冬に佇む
冬に佇む (1/7)
季節はまた過ぎて行く
窓の外の木は、葉を全部落として。
その代わりに雪を纏った。
蒼は2日も3日も眠り続けている
僕は毎日病院に通う
白い彼女に話しかけて、手にキスを落とす。
真っ白になってしまった髪を撫でる
このまま白く消えてほしくなくて、
ずっと手を握っている。
繋いだ手からじんわりと熱が広がって、彼女を冷たさから解放してくれたら良いのに
それを繰り返したある日、蒼は目を覚ました。
おばさんと駆け寄って、彼女に触れる
「 さ、…さき 」
掠れた声で俺の名を呼ぶ
ずっと待っていた。
君を、待って
「 も、うここには来ないで。 」
ガツンと頭を殴られた気がした
冬に佇む (2/7)
こひっと喉が鳴いた。
おばさんは濡れた瞳を見開いて、揺らしている。
「 もう、こないで、」
「 な、んで。 」
思考が回らない、蒼がここに居るのに
「 会いたくない、から。 」
触れられない?
「 なんで!!」
ずっとそばにいたい
せめて、君が終わるときまで。
声を荒げると彼女の瞳が揺れた
「 会いたくない…出て行って 」
こちらをチラリとも見ずに彼女は言う。
「 嫌だ、嫌だよ、あお 」
手に触れると、あおが、声を荒げた
「 も…っ、触らないで…!出て行ってよ! 」
そう掠れた声で言われては、僕ももう何も言えなかった。
よろよろと病室から出た。
胸が、こんなに痛いのは初めてだった。
冬に佇む (3/7)
怒ることは、エネルギーを使う。
蒼の身体は今急激に老いていて。
怒っただけで、壊れかけてしまう。
だから僕は、病室の前で佇むことしかできなかった。
どんなに突き放されても、彼女のそばに居たかったけれど
僕がそばにいると壊れてしまうなんて
心臓が痛い。
蒼に触れたい、蒼にキスをしたい
一瞬でも、蒼がいれば
息をして、笑う蒼がいれば
僕は他になにもいらないのに。
冬に佇む (4/7)
「 突き放して、いいの? 」
お母さんが遠慮がちに言った。
管に繋がれた腕を見て笑った
「 いい、こんな姿見られたくないから。 」
首筋を触る、彼が好きだった髪はもう無い
すべて抜け落ちて消えた
彼が握ってくれて居た手も、
皺が増えてきた。
どうして、私は欠陥だらけなのだろう。だけど私は幸福に違いなかった
ご飯を食べて、息を吸う。
こんな当たり前の事をして、喜ぶ人が、家族以外にいる。
私は幸福だ。身体の欠陥を差し引いてもお釣りがくるくらいには。
だから、サキには、見せたくなかった。
私がボロボロになって、冷たくなって終わる瞬間を見たら。きっとサキは壊れてしまう。
そんなのは嫌だった。
もう私を忘れて、幸せを見つけて
私はサキに、咲夜に何もできない
与えるものが。なにも、ない
美しい所だけ、見られて
死にたい
冬に佇む (5/7)
今日も僕は白い部屋の前で佇む
蒼に触れたい。僕は蒼がどんな風になっても 隣で息をして、笑っていればそれで良いのに。
いつの間にか来たおじさんが俺の肩を叩く。
ちょっと話そうか。
そう言って僕に缶の紅茶を渡す。
触れて見ると、熱い
病院の庭にでて、ベンチに座る
紅茶を一口飲んで、ほ と息を吐いた。
蒼は
おじさんが口を開いた。
「 蒼はもう、」
そこまで言って口を閉じて、唇を噛んだ。
「 …どうして僕に会ってくれないんでしょう」
僕は一秒でも長く、彼女と居たいのに
「 蒼は、優しいから。 お前に見せたくないんだよ。 そういう姿を。
みたらサキは壊れちゃうから。ってさ。 会えないだけで、サキヤは壊れかけてるから逆効果なんだけどな。」
おじさんは立ち上がると、空になった缶をゴミ箱に捨てる。
「 …明日自宅に戻るんだ 」
治療を、やめる。
おじさんは儚げに笑う。
「 蒼の好きな事をさせてやるんだ。」
サキヤも来てくれ。
滲む視界。僕は彼女に何ができるんだろう
冬に佇む (6/7)
「 おじさん、僕、蒼と、しました。」
思ったより声が震えた。
俯いた視界におじさんは居ない。
返事は無い。
「 あの、行為を強いたから…! 」
「 やめろ! 」
おじさんの声が言葉を遮る
そして僕の胸倉をつかんだ。
「 後悔しているのか!なら俺はお前を許さない! 」
おじさんが泣いている、僕も泣いている
落ちた雫がおじさんの手を濡らして行く
奥歯を噛み締めておじさんを振り払った。
倒れこんだおじさんの胸倉を掴み返す。
「 後悔なんてしてない…!してないから苦しいんだろ!! 」
また、彼女を抱きたいと思うから、こんなに
「 病室まで聞こえちゃうよ。 」
声がしてそちらを見る。
絵里、おじさんが呟いた。
「 蒼は咲夜くんが好きよ。それは変わらない事実。
貴方がフラフラしていてどうするの
おばさんはそう言うと笑った。
「 僕、僕は 蒼のそばにいても…? 」
「 いてあげて。早く行って。」
蒼が壊れてしまう前に。
おばさんの言葉を最後まで聞かず
僕は白い部屋へ走った。
蒼、蒼
こんなにも、君に溺れていて ごめん
冬に佇む (7/7)
病室の扉を開けると、目を見開いた蒼が、こちらを捉えた
「 さ、サキ…? 」
途端にシーツの中に隠れる
白い布は小刻みに震えている
「 蒼、蒼 」
僕は彼女の名前しか呼ぶことができず
震えたシーツごと、彼女を抱きしめた。
「 わたしに、は もうサキの好きな髪も、なにもない…! 」
だからやめて
蒼の声が震えている
僕は髪が好きなわけじゃない
蒼が好きだから触れていたのに
「 僕は蒼が蒼でいればそれで良い。」
蒼が、僕の名前を呼んで、それで笑うなら
止まった震えに気づいて、シーツを捲る
真っ赤な目をした蒼が此方をみている
「 わたしもうすぐ、蒼じゃなくなる 」
それでもいいの?
僕は彼女の口を塞いだ
蒼は少し驚いて、でもすぐに僕を受け入れる
繋がった唇から溶けて僕ら一つになってしまえばいいのに