトーは度外れた巨体、
そしてフィラミラは言動はともかく華のある抜群の美少女だ。
ゾルカは、どちらかときかれれば割と整った顔立ちをしていると
答えてくれる人の方が多いかもしれない…というくらいの容姿であり
長身というほどでもないので特段目立たない。
「…何かトレードマークがいるな…
ハチマキとか派手なデザインの服とか…
いや、グレムドを持っていたら目立つよな!
そうだそうだ、そういうことだよ!」
「なにブツブツ言ってるの、デス君。
わたしも出かけてきていい?」
「いや、待って!
キミは一人で出て行ったら帰って来ない気がする!」
「そんなことないけどなあ…じゃあ、お部屋で読書しよっかな」
「…ああ、ついて来てくれるわけではないんだね」
フィラミラは魔導の研究が趣味のようなものだが、
古本あさりも好きなのだという。
彼女の性質からして、一人歩きをさせると古本屋巡りを始めて
戻って来ない可能性は十分ある。
「…ムトーは…」
「もちろん、お供しましょう」
「ありがとう!このパーティーの良心だあなたは!」
落ち着きがありボディーガードの意味でも頼りになるムトー。
彼とともに、ゾルカもグレムドの情報を得るため宿を出た。
しかし、全く情報を入手することはできなかった。
「おかしいな。
あんな有名な剣がこの街にあったっていうのに
何でみんなその後どうなったのか噂話のひとつも知らないわけ?」
そんな風にぼやくゾルカであるが、彼らが宿に戻ってから
一時間ほどで帰って来たジュナイルに話したところ鼻で笑われた。
「そりゃ聞き方が悪いんだ」
「じゃあ何ですか。
おねえさんに声をかけて一杯やりながら
聞けば良かったんですか先生」
「すねるなすねるな。
いくら聞き回っても出て来ないのなら、
剣じゃなくて持ち主の方を探ればいいのさ」
「…。」
「その線で聞き込んでみたところ、メレーベル家という貴族の
先々代当主が大暴れした後に姿を消したっていう事件は
ご老体方の記憶するところのようだ」
「その人がグレムドの剣士?」
「それを確かめるために話を聞かせてもらえるよう、
先方の屋敷のメイドさんに伝言を頼んでおいた」
段取りがいい。だがゾルカの機嫌は悪い。
「…デキる男ですね」
「おい何だその顔は。
お前、オレが事を進めると時々嫌そうにするよな」
「だってさぁ、リーダーとして俺も仕事したいんだよ」
「…」
ゾルカの告白を聞いて、ジュナイルとムトーは
『リーダーのつもりだったのか…』
と思ったが、一応補欠勇者を中心に結成されたパーティーだ。
そういうことにしておこうと、互いに目配せした。
「大将は本来どんと構えているもんだぜ。
オレは雑事をやっておいただけ」
「…そう?」
「ああ」
「まあ、そういうことなら出しゃばろうとした
俺が悪かったかなあ、はははは」
「全くだ。さあ、夕食にしようぜ」
翌日、メレーベル家を訪ねたのは昼過ぎのこと。
この日はこの時間なら現当主と話せるはずだと、
メイドが教えてくれたのだという。




