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ナイトメア・シティ  作者: くろい
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01-1.死者は楽園の夢を見るか?

「恐れるな。わたしは最初の者にして最後の者、また生きている者である。

一度は死んだが、見よ、世々限りなく生きて、死と陰府の鍵をもっている」


<ヨハネの黙示録1章17―18節>より






「麻雀も飽きたなぁ」


 大きく伸びをしながら呟くのはノラこと門倉だった。彼が何故ノラと呼ばれているのか、また誰がいつからそう呼び始めたのかはこの中にいる誰も知らない。ノラは加えて一つアクビをし、眠たそうに目をこすった。


「じゃあ次どうすっべ……」


 牌をかき混ぜながら問い掛けるのはユウだ。


 彼の本当の名は有羽と書いて「ゆう」と読む。女の子みたいな響きで、ユウ本人はそんなに気に入っていない。名付けた両親にとっては何かしらの思い入れがあるらしいのだが。そんなユウは決まって自分の名前を書く時、漢字では書かずに平仮名で記入する事が多い。せめてもの抵抗だった。


「どうしよっか、ミイちゃん?」


 ノラが問い掛けるのはベッドの上で漫画を読みふけっているミイこと神居だ。ミイは漫画でも小説でも夢中になると、顔も上げないし外部からの呼びかけに一切応じなくなってしまう。そんな彼から応答が得られる筈も無い。ノラはあっさりと切り替えて次へと行くのであった。


「――じゃあ石丸は?」


 尋ねるノラの声を遮って、石丸は立ち上がった。ポケットに手をやっているところを見ると……これは煙草切れの合図だろう、石丸は返事の代わりに手を振りながらベランダへ向かって歩いて行く。


「ヤブは? 何かしたい事とかないの~?」


 ヤブもヤブで疲れ切ったような表情を浮かべている。で、ヤブの由来は彼の親が医者だから、ヤブ医者からとってヤブ。……らしいのだが彼がよくこのあだ名を了承したものだと思った。ヤブ自身も医師を目指してはいるらしいのだがどうにも血が苦手らしく、少し見ただけで卒倒しそうになるほどだ。……確かにこのまま行けば、ゆくゆくはヤブ医者になってしまいそうである……。


「流石に一晩はキツかったか~」


 ノラが言うとユウも同調したようにやや苦々しい表情で笑った。

 ユウは立ち上がるとベッドの上で真剣に漫画を呼んでいるミイの隣へおもむろに腰掛ける。それから何をするのかと思えば、彼が読み進めている漫画を横から覗きこみながらユウは囁くように言った。


「そろそろこのヒロイン、死ぬぜ」


 言いながらユウは、漫画のコマに写るライフル銃を抱えたヒロインの女の子を指差した。それまでいくら周りが話しかけようとウンともスンとも言おうとはしなかったミイがそこでようやく顔を上げた。

 してやったり、と言った様子でにやにやとしているユウの胸倉を掴みながらミイは激昂しながら彼をベッドの上に無理やり押し倒した。


「フザけんなよ、いいところだったっていうのに!」

「うっ・嘘だよ嘘っ! くるし……」


 二人のじゃれ合う姿をどこか懐かしそうに見るのはノラだ。


「久しぶりにユー・ミーコンビが戻ってきた感じだな」


 『あなた』と『わたし』。それが二人の通称だった。


 それぞれ部活で名を馳せていた二人はそんな風に呼ばれていたさほど遠くは無い過去を思い出す。陸上部で奇跡的な記録ばかりを残してきたユウと、剣道部のエースだったミイ。どちらも引けを取らぬ優秀さで、いい意味でも悪い意味でも有名人だった。

 お互いがお互いの噂を知っており、そしてライバルとして意識するようになるまでにそう時間はかからなかったように思う。大会での記録やトロフィーに盾、メダルの数に始まって、更にはテストの成績、女子からの人気や果ては背の高さまで。今思うとちょっと大人げないと言うか笑い話にするにも情けない事なのだが……

 だが衝突ばかりのライバルから、気の合う友人同士に転じるまでの時間だってとても早かった。


「昔はあんなに対抗心剥き出しにしていがみ合ってたのに」


 ヤブが眠たげな目をこすりながら言う。


「まぁ、何か似た者同士だって分かってからはいっきに仲良くなった感じかな」


 ユウが笑い交じりに言うとミイもつられたように、どこかはにかんだ笑みを浮かべた。


「それはつまりー……。あ、そうそう! 汝の敵を愛せよ、っていうことだ」


 ノラが思いついたように二人を指差して笑い笑いに言った。


「敵が敵であるのには変わりは無い。だが敵として存在していると言う事実は依然変わらない」

「……それ、また聖書の一節か?」

「そうだ。有名なイエスの悟りさ。右の頬を打てば左も向けろ、だ」


 ちなみにノラは熱心なクリスチャンだ。


 失礼な話、あんまり敬虔そうには見えないのだが、いつも聖書と十字架を持ち歩いていて、学校の制服姿の時なんかは首からいつも欠かさずに十字架を提げている。で、こうやってしょっちゅう教えを説いている割には聖書の言葉以外の彼本来の言葉は汚いものが多い気がする。ついでにその私生活の方も色々と危うい、色んな意味で――そんなノラは、ユウの頬を拳で殴る真似をしながら白い歯を覗かせて笑った。


「そういえばさ」


 まだ封の開いていなかった缶のジュースを開けながらヤブが話を振る。


「噂だから真意は知らないんだけども……」


 その出だしはユウ達の興味をそそるには十分だったのだろう。じゃれあい始めたユウ達が一斉に手を止めてヤブの方に視線を向けた。


「図書館にヤバイ本が置かれてるんだって」

「ヤバイ本!?」


 ミイが素っ頓狂な声を上げる。


「って言ったら何だ……、エロいのとか?」

「いや、そういうヤバさとは違うらしいけど……とにかく読んだらダメな本ってのがあるらしいんだよ。うん。読んだら駄目だって。そんな事言われると読みたくなるのが人間の心理だよねぇ」


 そこでヤブはジュースを一口啜る。


 気に入らない味だったのかヤブは一口飲んですぐさま缶から口を離して渋い表情を浮かべている。


「読んだらダメ? それだけじゃ全然分かんないなぁ~」


 ユウが眉間に皺をよせつつ笑う。


「そうなんだよ、何の事かさっぱりで。まあ気にしないで。……しかしマズイなこれ、やっぱ妙なもん買うんじゃ無かったよ。マロンソーダだって」


 缶のパッケージをまじまじと見つめながらヤブが呟いた。外で煙草を吹かしていた石丸もちょうど戻って来たらしい、相変わらずいつもの不機嫌そうな顔をしながら石丸は部屋へと入ってきた。


「あ、ねえねえ石丸、知ってるー? 読んだらダメな本の噂」

「知らねえよ」


 ユウが問い掛けるのを石丸はその一言だけで片付けてしまうのだった。結局、その日の集まりは休みの終わる月曜日の朝まで続いていたのだった……。


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