41話 東條
気付けば掲載してから一年が過ぎてました。
のんびりですが頑張っていきますので、これからもよろしくお願いします。
遠藤に案内され、有希と七海は研究室に歩いていく。
遠藤の後ろを歩く有希は真剣な表情を保とうとしていたが、その横を歩く七海には有希の頬が時折緩んでいるのを見逃さなかった。よほど嬉しいのだろう。
少し歩くと、研究区域に入る。研究区域は機装などの兵器だけでなく、日用品の開発も行っている。地下シェルター内では使用できるエネルギーにも限りがあるため、より効率の良い物を作る必要があった。
もともとクロエの持っていた暖房機やタブレット端末があったため、地下シェルター内に集められたら優秀な研究者たちにとって開発は容易だった。現在では、地下シェルター内で電力を使用しているのは電灯くらいである。
そんな研究区域では、白衣を着た研究者たちが忙しく走り回っていた。オリジナルの機装の適応者が出たために、彼らは慌てて準備に取りかかっていた。
彼らが忙しい理由が自分だとは気づくこともなく、有希はその様子を見て目を輝かせた。
「すごいよ七海お姉ちゃん! 研究区域だよ!」
「そうだね。私もここはあんまり来たことなかったなあ」
有希と七海は辺りをきょろきょろと見回しながら歩く。
「あ、遠藤さん。あれなに?」
有希が指す方向へ視線を移す。そこはガラス張りの研究室があり、遠藤はなるほどと頷いた。
「あれは強化機装です」
強化機装と呼ばれたそれは、三メートルはあろうかという巨大な鎧型の機械だった。機装と同じく漆黒のフォルムのそれは、少女たちの機装と比べるとどこか荒々しい印象であった。
人が搭乗するための胴体部分を中心に、腕と足が生えている。その手には巨大な銃剣が握られておりアンバランスだったが、足がしっかりしているおかげかバランスを保っていた。
「あれは男性用の機装として開発されています」
「へえ、男の人も機装を扱えるの?」
七海は首を傾げた。七海の記憶では、適応率の関係で機装を扱えるのは女性のみというイメージがあったからだ。
「強化機装はヒュドラ参型と同様に適応率を必要としない代わりに能力は機装に比べると劣りますが、実用化されれば量産型機装と同等程度の戦力になると予想されています」
「予想ってことは、まだ完成してないんだ」
「そうですね。まだ実用化するには能力が低いので開発途中です」
遠藤が苦笑いで答えた。
少し歩くと、遠藤が立ち止まった。目的地に着いたらしく、そこには他よりも一回り大きな研究室があった。
「ここが東條研究主任の研究室です」
遠藤に案内され、有希と七海は中に入っていく。
研究室の中には様々な機械がおいてあり、常に研究員が張り付いて作業をしていた。
「なんか、忙しそうだね」
有希が呟く。ひたすら機械に向かい続けているのは有希には退屈そうに思えた。
そんな有希を見て、遠藤が首を左右に振る。
「彼らはあれが生き甲斐ですから。あ、あそこにいる人を見ていてください」
「ん、わかった」
有希は疑問に思いつつも、遠藤が指さした研究員の方を見る。カタカタとすごい勢いでキーボードを叩いているようだったが、有希にはその内容は理解できなかった。
「あっ!」
研究員を見続けていた有希が思わず声を上げる。研究員がニヤニヤと笑みを浮かべて機械に向かっていることに気が付いたからだ。
研究員の表情は真面目な顔になったりニヤニヤと笑みを浮かべたりところころ変わっていた。
「彼らは皆、研究好きですから。むしろ楽しんでいるんです」
私には理解出来ませんが、と遠藤は付け加える。
有希は目を輝かせてその様子を見ていると、奥にあった扉が開いた。
「見学か何かかい? 珍しいね」
そこから出て来たのは白衣の女性だった。赤いフレームの眼鏡に、伸びきって乱れた髪。ややだらしない着こなしで、その表情も気怠げだった。それでも美人に見えてしまうのは、元が良いからだろう。
「東條研究主任。高城隊長から指示は届いているはずですが?」
「指示? 指示なんて来てたかな……っと」
東條は腕に付けていた端末を操作して、メッセージボックスを確認する。
「……あ」
高城からメッセージが届いていたことに気付き、情けない声が出た。
「東條研究主任?」
「は、ははは……メッセージには気付いていたんだけどね! いや、うん、後で確認しようと思ってたんだ」
「はあ……」
慌てて言い訳をする東條に呆れ、遠藤は溜め息を吐いた。そして、少し厳しい顔になる。
「研究熱心なのは良いことですが、他のことを疎かにしないでください。もしこれが緊急の用件だったらどうするんですか?」
「う、はい……」
遠藤の気迫に圧され、東條は小さくなる。遠藤はとりあえずは反省しただろうと判断し、ピンと人差し指を立てた。
「いいですか、次からはメッセージが届いたらすぐに確認してくださいね?」
「はい!」
東條は返事だけは威勢が良かった。その様子を見て、有希はこんな大人にはなりたくないと思った。
「話を戻します。今回、適応率テストでオリジナルを扱えるの適応者が出ました。なので、彼女にその手解きをしてください」
「オリジナルの扱いについて私に教えろと?」
「そうです」
「なるほど、面白そうな話だ」
東條はニヤリと笑みを浮かべた。その笑顔が先ほど見た研究者と同じものに見え、有希は冷や汗を流した。
「じゃあ、早速始めようか! いや、先ずは自己紹介からした方が良いか」
そう言うと、東條は有希に向き直ると、大きな胸を突き出すように胸を張る。
「私こそ、この地下シェルター内最高の頭脳! 英知英断の東條真理恵とは私のことだ!」
「おおー!」
有希はよく分からなかったが、とりあえずノリを合わせることで乗り切ることにした。
ちなみに、その後ろでは七海と遠藤が「英知英断」の部分に首を傾げていた。
「そんな私から手解きを受けられるのだ! ありがたいだろう!」
「はい!」
「さあ、今度は君の番だ!」
「えっ? えと……識世有希です。よろしくお願いします」
急にバトンを投げ渡されて困惑するも、有希は普通に返事をした。東條はそれを見て愕然とする。
「バカな、この年で普通に自己紹介出来るだと……?」
「東條さんは出来ないんですか?」
「おうとも!」
「そ、そうですか。あはは……」
胸を張って堂々と肯定をした東條に、さすがの有希も苦笑いしか出来なかった。
「そんなことより、有希」
「なんですか?」
「その東條さんっていう呼び方はやめてくれ! なんか余所余所しくて悲しくなるんだ!」
「え? えと……じゃあ、真理恵さん?」
「うおあああああっ!」
首を傾げつつ有希が名前を呼ぶと、東條が急に雄叫びを上げながら抱きついてきた。有希にはもはや何がなんだか分からなかった。
「可愛すぎるぞ! 首を傾げながら言うなんて、最高だ!」
東條は有希の頭を撫で回す。基本的に有希は頭を撫でられたりするのは好きなので、成すがままであった。
「東條研究主任?」
「ん? ああ、今良いところだから後にしぶはっ!」
遠藤にタックルされて東條が吹っ飛んだ。遠藤は東條に笑顔を向ける。
「東條研究主任。そろそろ怒りますよ?」
「いや、もう怒っているんじゃ……」
「まだ怒ってませんが。何か?」
「くっ、威圧感が凄すぎて言い返せない……」
東條が悔しそうに歯を食いしばるが、東條は笑顔を崩さない。
「あの、そろそろ……」
早く神速機装の実物を見たい有希が言うと、遠藤は我に返った。
「すいません、時間の浪費でしたね」
「よっし、遠藤が怒られた!」
「……貴女もですよ?」
「え、そうなのか有希!?」
「うん」
「ごめんよおおおおお!」
急に泣きながら土下座をして謝りだした東條に、有希は呆れて溜め息を吐いた。
「気にしてないから、もう顔を上げて」
「ありがとう。有希は優しいんだなあ」
東條は嬉しそうに顔を上げた。
「それじゃあ、早く神速機装を見せて東條さん」
「気にしてるじゃないか! しかもよく考えたら敬語じゃないし! なんか下に見られてる気がする!」
事実そうなのだが、有希は言葉に出さないでおいた。有希は自分より弱い存在をいじめることは好きではなかったのだ。




