名前の理由
高台に建つだけあって、ただの食堂でも眺望は素晴らしい。
しかし、思い出したように空腹を覚え始めたデスゾルカは
メニューの方に見入っている。
それを微笑ましそうに眺めていたジュナイルは、
「遠慮せずに好きな物を頼みな。
これでも懐具合は悪くないんでね」
と声をかけた。
うなずいて、デスゾルカは普段なら選択肢に入らない
高額帯の料理を五品とデザートを三品注文する。
次から次へと店員に料理名を告げるその様子に見かねて、
これは大人として一言かけねばならないと思い
ジュナイルはテーブルに人差し指をとん、と置いた。
「おい、オレは好きなだけ頼めとは言ってないぞ。
好きな物を頼めと言ったんだ」
「これ全部好き」
「…なら仕方ないな。
お前さんの胃袋に限界があって良かったよ」
少年の純粋な答えに、それ以上の言葉が出なかった。
そんなジュナイルについて知るため
料理が出て来るのを待っている間にきいておこうと、
デスゾルカの方も口を開いた。
「ところで、何でお金に困っていないんですか?」
「敬語はいらねえよ。
何だ、あんな本を出していて儲かってるのかと言いたいのか」
「正直に言うと、そう」
オードラン旅行記の内容は、素人目に見てもひどい。
売れているとは思えない。
いや、売れているわけがない。
「確かに、本は売れてない」
さして気にした様子もなく、著者はあっけらかんとして答えた。
「路銀の足しにしようと書いているんだが副業の方が稼げているんでね、
オレ一人が旅をするくらいなら困らないわけだ」
「副業?」
「こいつさ」
言いながら、ジュナイルはテーブルに立て掛けた剣の柄頭に手を乗せた。
武器を持っていること自体は世界の状況が状況なので普通のことだが、
それを仕事の道具にしているとなると意味合いは違う。
「剣士さん?」
「剣士っていうほど真っ当に剣の道を歩んでいないからな、
戦士ってことにしてる。自称だが。
お前さんは…そうだ、名前をまだ聞いてなかった」
「失敬失敬、俺はデスゾルカ・レビ」
「…お前さん、ご先祖に魔族とかいる?」
「また!まただ!」
「またって、お前さんのご尊名についてか?
そりゃ誰でもきくだろ、名前にデスだぞ。
ご両親がどんな願いを込めたのか気になるのが人情ってもんだ」
ジュナイルの言うことはもっともであるが、デスゾルカにしてみれば
幼い頃から名乗る度に聞き直されたり
素性について尋ねられたりするわけで。
辟易してはいるものの、
もし自分が相手の立場だったらやはり尋ねると思う。
「…俺の父親はリグルス・ド・レビっていうんだけど、
俺にはカルゾス・デ・レビって名付けようとしたんだって。
でも、何でか届け出た時に…」
「ひっくり返っていたわけか」
普通に考えればありえない話である。
父がでっち上げたのではないかと疑っていた時期もあったが、
当時受け付けたのが役場最年長の男性で、
デスゾルカの名前の問題が起きた直後に限界を感じ引退したという話を
近所のおばさんから聞いて信じるようになった。
物心ついて己の名前に他人が疑問を抱くことを認識したデスゾルカは、
自分のことはゾルカと呼ぶよう周囲に懇願した。
その必死さに人々は心打たれ、彼の希望どおりにした。
「ご両親の対応は?」
「…訂正しに行かなかった。
強そうでいいじゃないかと思ったって。
母親の方は常識人のはずなんだけど、
間違って付いた名前を絶賛する父さんと一緒に
盛り上がっちゃって、いつの間にか自分も気に入ったらしい。
今でも本当はデスゾルカって呼びたいと
本気で思ってるみたいなんだよなあ」
「ふぅん、まあいいじゃねえか、名でひと盛り上がりできるし。
なあ、デス君」
「呼ぶなら後半部分にして!
縁起が悪い気がする」
「わかったわかった、ゾルカな」
名前の話題がひと段落ついたところで、早くできた物から料理が届き始めた。
食事を進めながら、再びゾルカが質問する。
「戦士で稼げてるってことは、強いんだね」
「それほどじゃあないさ、
今のご時世そこそこ遣えりゃいくらでも仕事はあるからな。
特別強いってわけじゃない、金払いのいい雇い主を見極めりゃいいんだ。
世渡りがうまいだけさ」
謙遜するジュナイルだが、それなりに腕に自信がなければ
剣で稼ごうとは思わない。
眉目秀麗な見た目どおり、スマートに戦うことができるのだろう。
勝手に想像を膨らませ頭の中でジュナイルが華麗に魔物を一刀両断すると、
奢ってもらっている身でありながらゾルカはちょっと不機嫌になった。
「何だ、まずかったのか?その料理」
「いや、かなりうまい」
「だったら何なんだ、その顔は…」
「何で旅をしようと?」
「オレの目的は単純明快、楽しむこと。
各地の名所もそう。メシもそう。人もそうさ」
にやりと笑い、ジュナイルはゾルカを指差した。
「俺?」
ゾルカも、自分を指差す。
「ああ。いいかい、信じる信じないは自由だが、
オレにはちょっとした予知能力があるんだ」
「予知というと、未来の出来事がわかるという…」
「それ。あの時、オレには見えた。
お前さんがオレの本を手に取り、悪態をつく場面がね」
「本当か!?」
「信じる信じないは自由だって言ったろ。
で、聞いてみたらその悪態があまりにもストレートで面白かったんで、
メシでも奢ってやろうかと思ったわけだ。オレの目的に適う人物だったのさ」
ひねくれていると言っていいのか、とにかく妙な考え方の持ち主である。
外見は爽やかだが中身は厄介そうな人物のようだった。
「…あんたも大概変人だなあ。
でも、その予知ってのが本物なら無敵だよね」
「ところが神様はそこまでオレを贔屓してくれちゃいないらしい。
オレの予知には二つの限界があるんだ」
コップの水を一口喉に流し込み、ジュナイルは自嘲気味に笑った。
「はあ」
予知できるという時点ですでに人間の限界を超えていると思うが、
とりあえずゾルカは黙っておいた。
「まず一つ、」
そう言ってジュナイルは左手の人差し指を立てる。
「ほんの二、三秒先が見えるに過ぎない。
そしてもう一つ」
続けて、中指も立てた。
「どうでもいい時にしか見えない」
「へ?」
「例えば今、店に青シャツ白ズボンの太ったおっちゃんが入って来るとか」
少し間を置いて、店の扉が開いてそのとおりの容姿・服装の男性が入って来た。
驚くゾルカに、ジュナイルはウインクして見せる。
「って具合にな。これまでのところ、オレがこの力で得をしたことはないね」
確かに、予知と言えば聞こえはいいが何の役にも立たなさそうな能力だ。
己の利益になる予知はできないということなのだろうか。
ならばなぜ彼がそんな力を授かったのかわからない。




