白い巨人
二人はジュナイルが滞在している宿に行くことにした。
彼はすでに数日間そこに宿泊しており、
当面はそこを拠点にしようという話になったのだった。
食堂を出ると、夕暮れが近い。
街の色が変わり始める中、丘のエリアから平地エリアを
見渡しながら歩く。
ミルフェ村にいる時はあまり感じなかったが、
アルトリアとは全く異なる風景に、今更ながらゾルカは
自分が異国にいることを実感していた。
「そういえばお前さん、その剣」
ゾルカの腰のレビブレイドを示すジュナイル。
「ずいぶん年季が入っているようだが、その古い鉄の剣じゃ
遠からずきつくなるかもな」
「これはウチに伝わる由緒正しい物なんだ」
「そうなのか?
市販の鉄の剣にしか見えないが…
まあいい、オレ以外の仲間についてだが。
旅をするなら二人じゃ辛い、とはいえあまり多人数でも
動きづらいだろう、あと二人くらい集めたいところだな」
「あと二人か…どんな人がいいかな」
「最低条件として、魔法が使えることだ。
それも、できれば白黒の専門家がいい」
「回復魔法と、攻撃魔法?」
「ざっくり言うと、そうだな」
「そうだよなあ、俺もジュナイルも使えないもんな」
本格的に冒険をするなら、魔法の使い手は必須と言える。
魔法を使うには適正があって、強弱はあれ魔力自体は
誰でも持っているものの、魔力を操る『魔導』の技術については
先天的な資質によるところが大きい。
ゾルカは自分に適正があるのかないのかまだ知らない。
「でもどうやって探すの?
ジュナイルと行くことになったのは事故みたいなものだもんな」
「ははは、もう少し言葉を選べよ。
例えば掲示板で仲間を募集している奴を探すか、
オレたちの方で募集するか…」
話しながら歩いていると、騒ぎ声が聞こえてきた。
左手に見える路地の方からのようだった。
丘のエリアは衛兵の巡回もあり平穏が保たれ
ゴミ一つ落ちていないほど清潔だが、
下の方に降りて来るにつれ喧騒が戻って来る。
オードラン旅行記には、シャンデラの上と下それぞれの
雰囲気が混在するこの付近も、
歩いてみれば楽しいものであると下手な文章で書いてあったが、
ゾルカは読んでいない。
「おい、ちょっと覗いてみようぜ」
足を止め、ジュナイルは親指で路地を示した。
なぜか満面の笑みを浮かべている。
ゾルカは、露骨に嫌そうな顔をした。
「やめときなさいよ、明らかにケンカしてるよ」
「だからこそじゃねえか、行くぜ」
喜々として、ジュナイルは行ってしまう。
改めて厄介な同行者ができてしまったと思いながらも、
仕方なくゾルカは後を追った。
やや薄暗い路地を縫うように進み入ると、すぐに
騒ぎの現場となっている店を発見することができた。
酒場らしい。入口の前には野次馬連中が集まっていた。
中から、男の怒鳴り声が聞こえる。
早速入ろうとジュナイルが人だかりをかき分けようとした時、
大きな音をたてて扉が勢い良く開いた。
野次馬が一斉に飛び退き、同時に大柄な男が二人、
ゾルカとジュナイルの前に転がった。
どちらも見るからに屈強そうな体格と人相をしているが、
表情には明らかな怯えの色があった。
何事かとゾルカが目を丸くしていると、
開いた扉の奥から頭をかがめて巨人のような大男が
ぬっ、と姿を現した。
長身のジュナイルよりもさらに頭ひとつふたつ高く、
筋骨のたくましいことは歴戦の猛者のようであった。
鼻の下にたくわえた髭と、いかつい巨体に似合わぬ
柔和な眼差しが重厚な威厳を感じさせる。
ジュナイルはおおっ、と声を上げたが、
ゾルカは足がすくむ思いであった。
「(うわあ、やばい!
やばい人が出て来ちゃったよ!
二、三十年は無敗で修羅の道を歩んでいそうな
王者の風格!
でも何だろうあの服、正直似合ってない!)」
まるで聖職者のような白い装束である。
岩をも砕きそうな鋼の肉体には違和感しかない。
「すみません!すみません!」
「勘弁してください、もうしませんから!」
転がっていた二人の男が土下座すると、大男はにっこりと笑った。
「わかっていただければよいのです。
これからは人様に迷惑をかけず、仲良くしてください」
重々しい声で語りかける大男に何度もうなずき、
二人の男は逃げるように去って行った。
店内や見物人たちの間から、大男に向けた拍手が起こる。
ゾルカはそっとこの場を離れようとしたが、
あろうことかジュナイルが大男に声をかけた。
「よう、やるじゃねえかお前さん。
どうだい、一杯付き合わねえか」
ゆっくりと振り向いた大男は、深く頭を下げた。
その動作だけでも、かなりの迫力がある。
腰を折る動きで髪が揺れるほどの風が来た…ような気がした。
「私は修行中の身ですので、
お気持ちだけいただいておきます。
ここへも、騒ぎを聞き立ち寄っただけですので」
「なあに、水でも茶でも一杯は一杯さ。
喫茶店にでも入ろう、なあゾルカ」
「ままま、待ったジュナイル」
顔を向けられ、ゾルカは慌てふためいた。
なぜこんな巨漢と喫茶店でお茶しなければならないのだ。
ジュナイルなら女性を誘うのもお手の物のはず(想像だが)だし、
どう見ても自分たちが求めている人材でもない。
色々な意味で冗談じゃないと思った。
「こちら拳闘王か何かでしょ、
控え目に言っても戦士でしょ。
戦士はもういるから」
「いいえ、私は神官です」
「ほら、神官だって!
…何ですって!?神官!?
こんなに鍛えないと神様にはお仕えできないの!?」
「見りゃわかるだろ、この白装束は光の神エウリスの神官のものだ。
わかったらさっさとついて来な」
大男を連れ歩き始めながら、ジュナイルはゾルカに促した。
文は下手だがさすがに物は知っている。
ゾルカはあの白装束が似合っていないことばかり
気にしていたが、歴とした神官の正装だったのだ。
神官は回復魔法を修得しているはずだ。
だからこそ、彼は大男に声をかけたのである。
だがそれは、大男を仲間にしようとしているということだ。
あの掴み所のないジュナイルに加え人並外れた巨体の男までが
同行することになったら。
「…お…俺が想像してきた冒険とはまるで違う…
気疲れしっぱなしの旅になっちゃうんじゃないかこれ…」
たくましく頼もしい戦士。
穏やかで献身的な神官。
博識で冷静な魔導士。
そんな仲間を引き連れて様々な困難に立ち向かう。
幼い頃から幾度となく思い描いてきた冒険の旅。
今のところはそれと全く異なった方へと進んでいる気がした。




