春に泣く
君の声白く響く、そばにいてよ と
綺麗だねえ、そう言って窓の外に視線を向けた。
桃色に色付く木々が、風に揺られて花びらを散らす。
窓のガラス一枚が君と世界を隔てる
彼女は青いカーディガンをぎゅう、と握る。
微かに揺れた瞳を見て、抱きしめたい衝動に駆られる
手を伸ばしかけた所で視線が僕を捉えた。
「 今日は、部活ないの? 」
「 …ないよ。 」
本当は監督に無理を言って早退してきた。
僕らに明日という保証がないから
今君の体温を確かめたい
そっかあ、と君は少し微笑む
「 試合はいつなの?私、見にいきたいなあ。」
「 いくら桜が咲いたからって外はまだ寒いよ。」
東北の春は冷える
その寒さが、君を飲み込んでしまいそうで。
「 大丈夫。私 サキの飛んでる姿、見たいの。 」
そして彼女はまた、窓の外に視線を戻した。
″サキの跳んでる姿、見たいの″
その言葉が脳に響く。
「 次! 」
コーチの言葉に身体が走り出す
踏み切り位置で足に力を込めて、飛ぶ
バーを越えて、視界に広がるいっぱいに流れる一瞬の青を、彼女にも見せたい。
マットに身体が沈む、落ちる事のないバーをみて嬉しさを覚える
そのとき声がした
「サキ! 」
そう、僕を呼ぶのは彼女しか居ない
でも彼女はあの白い部屋に閉じ込められているはずで。
そんな事を考えながら、そちらを目を向ける
視界に映るのはいっぱいの 蒼
「 あお!? 」
立ち上がって駆け寄る
彼女はキラキラした目を向けて
すごい!すごい綺麗だった!
とまくし立てる。
頬に触れるとひんやりとしている
一体いつから見ていたのだろう。
ジャージを脱いで蒼に着させる
「 病院、抜け出してきたの? 」
そう問うと彼女は嬉しそうに言った。
外泊許可がでたの!だから今日はずっとサキといられる!
そう言って僕の腰にくっついた。
僕は蒼の髪を一撫でして、振り向く。
コーチが腕を組んでこちらを見ていた。
「 すいません。今日は 」
「 …良いよ。さっきの自己新だしな。」
僕が何かを言う前にコーチは言葉を被せた。
ありがとうございますと頭を下げると蒼もつられたように頭を下げる。
蒼の手を引いて並木道を歩く
桃色の雨が降り注いでいる。
「 サキ 」
落ちてくる桜を空いている方の手で掴み、楽しそうに僕の名前を呼ぶ。
白い頬が若干赤くそまっていて、
僕は安堵した。
「 蒼、今度からは急にこないでね。 」
心配だから。そう付け加えると蒼は緩く笑った。
「 試合まで待てなかったの。空を泳ぐサキを、見たかったの。」
そう言いながら空を見上げた。
「 私も、サキが見る青空を見てみたいな。」
流れるような青を、見てみたいなあ。
君はとても儚げで、今にも消えてしまいそうな気がした
繋いだ手に力を込める。
蒼は握り返してくる。
繋がった場所からじんわりと熱が広がって、蒼が冷たさに飲まれないことを祈った。
蒼の家に着くと、蒼にそっくりの人が出迎えてくれた。
蒼のお母さんだ。
お邪魔します。と言って上がると、
リビングのテーブルには沢山の料理が並んでいた。
「 サキヤくん!いっぱい食べてね! 蒼も好き嫌いしないで! 」
明るくそう言うと、取り皿に料理を取り分けてくれる
「 もう、お母さんてば。もう私好き嫌いする程子供じゃないのに 」
蒼はそうむくれる。
それがなんだか可笑しくて笑うと蒼は僕の太ももをポンと叩いた。
「 ごめんって、蒼。ほら蒼の好きなほうれん草のソテーあるよ。 」
そう言って口元に運ぶと、パクッと口に入れる。
「 美味しい! 」
僕は気を良くして、また口元にほうれん草を運ぶ。
そこでおばさんが口を開いた。
「 なんだか雛鳥を世話する親鳥みたいだね。」
蒼はその言葉に顔を赤らめて、自分で食べる!と僕の箸を押し退けた。
ずっとこんな日が続けば良いのに
ひだまりのような毎日が、10年後も20年後もずっと
蒼はいつか死んでしまう
僕だってそうだ。
それは10年後か20年後かはたまた明日か
それは僕にもわからない
でも蒼は、僕より早く年を取る。
僕より先に進んでしまう
僕を置き去りにして。
外見はいたって普通。敢えて言うなら骨のように細く、陶器のように白い。
でも身体の内側はどんどんと弱って行く。
それはいずれ表面にまで表れて、蒼を飲み込んでしまう。
それが怖くて、僕は眠る蒼を抱き寄せた。
規則正しい寝息が聞こえる。
トクトクと心音が聞こえる。
ああ、生きてる
お願いだからずっとそばに