オードラン旅行記
エルトフィア大陸のほぼ中央に位置するシャンデラ。
前述のとおり大陸最大の都市であるが、
元は丘の斜面に張り付くように造られた町で、
大陸の真ん中という地理もあって人や物が集まり
その丘を中心に急速に規模が拡大されていった。
特徴として、大きく分けて二つの区域がある。
平地に環状に広がるエリアと、その内側の丘のエリア。
平地のエリアはいわゆる下町で、住宅街が大部分を占める雑多な地帯である。
丘のエリアには王城レッド・タワーをはじめ重要な施設や高級住宅街があり、
観光名所や商業施設も多く日々多くの人々が集まっていた。
街の中心にそびえるレッド・タワーは一般的に思い浮かべられる城とは違い、
その形状は外壁が全て赤い塔であり、天にも届かんばかりの高さを誇る。
そのため遠く離れた場所からも目にすることができ、
ジェストールのみならずエルトフィアを代表する建造物となっていた。
ということもあって、デスゾルカはシャンデラの街に到着する前から
視界に入るレッド・タワーに高揚しっぱなしであった。
彼は一人で来たわけではない。
魔物の出現に備え傭兵を伴って旅をするキャラバンに料金を支払い
同行させてもらう方法を採った。
もともと野盗を警戒して古くから行われていたこの手段は魔王の出現以降、
警戒の対象が魔物に変わり利用者が急増した。
用心した甲斐あって無事にシャンデラに到着したデスゾルカは、
丘のエリアに直行した。
目指す区域に入って、思いついたことがあった。
「そうだ!ガイド本を買おう」
長くシャンデラにとどまることになる予定である。
だが、デスゾルカはあまりこの街に詳しくない。
何度も報道されて誰もが知っている程度の情報しか持っていなかった。
そこで、生活していく上で必要なこと、様々な店などが紹介された本を
持っておこうと考えたのだ。
早速購入しようと、最寄りの書店に入ることにした。
目当ての建物を探しがてらふと横に目をやると、広がる景色は美しい。
丘の中腹に当たる位置に築かれた店が立ち並ぶこの場所は、
眼下の風景を楽しみながら買い物ができるのだ。
「ん?」
景色から書店に視線を戻すと、店先に並べられた商品の中で
一際堆く積まれた本に目が留まった。
人気商品なのかと、足を止めて表紙を覗き込む。
タイトルは…
「オードラン旅行記・ジェストール編…
へぇ、この国全体について書いてあるのか」
手に取って、目を通してみる。
やはり、巻頭はシャンデラの項目だった。
「…『この国のお城はレッド・タワーという塔なのだ。
赤くて、高かった。どうやって造ったのだろう。すごい』
…何?何だこれ。この下手な文!
つまらない本だな、少しも役に立たないぞ。
出版していいのかこんなもの」
「こりゃまたずいぶん辛口だな。
かえって気持ちいいくらいだねえ」
「え?」
後ろから聞こえてきた明るい調子の声に振り返る。
そこには細身ながら長身の、そして男のデスゾルカでも
どきりとするほどの美青年が立っていた。
爽やかな笑顔に、日の光を受けて輝く銀髪が神秘的な雰囲気を醸し出し、
何気なく歩くだけでも多くの女性を惹き付けるであろうことは想像に難くない。
デスゾルカがあまり好きではないタイプだ。
「ええと、どちら様?」
やや不審に思いながら尋ねると、美青年は肩をすくめてふっ、と笑う。
本人にすかした様子は見られないがその仕草が様になっていて、
少々癪に障った。
「おっと、失礼。
オレはオードラン・ジュナイルってもんだ。現在二十歳」
「はあ、どうも…ん、オードラン?」
「そう、オードラン。あちらからこちらへ流れる渡り鳥、
そしてその旅行記の著者」
「…」
言われて、デスゾルカは手にしていた本の表紙に目を落とした。
タイトルはオードラン旅行記・ジェストール編。
著者名はオードラン・ジュナイル。
「…本物?」
「わざわざオレの名を騙る酔狂な奴もいないさ。
一流作家様のフリをする方が笑ってもらえるだけマシってもんだぜ」
よく舌が回る男である。
やや口が悪いのがキリクを思い出させるが、声質か話し方か、
こちらの方がスマートな印象を受ける。
とにかく、デスゾルカは頭を下げた。
「失礼しました」
「謝ることはない、お客さんには好きに感想を言う権利があるのさ。
いや、まだ買ってくれてなかったっけか、ハハハ」
「は、ははは…」
相手に合わせ、口角を引きつらせるようにして笑いながら思う。
これだけよどみなく話せる男の頭の、どこをどう通ると
あの文章が出て来るのだろうか。
心底不思議だった。
そして、なぜこの本は出版できたのだろう。
「ところでお前さん、この街の人間じゃないな。
そういうオレも地元民じゃないんだが。
昼メシは済んだかい?
袖振り合うも多生の縁ってやつだ、どうだい?
奢るぜ」
「俺、そんなにお金持ってないよ!?」
「奢るって言ってるだろ。
別の心配をしてるのか、安心しろって何かの勧誘とかじゃねえから。
それならもっと丸々太った獲物を狙うよ、
さあ行こうじゃないか少年」
「待って!これってもしかしてナンパというやつか!?
嫌だ、生まれて初めてのお誘いが男からだなんて!」
抵抗虚しく、ジュナイルに腕を掴まれたデスゾルカは
引きずられるようにその場を離れる。
細身でありながら存外なジュナイルの力に驚きながら、
近くの食堂に入ることになった。




