才能救出公社
小学校のときのあだ名は「グズハラ」だった。私の姓は楠原だが、あまりにもグズだったために自然にそう呼ばれるようになった。
とにかく、なにをやってもだめ。スポーツもだめ。音楽もだめ。勉強も……数学がなんとか普通だったことを除けば他は全部だめ。だから、ずっとイジメられてきた。
担任の教師は、
「いいですか、みなさん。楠原くんをバカにしてはいけません。誰でも秘められた能力、秘められた才能を持っているんです」
とたびたび説教したが、クラスメートは目を伏せたまま苦笑いするだけだった。当然だ。だって私自身、その空虚な説教に苦笑いするしかなかったのだから……。
結局、その後もなにひとつまともにできることはなく、進学も就職も失敗ばかり。いまは短期のアルバイトでなんとか食いつないでいるものの、将来が見えない。生きていく希望がない。
だから私は樹海へ向かった。
さよなら、グズな私。さよなら、ろくでもない世界。
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自分の首にロープを巻き付けて大きく息を吸い込んだそのとき、目の前にまばゆく光るカプセル? のようなものが現れ、中からジャンプスーツを来た男が降りてきた。
呆然と立ち尽くす私にその奇妙な姿の男はにっこりと微笑みながら、自分は未来……25世紀から私を迎えに来たといった。
「私たち“才能救出公社”は、埋もれた才能をスカウトするのが仕事なんです」
「う、埋もれた、なんだって?」
「才能です」
「はあ?」
「そうですね。たとえば、飛行機がない時代に生まれた天才パイロット。外科手術が行われていなかった時代に生まれた、天才外科医。彼らの多くは、自らの才能を開花させるチャンスを与えられないまま無能者、せいぜい普通の人間として生涯を過ごすしかなかったわけです。どうです、もったいない話だとは思いませんか?」
「それがどうしたっていうんだ?」
「実は、あなたにも埋もれた才能があるんですよ」
「才能?」
「はい。超空間ワープドライブ航法の才能です」
「……」
絶句するしかない。
「光速を超えて移動する宇宙船の操縦技術です。この能力を持つ者がいないと、宇宙船を安全に航行させることができないのです」
「……」
「しかし、この能力を持つ者は25世紀にも数えるほどしかいません。おかげで宇宙進出は滞るばかり。そこで私たち才能救出公社が、過去の人材の中から発掘・スカウトすることにした、というわけです。おわかりいただけましたでしょうか?」
「……」
だめだ。さっぱりわからない。
「とにかく、私と一緒に行きましょう。あなたにはここ、21世紀は早すぎるのです」
「えっ? いや……」
「おや。それとも、あなたはこの世界に未練があるのですか? あなたほどの天才をグズ呼ばわりする、この未開の時代に?」
そうだ。あるわけがない。だっていま、自分の手で人生にピリオドを打とうとしたばかりではないか。
私は首に巻き付けていたロープを投げ捨て、才能救出公社の職員と名乗る男の後ろについてカプセルへ乗り込んだ。
さよなら、グズな私。さよなら、21世紀。