異国
―――――夢か、それとも天国か。
デスゾルカは、食事をしていた。光り輝く世界で。
広いテーブルの上に並ぶ焼きたてのパンに
あたたかなスープ、瑞々しい果物。
肉も魚も野菜も、何もかもそろっていた。
ふかふかのパンをかじっていると、
美しい女性が現れてグラスに紅茶を注いでくれた。
「ちょっと、おねえさん!
そんなおしゃれなもの飲みながら食事なんてできないよ!
おれはメシの時はミルクなの!
ミルクちょうだいミルク!」―――――
―――――「何だ、目を覚ましたのか。
残念ながらミルクは積んでいないぞ」
「へ?」
声のした方に顔を向けると、
恰幅のいい中年男性があぐらをかいて座っていた。
頬を、冷たい風が撫でる。
周りを見回してみて、デスゾルカは愕然とした。
景色が飛ぶように流れていく。
視線を落とすと、水面があった。
彼は、舟の上にいたのだ。
「ここどこぉぉぉ!?あたたたた!」
左頬に、痛みがあった。続いて、あちこちに痛みが走った。
中年男性が、心配そうに覗き込んでくる。
「落ち着け落ち着け、おとなしくしておくんだ。
手当てはしておいたが、体中に傷があったからな」
「は、はあ、ありがとうございます」
「その頬、かなり鋭い切り口のようだが、一体どうしたんだ」
「ええと、よく覚えてない」
本当は覚えている。忘れるはずもない。
だが、あんな出来事を今話しても詮無いことだ。
「おれ、どうしてこの舟に?」
「荷物を積んで川を下っていたら、岩に引っかかっていたんだよ。
だから引き上げたんだ、
この舟には三人乗っているがなかなか難儀だった。
運が良かったな、もし引っかからずに流されていたら
身体がボロボロになっていたぞ」
「やっぱしおれは死なない…いや死ねないんだな…
ふふふ、当然だ…
いや!それより今どの辺!?」
「ついさっき、ファンフランに入ったところだな」
「なるほど、ファンフランか…ファンフラン…
…ええええええ!?それってファンフラン王国!?」
「そうだが」
驚愕するデスゾルカに、
中年男性は当たり前だろと言いたげな様子で答えた。
ファンフランは五大国のひとつで、
アルトリアから見れば遥か南に位置する。
「すごく速いんですねこの舟」
「確かに川の流れは速かったが、
君が丸三日眠り続けていたということもあるな」
「三日も!?」
ファンフラン国内まで到達するのが早いなと思ったが、
しっかり時間は経過していたらしい。
よく眠ったおかげか、身体の調子は悪くなかった。
「三日間飲まず食わずで…」
「何を言ってるんだ、きっちり食べていたぞ。
さっきだってパンを食べていてミルクをくれとか
言い出したじゃないか」
「え」
そう言われてみると、目覚めた時自分は横になっていなかったし
すぐそこにパンが乗っていたとおぼしき皿も転がっている。
夢だと思っていたが、現実でもちゃんと食べていたようだ。
どうりで空腹を感じないはずである。
それはともかく、問題は
ファンフラン王国まで来てしまったことだ。
アルトリアはもちろん、母と妹が向かうとしていた
ミルフェ村はとんでもなく遠く、
どうやって行けばよいのか全くわからない。
国外へ出たことのなかったデスゾルカが、遥かな異国の地に一人。
所持金は子供の小遣い程度のもの。
幸いレビブレイドは脇に置かれていたが、
それ以外は流されてしまっただろう。
「おじさん!おれを拾った所まで戻ってくれない!?」
「戻れるわけないだろ。どれだけ遠いと思ってるんだ」
「そこを何とか!おれ、ミルフェ村に行かなきゃいけないんだ」
「ミルフェ村?どこだい?」
「ジェストール王国の…」
「う~ん、聞いたことがないなぁ」
首をひねる男性。
他国の小さな村のことなど知っているはずはない。
デスゾルカは、両手で頭を抱えた。
その様子を見て気の毒に思ったのか、
男性は彼の肩に手を置いた。
「とりあえずファンフランの王都ヴィルレーに
行ってみたらどうだ?
ヴィルレーとジェストールの王都シャンデラは
往復している商人なんかも多いから、
子供一人くらいなら同行させてくれるかもしれないよ。
俺もヴィルレーに行くところだから、
そこまでなら連れて行ってやるよ」
その言葉を聞いたデスゾルカは、ぱっ、と顔を上げる。
男性に向けられた表情は、すでに笑顔であった。
「ありがとう!よろしくね、おじさん!」
「おじさんじゃなくてよォ、
ファンフラン一の人徳者グラントさんだ!
「おれはデスゾルカ・レビ!未来の勇者だ!」
「…変わった名前だな。呪術師か何かの家系か?」
「勇者だって!…勇者の予定です」
死の淵から拾い上げられたデスゾルカ。
ミルフェ村に向かうはずだった彼は、運命と川に翻弄され
ヴィルレーを目指すことに。
初めての旅、初めての異国。
安否のわからぬ家族と友。
不安だらけの中、デスゾルカは新たな一歩を踏み出す。




