ローラ家の娘
ローラ家は、魔導に関する研究を行ってきた家系である。
魔導の力で明かりを灯し、街や室内、携帯用の照明器具となる
魔導灯などに用いられている、魔力を道具のエネルギーとして
利用する方法を完成させたのがフィラミラの祖父であり、
父も医療の中で活用できる技術を考案し活躍している。
が、同時にあまり役に立たない、己の好奇心を追及しただけの
研究も多く行っているのがこの家系の特徴で、
その中にたまたま人々の生活に革新をもたらすものが
あったと言う方が、実態としては当たる。
著名な魔導士は輩出していないが、魔導の名家ではあった。
「ただいまぁ~、お母さん」
「お帰り、今日は早かったわね」
帰宅したフィラミラに元気の良い返事をしたのは、母のフォールレ。
彼女は、両足が不自由だった。
幼いフィラミラが遊んでいる内に数メートルの高さの崖から
落下しかけた時、フォールレが彼女を抱え上げ落ちた。
フィラミラはかすり傷ひとつなかったが、フォールレは
それ以来歩くことができなくなった。
幼少のフィラミラは無論相当のショックを受けたが、
母は明るさを全く失わず、父ランベルトも
落ち込むことなくすぐさま妻の足を治すための研究を開始した。
フォールレが完治するには至っていないが、
魔導を医療に役立てるという成果はそこから生み出されている。
彼は泣きじゃくる娘に言った。
「起こったことを悔やんでも仕方ないんだ。
これからどうするかが大切なんだ。
母さんはお前を助けたことを後悔していないだろ。
だからお前も顔を上げて前を向け。
父さんは母さんの足を治すための研究をする、
お前はこれまでよりもっとお母さんのお手伝いをしなさい。
涙は今出し切って、明日からは楽しく生きるんだ。
それが、母さんにとって一番嬉しいことなんだ。
もちろん、私にとってもな」
そんな両親があって、今の快活なフィラミラがあると言える。
その彼女が魔導について学び、関連書籍を読みあさるのは、
純粋な興味と母の足を治す方法を探すためであった。
今のところ、それは見つかっていない。
しかし、読み終えた本の中に気になる記述があった。
『かつてグレート・トレンチがなく人々が自由に
海を行き来していた頃の言い伝えによれば、
ミラストラ大陸にはあらゆる傷や病に効果のある
植物が存在した』という。
おとぎ話に近いものである。真偽はわからない。
だが、かすかにでも可能性がないとは言えない。
フィラミラ自身も、ミラストラには興味がある。
好奇心と目的とが一致する場所、実在するとすればだが
それがミラストラなのである。
偶然、そこを目指そうとする者たちが現れた。
そんな酔狂な連中はそうそういるものではない。
フィラミラの人を見る直感は非常に鋭く、
それでいくと彼らは悪人ではないと思う。
一人で行動する方が性に合っているのは確かだが、
今のエルトフィアはそれほど甘くない状況だ。
「どうかした?フィラ」
物思いにふけるフィラミラに、フォールレが声をかける。
フィラミラは、立つことすらできない母の姿をずっと見てきた。
原因は自分にあるが、母は自分を助けられて良かったと
言ってくれたし、そのことに囚われないでほしいと望んだ。
だからフィラミラはこれまで明るく過ごしてきたが、
いつかは母のために行動を起こしたいという想いを秘めてきた。
「あなたがそんな真剣な顔で考え込むなんて珍しいじゃない」
「ううん…何でもない」
「言ってみなさい。お母さんに隠しごとができると思ってるの?」
微笑みながら、フォールレは言った。
娘はのめり込みがちな子であるが、家事の手伝いを
欠かすことはなかった。
それはいいのだが、母のためにという想いが強すぎて
本当に好きなことができないのではないかと、
母は母で心配していた。
「…もし、」
伏し目がちに、フィラミラは口を開く。
「わたしが旅に出たいって言ったら、お母さんはどう思う?」
「旅?」
その言葉を繰り返し、フォールレは驚いた様子だった。
娘はまだ十六歳になったばかりだ。
危険ではないかと、当然思う。
しかし、親の目ではまだ十六と見えても、
もう自分で考え、自分で決める頃なのだろう。
「やめなさい」
「…」
「と私が言ってやめられるのなら、やめなさい。
お母さんのためという理由なら、なおさらね」
「…違うよ、…お母さんのためにもなるかもしれない」
「行きたいのね?」
「行きたい!」
「どこへ?」
「ミラストラ!」
「…」
遥か北にある…かもしれないと言われている幻の地だ。
名を聞いてフォールレは呆気にとられたが、すぐに吹き出すように笑った。
「お父さんの血かしらねえ。
そういう、変なことに興味を持っちゃうところは」
「前に話したこと、あったでしょ」
「あったけど、実際に行くと言い出すなんて思わないわよ、
いくらあなたでも。誰も見たことのない場所になんて」
「そこに、何でも治せるかもしれない物があるかもしれないの!
かもしれないが重なっちゃってるからね、お母さんのことより
わたしの好奇心が優先されてるから」
「わかった、わかった」
うなずきながら、フォールレは娘の芸術品の如き髪を撫でた。
この心地良い手触りも、しばらくはこの家から消えることになりそうだ。
「お父さんにも許してもらえたら、行ってらっしゃい。
ただし、ひとつ約束すること」
「なに?」
「必ず、帰って来ることよ」
「任せて!わたし、どんなことがあっても必ず生き残る女だから」
まぶしい笑顔を見せるフィラミラ。
フォールレは、彼女を太陽のような子だと思っている。
明るく、あたたかい気持ちにさせてくれる。
きっと、家族だけでなく他の人々のことも照らしてくれることだろう。
「旅に出たい?」
「うん!」
「どうしても行きたいのか?」
「うん!」
「どこへ行くんだ?」
「ミラストラ!」
「ズルいな!父さんも行きたいぞ!
よし、ひとつ約束だ!必ず帰って来い!」
「任せて!わたし、どんなことがあっても絶対生き延びる女だから」
がっしりと、フィラミラはランベルトと握手を交わした。
父とは気性が似ているためかこれで済んでしまう。
が、後でフォールレに言われてしっかり説明することになった。
その日の夜。ゾルカらの泊まる宿『スターヒル』にフィラミラが訪れた。
それだけで宿全体が明るくなったかのような華やかさがあった。
「な、なぜここがわかったの」
「宿屋を片っ端からあたってみた」
「…何という行動力…」
「突然だけど、わたしもあなたたちと一緒に行かせてもらおうと思って」
それを聞いて、ゾルカのみならず後ろにいたジュナイルとムトーも
おお、と声を上げた。
今も三人で、フィラミラをどう説得するか思案していたところである。
「急にどうしたんだ」
ジュナイルが尋ねた。
「わたし、どうしてもミラストラ大陸にたどり着きたいの。
それには、やっぱり一人より四人の方がいいかと思ってね!」
「あ~、」
頬をかきながら、ゾルカが言う。
フィラミラの、星のように煌く澄んだ瞳を見て黙っていられなくなった。
「実は、俺たちがミラストラを目指しているというのは後付けで…
今は、行きたいと思ってるんだけど!それは本当なんだけど!」
「今そうならいいよ!魔王打倒、付き合ってあげましょう。
どうせ誰かがやらなきゃいけないんだしね。
その代わり、ミラストラ上陸もとことんやってもらうわ。
OK?」
「OKOK!OKよね、お二方!」
「ああ、どっちも他の誰にも真似できない旅になる。
望むところさ」
「世界のためになると信じ、私も参りますとも」
振り返るゾルカに、ジュナイルとムトーは笑顔でうなずく。
これで、旅の仲間はそろった。
出発の時は近い。
「目の前に立って改めて見ると背が高いねキミ…
ところで念のために言っておくと俺たちが倒すのは
ジュネートじゃなくてアスティアの方の魔王だからね」
「わかってるって、正規勇者さんが行ってない方でしょ。
戦うために魔法を使う時が本当に来るなんて実感がなかったけど、
世界を守るのは大事なことだもんね」
「うんうん」
「やってやろうじゃない!
魔王デスゾルカを倒しちゃおう!」
「それは俺の名前ッ!
魔王っぽい響きだけど、人間の名前だから!」
「あれ、そうだっけ?
魔王さんってお名前何ていうの?」
「それは本人の発表がないと…
いいだろ、とりあえず魔王で…」
しかし、今エルトフィアにはおそらく魔王が二人いるのである。
ややこしい時があるのは確かだ。
ゾルカの名前もややこしいのだが。




