44話 露出
有希は神速機装を装着すると、自分の姿を確認する。腕や脚に機装が付いているにも関わらず、重さは一切感じなかった。背中には翼が付いているが、文字通り羽のように軽かった。
「ねえ、クロエ。似合ってる?」
「ああ、かっこいいぞ」
「やった!」
有希が飛び上がる。が、まだ機装の勝手が分からず、高く飛び上がりすぎて天井に頭を打ち付けてしまう。
「うぅ……痛い……」
「はしゃぎすぎるからだ。扱いになれるまでは大人しくしてろよな」
「はーい……」
有希は頭を打ったせいでテンションを下げつつも、機装を見るとすぐにニヤニヤし始めた。クロエは有希のことが凄く心配になった。
「おい、クロネコ! どうなってんだよ!」
急に聞こえてきた怒声に驚きつつも、クロエは声の方向に視線を向ける。そこには、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている唯の姿があった。唯はクロエと目が合うと、キッと睨みつけた。
「お、落ち着けって。どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもねーよ! こんなに露出が高いなんて聞いてねえ!」
「あー……」
クロエは唯を見て納得する。確かに、唯の万能機装はオリジナルの中でも露出度が高かった。
唯を見て先ず目に付くのは巨大な爪である。蟷螂型の大鎌の如く鋭い爪が左右の手に三本ずつ付いていた。漆黒の爪は深い緑の光を帯びている。
それを支えるために、脚の装甲は力強い。有希の神速機装が軽さによる速さならば、唯の万能機装は脚力で強引に速くしている。直線的な速さでは神速機装に負けるが、万能機装は機動力で勝っていた。
だが、前回ではそこまで開発して力尽きた。完成する前にイーターの襲撃を受けたのだ。そのため、不完全な状態――翼は無く、胴体部分の装甲もかなり薄い――で過去に送り込まれたのだった。
当然のことながら、東條を含め研究者たちはそのことを知らない。機装に調整を入れるには起動するしかないのだが、これまで適応者が現れなかったためにそれが出来なかった。
クロエもオリジナルの機装の開発に関してはあまり詳しくは知らない。基本的に、クロエは高城と共に戦闘を行ってデータ提供をしていたくらいしか研究に関わっていないので、知る由もなかった。
それが、十年という時を経てここに現れたのだった。
「まあ、気にするなって。有希だって同じようなもんだろ?」
「うん、同じに見えるよ?」
そう言われて、唯は有希の方に視線を移す。確かに有希の胴体部分はビキニアーマーのように露出が高い。しかし、唯の胸元は大きな輪が一つ付いているだけでかなり際どかった。
「いや、あれはまだマシだろーが! なんだよ輪っかって!? わけわかんねーよ!」
唯が半ばキレつつもツッコミを入れる。クロエも確かにアレは年頃の少女には可哀想だと思った。
「失礼しまーす」
そこに、一人の男が入ってきた。東條の研究補佐をしている男であり、かつて超自然現象研究部の部長を務めた男。彼の名は鈴木久志という。
鈴木は部屋の中に入ると、見知らぬ顔が二つ有ることに気が付いた。が、取り敢えずは東條の元に向かう。
「この二人が適応者ですか?」
「ああ、そうだ! 可愛いだろう?」
「あはは、そうですね」
鈴木は東條の言葉を適当にスルーしつつも話を進める。
「神速機装と万能機装……ですよね? 何故二つとも起動してるんです?」
「ああ、それは後で説明しよう。先ずは訓練場に連れて行ってくれ」
「分かりました」
鈴木は有希たちの方に向かう。有希たちは輪っかの件をちょうど終えたらしく、その場にへたり込む唯の姿があった。有希とクロエはその横で苦笑いしている。
「やあ、君たちが適応者かい? 僕は鈴木。ここて研究補佐をして……」
笑顔で近づくと、有希がサッとクロエの後ろに隠れた。何故だろうかと疑問に思いつつも、鈴木は歩み寄る。
そこでようやく鈴木に気付いたのか、唯が顔を上げた。鈴木はそれを見て絶句する。
「な、これは……」
唯は鈴木の顔を見上げるように顔を上げたため、上体を反らせるような体勢で座っていた。その結果、鈴木の視界には見事な谷間が写る。
「んなっ!?」
唯は視線が胸元に行っていることに気が付き、顔を真っ赤にした。唯の視界には鼻息の荒い変質者がいた。唯には鈴木がひどく興奮しているように見えた。
実際は平常運転なのだが、もともと鈴木の顔は変質者そのものだった。輪っかの件もあって、唯は我慢ならなかった。
「見るなあああああ!」
「ごふぅ!?」
唯の蹴りが鈴木の腹部に炸裂する。
優しい笑顔で話しかけたはずなのに何故なんだ。そんな疑問を抱きながら鈴木は飛んでいった。そして部屋の壁にめり込む。
「はあ、はあ……」
唯も鈴木を蹴り飛ばしてスッキリしたのか、疲労の色を見せつつも清々しい表情をしていた。だが、少しして我に返ると顔を真っ青にする。
「おい、鈴木! 大丈夫か!?」
クロエが駆け寄る。が、東條がそれを制止する。
「鈴木なら大丈夫だ。あいつは打たれ強いからな」
私がいつもあれくらいやってるからなと付け加え、東條は誇らしそうに胸を張る。
クロエは心の中で「いや、ダメだろ」と呟きつつ鈴木の方を見る。
「痛いじゃないか!?」
腹を押さえながら鈴木が起き上がった。
「おい、鈴木。大丈夫なのか?」
「うん? ああ、これくらいは平気さ」
「そ、そうか……」
クロエは苦笑いを浮かべることしかできなかった。
鈴木は立ち上がるとごほんと咳払いをして仕切り直す。
「僕は鈴木。東條さんの下で研究補佐をしている者だ」
「変質者かと思ったじゃねーか。それを先に言えよ」
「いや、言ったんだけど……」
鈴木が言い返すと、唯から鋭い視線が返ってきた。鈴木は臆病なので、引き下がった。悲しい男である。
「まあ、それより。今から君たちを訓練場に案内するから、ついて来てくれ」
「訓練場? 先に高城の所に行った方が良いんじゃないか?」
「そうなんだけれど、今会議中らしいんだ」
「会議? そんなの聞いてないぞ?」
「多分、有希や唯の扱いに関して話し合っているんだろうね」
「なるほどな」
クロエが納得して頷く。
「あたしは訓練なんていらねーよ」
唯が言うと、鈴木は首を左右に振る。
「いや、そういうわけにはいかないんだ。いくらオリジナルの機装を扱えるとはいえ、訓練無しでぶっつけ本番ってわけにはいかないだろう?」
鈴木が真面目な表情で言う。
「いくら機装を装着していようと、中身は人間だからね。機装部隊でも年に十人以上の死者が出ているんだ。死者はヒュドラ参型を手にした歩兵だけじゃない。中には、量産型機装を装着した少女もいるんだ」
「そんな……」
有希が俯く。唯は興味なさげにそっぽを向いていたが、話は聞いているようだった。
「だからこそ、事前に訓練をする必要があるんだ」
「なるほど」
有希は納得する。
「私、頑張って訓練するよ!」
有希が力強く言うと、鈴木は頷いた。
「じゃあ、訓練場に行こうか」
「訓練場っていうと、上層だよね?」
「そうだよ。よく知ってるね?」
「訓練するところが見たくて、よく忍び込んでたんだよ」
「そ、そうなんだ……」
「お前な……」
クロエと鈴木は苦笑いするしかなかった。唯も横で呆れていた。




