51話 案内
機装部隊の寮は中層の北部に位置する。上層へのエレベーターを挟んで男性寮と女性寮に分かれており、非常時にはエレベーター前に集合してすぐに出撃出来るようになっている。
有希たちは女性寮の前に来ていた。
「ここが女性寮です。反対側は男性寮なので、間違わないようお願いします」
寮は他の建物と同様に金属張りで、強固な造りになっている。剥き出しの金属の壁は頼りになりそうだが、イーターが攻め込んできた場合は気休めにしかならない。
中央塔ほどの高さではないが、こちらもかなりの高さがあった。機装少女を全員収容出来るこの建物は、日々戦う彼女たちのために作られたものである。
沙耶が入り口の扉の横にある機械に機装を翳す。ピピッと電子音が鳴り、扉が開いた。
「では、行きましょう」
外側と同様に内側も金属張りだった。一階は広いスペースとなっており、階段とエレベーターがある意外は特に取り立てて説明するようなものはない。
ちらほらと見える少女は皆が手首に機装を付けていた。少女たちは沙耶の存在に気が付くと挨拶をする。そんな様子を見て、有希が目を輝かせた。
「沙耶ちゃんは人気なんだね」
「そんなことはないですよ。部隊長なので、顔が知られているだけです」
沙耶は謙遜するが、有希の言う通り沙耶の人気は高い。重要な仕事からちょっとした雑用まで幅広くこなす沙耶は、部隊長ということも相まって性別を問わず人気が高い。中には恋愛対象として見ている者もいるらしいが、沙耶はそれに気づいていない。
唯の要望により、階段で移動をすることになった。さすがに可哀想だと思った二人が譲歩したのだが、二人の視線からそれを感じ取った唯が「べ、別にエレベーターが怖いわけじゃねーよ! 健康のためだ!」と誤魔化すも、無駄だった。
階段で二階に上がり、通路に出る。そのフロアには幾つかの部屋があったが、沙耶は一番奥の部屋へ向かう。
沙耶に促されて部屋の中に入ると、部屋の中には大きな丸いテーブルがあり、椅子が七つあった。椅子の数は沙耶を含めた四人の機装部隊長と、有希、唯、舞姫の三人のオリジナルの適応者用である。まだ適応率テストが朝にあったばかりだというのに有希と唯の分が用意されているが、これは沙耶が手配したものである。
「ここはミーティングルームです。主に話し合いの時に利用される場所ですね」
「ミーティングルームっていうと中央塔の会議室みたいなやつだよね。寮に必要あるの?」
「中央塔の会議室とは別の役割があるんですよ。部隊長同士の話し合いもそうですけど、寮内での生活とか、ちょっとしたことの話し合いでも使えるのがこのミーティングルームなんです」
「へえ、そうなんだ」
「ミーティングルームでは定期的に部隊長同士での話し合いがあるので、有希さんと唯さんも利用頻度は多いと思いますよ」
「なるほどね」
有希が納得する。横にいる唯は何やら難しい顔をしていた。
「どうしました?」
「いや、な。定期会議ってことは、あの舞姫って奴と定期的に会うことになるんだろ?」
「そうなりますね」
「はあ、勘弁してくれよ……」
唯がうなだれる。戦闘訓練場でのこともあってか、唯は舞姫に苦手意識を持っているようだった。
「では、次の場所に向かいましょうか」
三人は部屋を出ると、三階に上がる。 三階は左右に一部屋ずつの構成となっていた。沙耶は向かって右側の部屋に入っていく。
中に入ると、部屋の中は二つのフロアに分かれていた。片方には様々なトレーニング器具が置いてあり、もう片方にはマットが敷かれている。
ランニングマシーンを使っている少女もいれば、マットの方で柔軟体操をしている少女もいた。
「ここはフィットネスルームです。訓練以外でも体を動かせるように作られたのがこの施設です」
「すごい!」
有希が興味津々といった様子で辺りを見回す。唯も興味を引かれているようだった。
地下シェルター内において、こういった施設は一般開放されていない。そのため、有希と唯はこういった施設を見るのは初めてだった。
「沙耶ちゃん、後で来てもいい?」
「もちろん大丈夫ですよ。むしろ自主トレーニングは推奨されることですからね」
「やった! 唯ちゃんも後で一緒に来よう!」
「あたしは行かねーよ」
「そっか、残念」
唯に断られて有希が残念そうにするが、すぐにテンションを上げ直す。
「それじゃあ、次の部屋に行こう!」
フィットネスルームをでると、向かいにある部屋に入る。こちらはフィットネスルームと違い落ち着いた雰囲気のある部屋だった。一人用のソファーが幾つも置いてあり、リラックス出来る音楽が流れている。
「ここはリラクゼーションルームです。フィットネスルームで運動をした後にこちらで疲れを取ることが出来ます」
「すごい!」
はしゃぐ有希の横で、唯が試しにとソファーに座ってみた。
「座り心地は悪くねーな」
「そうですね、機装部隊の任務は過酷なものも多いので、こういった休息が必要なんですよ」
「なるほどな。ん、このボタンは何だ?」
唯がソファーの肘掛けについているボタンを指さした。
「それはマッサージボタンですね。強さとかも調整できるので、試しに使ってみてください」
「面白そうじゃねーか。どれどれ……」
唯がボタンを押すと、ソファーの背もたれの部分がぐにぐにと動き出した。脚も固定されてぐにぐにと揉まれていく。
「お、おい、なんだよこれ! き、気持ち悪い!」
慣れない感触に唯が声を上げる。地下シェルター内において、こういったものはあまり数がない。エレベーターがそうであったように、十年前と比べて一般人が使用する機会は少なかった。
当然ながら、唯もマッサージチェアは初めてである。ボタンを押してから少しの間は気持ち悪そうにしていたが、しばらくそのままでいると慣れてきたのか、脱力して頬をゆるませる。
「ん、意外と悪くねーな」
ぐにぐにと体中を揉まれながら、唯が呟いた。
「これはマッサージチェアといって、自動でマッサージをしてくれる椅子なんですよ」
「便利な椅子だな」
唯は気に入ったらしく、二人を待たせていることも気にせずにくつろぐ。
しばらく座っていたためリラックスしすぎて眠くなってきた唯だったが、そのせいか誤ってボタンを押してしまう。
「んひゃあ!?」
急に強くなったマッサージに、唯は思わず思わず声を上げて飛び退いた。
「な、何しやがるこの椅子っ!」
唯がマッサージチェアに指を突きつけて声を上げる。
「唯さんリラクゼーションルームなので大きな声は出さないようにお願いします。それと、そのマッサージチェアは機械なので言葉は通じませんよ?」
「わ、分かってるっつーの!」
今度は少し控えめに声を上げる。唯なりに抑えたつもりではいるのだが、あまり変わらない。
「ったく、なんなんだよこれ。もう絶対に座らねーからな」
捨て台詞を吐いて、唯はマッサージチェアから離れた。だが、やっぱり気になるのか、ちらちらとマッサージチェアの方を見ていた。
そんなこともあったが、三人はリラクゼーションルームを出て次の施設に向かう。




