麗しき変人
「あれ?」
話をしていた中庭で待っていると、
イルマは十分とたたずに戻って来た。
彼女の姿を見て、ゾルカは思わず声を上げたのだった。
「…気のせいかイルマさん一人のように見える…」
「間違いなく一人だね」
オニキスが腰に手を当てながら言った。
件の人物の姿はない。
読書に没頭していたら動かないと話してはいたが、
実際のところ呼ばれて本当に来ないなどということは
ないだろうとゾルカは思っていた。
「駄目でした」
到着するなり、イルマは言った。
見ればわかる。
しかし納得はできない。
「本を読むのに夢中だったから?」
「ええ」
「先生が呼んでも来ない…」
「ええ」
「なぜだッッ」
「そういう子としか…多分先生が呼んでいるという
認識がなかったかも…
放課後また呼びに行きますから、
それでよければ待っていてください」
「…お願いします…」
常識や協調性に不安は残るが、オニキスに
学院の歴史で一番かもしれないとまで言わしめる
絶大な魔力を秘める少女。
それほどの人材に出会える機会など
これを逃せばおそらくもうない。
ここは粘る他はなかった。
制服を着ていないため歩き回ると怪しまれて
追い出されるかもしれないので、
ゾルカは物陰でおとなしく待った。
そして放課後、「さすがにあの子もそろそろ帰ると思うので」と
ゾルカに声をかけイルマは再度図書館へ。
やがて戻って来た彼女の隣には遠目にもすらりとして目を引き、
颯爽と歩く姿が注目を集める少女の姿があった。
おおっ、と感嘆の声を上げたゾルカは、近づいて来るにつれ
明らかになってくる少女の端麗な顔立ちと容姿に驚きを隠せなかった。
「(ええぇぇぇぇ、あんな綺麗な子なの!?
もし仲間になってくれたらずっと緊張しっぱなしだよ!
ジュナイルとかムトーとは違う意味で疲れそうだよ)」
などと考えている内に二人はゾルカの前に立った。
「お待たせしました、この子がフィラです…ああ、あだ名ですけど。
フィラ、こちらデビルゾルカ・レビさん」
「いや、デスゾルカです…余計に魔的な名前にしないでください…」
「あ、し、失礼、悪魔っぽいお名前だなって思っていたらつい…
フィラ、こちらデスゾルカ・レビさん」
「フィラミラ・リラ・ローラです、よろしく」
フィラミラと名乗った少女は、軽く頭を下げた。
赤みがかった長くつややかな金髪がさらさらと肩に流れる。
顔を上げた彼女の瞳は紫水晶のような色と輝きを持っていて、
瑞々しい白い肌と相まって非常に魅惑的に見えた。
オニキスはとびきりの、と表現したが、面と向かってみると
それは大袈裟では全くなく、まさに
抜群の、と言うべき美貌であった。
しなやかな四肢は長く、上背もあって均整の取れた見事な体形だった。
また、仕草が華麗で品があるように感じられた。
「こ、こちらこそよろしく。
イルマさんから多少聞いていると思いますが…」
なぜか直立不動でゾルカが言うと、フィラミラは小さく首をかしげた。
「何か言ってたっけ、イルマさん?」
それを聞いて、イルマはため息をつく。
「言ったでしょ。旅の仲間を探してるんだって」
「何の旅?」
ゾルカに目を戻し尋ねるフィラミラ。柔らかくもよく通る声だった。
「ええと、世のため人のためというか、何というか…」
「すみません!行かない」
「へ」
「それじゃ、わたし帰ってやりたいことがあるので!
さよならぁ~」
「いやいやいや!まだ話し始めてから一分もたってないよ!?」
「ちょっと、フィラ~!?」
「さっき読んだ本に面白いことが書いてあったの、
試したいの今すぐに!
またね、イルマさん!隣の人、グッドラック!」
そう言うと、フィラミラは左手を軽く挙げ走って行った。
とんでもない俊足である。あっという間に見えなくなった。
あれでは呼び止めようにも間に合わないし、
追いかけようにも追いつけない。
ゾルカも健脚だが、彼女の加速が素晴らしすぎる。
残されたゾルカとイルマは、夕日に染まる空の下佇むしかなかった。
「…スイッチが入っちゃうとじっとしてない…か…」
「オニキス先生が言っていたんですね。
そうなんです、あの子に世のため人のためと言っても
無意味だと思いますよ。
自分の興味よりその方が重大だ、とはならないんです。
そういう考え方には関心がないんですよ」
「…ある意味変人というやつですね」
「ある意味というより完全に、でしょうね。
どこか欠けたところがあります、いい子ですけどね」
「ちょっと待ってくれよまた変人かァァァ!
まともな人間は俺しかいないのか!
どうなっているんだ!」
とはその場では言わずひとまず腹に納める。
一度持ち帰って、ジュナイルやムトーと相談することにした。
「…というわけで、また風変わりな子だったんだけども」
宿で二人にフィラミラの話をすると、ムトーが目を丸くした。
「またとは心外ですねぇ、
私のような常識人もいるというのに」
それを聞いて、ジュナイルは笑いながら右手をひらひらと振る。
「いきすぎた常識人ってのは傍から見りゃ非常識なもんさ。
ここ数日でもあっただろ、ケンカや酔っ払いを見つける度に
首突っ込んで説教たれてるヤツがまともなもんかい」
「それで、」
心の中でジュナイルに同意しつつ、ゾルカは口を挟んだ。
「妙なところはあるけど魔力については
シャンデラ魔導学院の先生のお墨付きだ、
それほどの子が入ってくれれば頼もしいし
彼女に狙いを絞ろうと思うんだけど」
「オレは賛成するぜ。
もともとイカレた目的の旅だ、
きちんとした人間じゃついて来られねえさ」
「私も反対はしませんが、まだ十六歳になるかならないかでは
ご両親が許してくださるかどうかが気にかかりますね」
二人の同意は得られた。
後は根気良くフィラミラを説得するしかない。
今後は三人で挑んだ方がいいだろう。




