いつでも手を伸ばす先にはあなた
不意に訪れる孤独な夜に懐かしい先輩の声が戻ってくる。頭を撫でてくれた男の人に成りかけの少し武骨な手の温もりや、鼻をかすめた貴方の少し男っぽい匂い。
あれから恋を全くしなかったわけじゃない。彼氏がいたことだってあるのに思い出すのは先輩のことばかり。異国に旅立った先輩のことを知るすべなど私にある筈もなく。ガラスの欠片が刺さったままの心は思いだしたように痛む。
『留学頑張ってくださいね。お元気で』
先輩へさよならと胸に秘めた恋に終わりを告げたはずなのに感情が付いてきてくれていなかったみたいだ。
「先輩…」
口からこぼれた一言は誰にも届かず空に溶けた。目を閉じれば、ねぇ、まだあなたの笑顔が浮かぶ。『仕方ないな』って声が、顔が、目に耳に、深く痕を残したまま。たった二文字の言葉を口にできなかった私のほろ苦い後悔。
「すきです、先輩…」
俯きかけた顔をぐっと持ち上げて窓の外に視線を投げる。夜空をトリミングした窓に一つだけ輝く、小さな星に手を伸ばした。
つかめるはずのない星に懐かしい先輩の笑みが重なる。行き場をなくした手は力を失って、頬を伝う雫のように重力にしたがって床に落ちた。