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ナイトメア・シティ  作者: くろい
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04-6.死にたくない

「おはよん、エロス。今日はね~君にプレゼントがあるの」

「ちょっとトイレ行こうぜ?」


 そうだそうだ、これでまたいつもの俺達勝ち組の日常が戻るんだ……山科達が笑う。山尾はおずおずとしながら自分達の言う事に従う。嫌でも従う。そうしなくては二倍、いや十倍で返ってくるから。山尾は自分が弱い存在だと分かっているある意味賢い奴なのだ、と山科は思う。そしてそれを取って食うのが自分達のような強者なだけだ。


 それはきっと、自分達だけではない。きっとどこにでも、どの世界においてもごくごく当たり前に存在している普遍的なシステムなのだ。小学校でも中学校でも高校でも、そして教育の場所を抜け出してからも。自分達はそのシステムの中を上手く生きていく、それだけである。こいつのように不器用な奴は、流れに乗る事が出来ずに、何と哀れかカースト制度の最底辺へとブチ落ちる。……可哀想なもんだ、同情くらいは、まぁしてやらんでもない。


――まあちょっとばかしヒヤっとしちまったけどなァ、そりゃこんな銃禁止社会であんなブツ見せつけられたらそりゃビビるよ。でもまあ、次からは平気だぜ転校生、あんな偽物でびびらせやがってよう……


 冷たいタイル床の上に山尾がごろんと転げられた。受け身を取る事を知らない山尾は無様に倒れ込む。


「エ~ロスちゅわんっ。今日はなにちてあしょびましゅかー」

「はーいママァおままごとがいいのー」


 調子っぱずれな歌を口ずさみながら男子生徒達の小芝居が始まる。


「じゃあ御飯作りましょうか~。エロスちゃんの御飯はぁ、ゴキブリちゃんのスープだぴょん」


 早く早くゥ、と囃し立てる周囲の声がトイレにこだました。その声は廊下にまで響き渡るほどだったのに、誰も助けには来ない。誰も、誰一人として。


「エロスのォ、ちょっといいとこ見ってみたい! はいイッキイッキ!」


 生徒の手に握られているバケツの水面が揺れる。雑巾でもしぼった後のような、灰色の水だ。中身は……考えるのもおぞましい、その濁った色合いと来たらまるで悪意そのものだ。だが、そのけたたましい程の笑い声がすぐさまに、悲鳴へと塗り替えらる。そこからの流れは滑り降りるかのように実に急速なものであった。


「……おっ?」


 初めに異変を訴えたのはバケツを持っていた生徒だ。彼はぶるぶると震え出したかと思うとその場に持っていたバケツを落とす。床に追突したバケツの中身がばしゃっ、とぶちまけられた。男子生徒は立ったままでほとんど白目を剥いた状態で、しかも痙攣を起こしているように見えた。


「あ、頭いてー」


 やがて、それだけハッキリと言い残したかと思うと男子生徒は手もつかずにそのまま倒れてしまった。前のめりにぶッ倒れ、その口からはカニの如く泡をぶくぶくと吹いている。


「え……」

「おい?」


 呼びかけていると、すぐにそれはやってきた。生徒達が次々、頭を抱えながら異変を訴えたかと思うと倒れて行くのだった。


「え? え?」


 山科だけはそれを只見守る事しか出来ない。


「……な、何? しょ、食中毒? ガス? いやでも変だ、何で俺とお前はピンピンしてんだよ! おい」


 山科が半笑いに山尾の胸倉に掴みかかる。


「せせっ・成功したんだ……」

「は?」


 自分でも信じられない、というような表情で山尾が引き攣った笑いを浮かべる。それは何ともぞっとするような笑顔だった、笑っているというよりは歪んでいるといった方が正しいのかもしれない。瞬きをほとんどしない彼の顔に、その不気味とも言うべき歪みがどんどんと広がっていく。立て続けに、山尾はガタガタの歯並びから覗く乱杭歯を剥き出しに、甲高い声で絶叫した。


「せせせせ・正当な審判が下ったのさ! 僕の勝ちだね、山科くん!」

「な……何、何言ってんだよ」


 山尾が立ち上がる。その手にいつの間にやら握られているのは国語の辞書ほどの分厚さの、目には見えないがどこか不穏なオーラを纏う書物だった。


「い、い、今更謝ったって許さないよ! もうもうもうもう、もう全部遅いんだから! 天は、いや、地獄と言うべきかな……!? 僕に味方したのさ! ああ、本から伝わってくるよ! 僕ほど素晴らしい宿主もそうそういないって感動がね……」


 普段の山尾からはまるで想像もできない饒舌さと声の大きさだった。山尾は高らかに笑って見せた後、わけも分からずにへたりこんだままの山科を見下ろすように不躾に指差した。


「……僕の邪気が深ければ深いほどこいつは……ネクロノミコンちゃんはその力を増殖させるんだって。面白いね……おかしいね……グフフ、ドゥフフ。こんな僕りんにしてくれたのは君達、主に君のお陰だよ山科クンッ」

「――へ、は、へ??」

「君には感謝の意を込めて、今から僕と共に世界の終末を観光するツアーにつれて行ってあげるね」


 わけが分からないがともかく、山科が嫌だ、と拒否するより早く彼の身体が――ふわふわと宙に浮かび上がった。


 床に突いていた指先が離れたのが分かり、山科はあんぐりと口を開いたままで身動き一つ取らずにその成り行きを見守った。というか、そうするしかなかった。それは……念動力、と言うものだろうか? 山科の語彙には相応しい表現がそれ以外思い浮かばなかったのだが、ともかく、山科の身体が無重力の状態の様にふわふわと宙に浮かんでいた。まるで宇宙空間に放り出されたように、自分の身体が浮かんでいるではないか!――おいっ、何で、何でだ!


「凄い……キャハッ……凄い凄いすっごぉ~~おい! こーーーんな事まで出来るようになるなんて! 君は最高だよネクロノミコン! 使用した九十八%の人間が満足する出来だね、これは。是非ともリピしなくちゃ! リピ! リピ! コスパ最高!」

「おいおいおいおいおい! わ、訳わかんない事言ってねぇで降ろせ! 降ろせよエロスてめえ~」


 自由の利かない身体をなりふり構わずにめちゃくちゃに動かしながら山科は見苦しく暴れて回ったのだった。が、不良形無しのその必死の抵抗も虚しく、宙をただただ空回りするだけだ。


「――ふふふ、山科くん。残念ながら僕にはもう新しい名前……二つ名が与えられたんだよ。ネクロノミコンちゃんが授けてくれた崇高な神の名を僕は継いだのだよ――それは『ハイドラ』と言うらしいんだけど、どうだい? 君達がつけたセンスの無い名前よりずっといかしてるだろ?」

「あぅうういいいっ……、降ろして、降ろして……たたた、高い所怖いよぉ……駄目なんだよぉ……息が出来ないィイ……」


 涙と鼻水で顔面きったない哀れとしか言いようのない山科だったが、不幸中の幸いなのかそれを目撃する人間は既にここには残されていない。みんなみんな死んでしまったのであろうから――トイレの床に倒れる仲間達の姿を見下ろしながら山科は声にならない悲鳴を漏らしたのだった。


「くく、次は何と死者たちが地の底から蘇る番さ!……と、言っても火葬文化の我が国じゃあそう上手くは決まらないもんでね! まあ派手だから言ってみただけなんだけどさ、うん! ああ、それと死者たちはみんな僕の大切なしもべだからね……今に見ているといいよ! 今に!」




 神様が僕達、もとい世界の全人類を見捨てたのはこの日から、だった。



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