宝石か、石ころか
「ムトー・ムネトシと申します」
路地を出て見つけた喫茶店で、店内の視線を独占する
大男はそう名乗った。
ゾルカは自分のことを棚に上げて変わった名前だな、と思ったが、
「響きからいって、ワムト国の出身か?」
さすがの博識を披露しジュナイルが尋ねた。
「そうです」
エルトフィア大陸の遥か東の海に浮かぶ小さな島国、
それがワムト国である。
長らく隔絶された環境にあった歴史のため、
独自の文化を持っていた。
今では少ないながらも大陸と結ぶ定期船が出ているが、
大陸においてはワムト人を頻繁に見かけるということはない。
「悪いがムネトシは呼びにくいな、
ムトーと呼ばせてもらうぜ」
ゾルカとともに自己紹介を終え、ジュナイルは早速本題に入る。
回復魔法の使い手を引き入れるまたとない機会だ。
しかしゾルカは実は、承知してもらいたい気持ちと
承知してもらいたくない気持ちが半々であったが。
「お前さんも旅の途中のようだが、目的は何だいムトー」
「魔王が出現し魔物も増え、アスティアが滅ぶという事態にまで至り、
エルトフィア地方には助けを待つ人々が多くいることと思います。
ワムト国は遥か海の向こう、影響はまだ出ておりません。
そこで私は今、神の力を必要とする方々のお役に立てるよう
微力ながら働きたいと考え、このシャンデラにやって来たのです」
椅子の背にもたれることなく、まっすぐに二人を見ながら話すムトー。
面と向かい耳を傾けると、誰もが彼の言葉を信じるだろうと思わせる。
外見は豪傑のそれだが、聖職者にふさわしい八面玲瓏な人柄らしい。
ゾルカの当面の目標をありのままに話すと失敗するかもしれないと
ジュナイルは思った。
だが、最終的な目的はムトーの志とも合致するはずである。
「市井で自分の目に映る人々を助けるのは尊いことだな。
が、神官はどの街にもいるし先刻のような問題は人同士のこと、
そいつは人で解決できる。
ただの人じゃあどうにもならねえのがお前さんも言った魔王の件だ。
相手が異界の存在なら、これをどうにかできるのは英雄か大馬鹿、
どちらにしろ振り切った者にしか手に負えねえ。
そうだろう」
「あなた方は、そのどちらかになろうとしているのですか」
穏やかな口調で、ムトーは尋ねた。
その瞳は、透き通る水をたたえた泉の如く澄んでいる。
人々の助けになりたいと、はるばる海を渡って来た男だ。
心も瞳と同じく、澄んでいることだろう。
「オレはおまけさ。こいつがね」
ぽん、とジュナイルはゾルカの肩に手を置いた。
「よく聞けよ、ムトー。
こいつは勇者なんだ」
「勇者?」
「補欠だけどな」
「補欠…というと、最近時折報道されている…」
「まさにそれだ、世間はゾルカのことは知らないが。
補欠勇者は原石だ、今現在は普通のガキだし
宝石になるか道端の石ころで終わるかわからない。
どちらにせよ磨いてみないことには答えは出ねえ、
ちょいと手助けしてくれねえか、ムトー。
全てにおいて未熟でも、こいつは転がったままじゃなく
輝こうと自ら動き出したんだ」
「…」
ムトーはゾルカに目を移し、じっと見た。
いかにも利発そうなとか、不敵とか、
そういった面構えをしているわけではない。
ただ、鮮やかだがたやすく手折られそうな華ではなく、
踏まれても起き上がる野の草のような生命力を感じる。
それは、いかなる苦難にも負けず生き抜き成し遂げる、
英雄たる者のひとつの要素ではなかろうか。
「…魔王を倒すおつもりですか?」
様子は変わらない。
しかし、ムトーの言葉にはそれまで以上の強い意思があった。
魔王を倒すという目的を明確に持ち、
実際に動ける者は多くはない。
それを成そうとすることになれば、己の人生は大きく変わる。
目の前の若者に、自分がその大きな決断を下すだけの
何かがあるか。
「…俺は、」
ゾルカは、少し間を置いて口を開いた。
「有名になりたい」
「…」
「勇者になるのはそれからでも遅くない。そして…」
「今すぐ口を閉じろ、ゾルカ!
オレがせっかくいい方向に話を持っていったのに!」
不必要に正直に想いを述べたゾルカの耳を、
ジュナイルが引っ張った。
真面目そのものといった性格のムトーには受け入れがたい
答えだったに違いない。
だが、ゾルカは反論した。
「いいだろ、みんなに認められてこそ勇者だ!
それで大陸中から応援されちゃったら、
魔王を倒すしかなくなっちゃうんじゃないかなー!」
「ああ、駄目だこりゃ!
神官はまた改めて探そう!
悪かったなムトー、こんな俗なヤツ紹介して」
「私でよろしければ、ともに行かせていただきましょう」
『え!?』
意外なムトーの返事に、小突き合っていたゾルカとジュナイルは
そろって声を上げた。
「い、いいんですかムトーさん」
「お前さんとは正反対のヤツだぞ。
欲深くお調子者で実力もないんだぞ」
「…おい、明らかに言いすぎだろジュナイル」
「何でまた受ける気になったんだ」
「あなたが言ったではないですか」
瞳を細めて、ムトーは答える。
決断を下す『何か』があったわけではなかった。
それでも今は、己の感じるままに動いてみよう。
そう思えた。
「磨いてみないことには答えは出ない。
彼が勇者となるのか俗物でしかないのか…
今こうしているのも神のお導きでしょう、お手伝いします。
ひとまず、答えが出るまで」
その先に、ムトーの願いが実現する道があるのかもしれない。
世界と、人々に平和が訪れた未来。
「ところでムトーさん、おいくつなんですか?
意外と三十五歳くらいだったりして。
貫禄はあるけど肌とか結構綺麗だから、はははは」
「私は、二十七歳です」
「ねえ、二十七歳にしては若く見え…
二十七!?
神官ってこんなに落ち着きが出ちゃうの!?」
「神官がどうとかじゃないだろ。
ムトーが老けてるだけだよ」
ゾルカ十八歳。ジュナイル二十歳。ムトー二十七歳。
頼れる大人の男が仲間に加わった。




